第51話 真里姉と第1回公式イベント(終幕)


 みんなと戦い始めてから、どれくらい経ったのか。


 イベントで予告された2時間も、そろそろ終わりを迎える頃だと思う。


 けれど、私達はネメシスが生み出すオーガ・レギオンの物量に徐々に押されだし、今や四方からの攻撃を円陣を組んでなんとか耐えている状況だった。


「くそっ、イベントの終了はまだかよ!」


 オーガ・レギオンの攻撃を頑丈そうな盾で受けながら、マリウスさんが毒づく。


 攻撃は苛烈で、今同時に相手をしているのは4体。


 盾で受けきれない分は鎧で受けているけれど、さすがに盾よりもダメージを受けていた。


 そこに、カンナさんがすかさず回復魔法を飛ばす。


「時間を気にする余裕があるならもっと頑張りなさい! マレウスちゃんは装備だけはトップクラスなんだから」


「装備だけは余計だ!」


 いつも通りのやりとりに、意外と余裕あるのかなと錯覚しそうになるけれど、カンナさんの表情は険しい。


 おそらく、MPがそろそろ危なくなってきたのだろう。


 周りの人達も同様らしく、支援の頻度が減ってきている。


 結果、私達の円陣はさらに狭くなり、円陣というよりほとんど塊になりつつあった。


 その中で、1人だけ圧倒的な力を見せ続けているのが、ぐるぐる眼鏡を外し女鏖モードになったルレットさんだった。


「牙嗚呼呼呼ッ!!!」


 押し寄せるオーガ・レギオンを片っ端から薙ぎ倒し、文字通り一蹴している。


 けれど、ルレットさんに暴走する気配はない。


 正確には、暴走しそうになるとルレットさんの肩に乗っているネロがペシペシと頬を叩き、正気に戻していた。


 予めルレットさんからお願いされた時は、何よりルレットさんへの負担を考えて躊躇ったけれど、そのおかげでみんなの負担が減り、私達の命をギリギリのところで繋いでくれていた。


 けれど、そのルレットさんもダメージこそ負っていないものの、疲れが出始めているのか動きが鈍くなってきている。


 ネームド戦で無理をしたのが、まだ響いているんだと思う。


 助けに行きたいけれど、私は陣の中央にいて迂闊に動くことができない。


 と、そんな時。


 事態はさらに悪い方へと動きだした。


 エステルさんの歌声で抑えられていたネメシスが、こちらに向かって翼による攻撃を見舞ってきたのだ。


「クーガー!」


「グオゥッ!」


 幸い以前に比べると飛んでくる羽根の数は少ない。


 風哮により、私の後ろにいた支援を担当している人達への被害は防げたけれど、それでも円陣の外側にいる人達は少なくないダメージを負わされた。


 そんな中、オーガ・クラウィスを引き付けるために囮になってくれたグレアムさんの仲間の1人が、回復が間に合わず危機に陥っていた。


 グレアムさんが必死に矢で援護をするけれど、それよりもオーガ・レギオンの攻撃が届く方が早い。


 思わず目を閉じかけた、その時。


「まだまだ危なっかしいな、お前さんは」


 オーガ・レギオンからの攻撃を盾で防いだのは、どこかで会ったような、会ってないような、はっきりとは思い出せない男性だった。


「あんたは、門番のおっちゃん!」


「「「えっ?」」」


 思わず私とみんなの声が被った。


「俺だけじゃねえぞ、なあみんな!」


 おっちゃんと呼ばれた人が声をあげると、それに呼応するかのように、エデンの街の人達が雪崩れ込んできた。


 剣を持つ人、槍を持つ人、包丁を、ってバネッサさん!?


「これでも昔はやんちゃしてたからね。そこいらの冒険者にも負けないよっ」


 投げる包丁がオーガ・レギオンの頭に突き刺さり、一撃で倒してしまう。


 そしてその手には、どこから取り出したのかもう別の包丁が握られていた。


 あの、普通に強過ぎませんか?


「あたしなんか可愛いもんさね。ほら、あんたに触発された人がもう1人」


 バネッサさんの視線の先を追うと、竜巻にでも遭遇したかのように、宙を舞う無数のオーガ・レギオンの姿があった。


 その中心には、おじいさんのゼーラさんを操って戦う、真っ赤なドレス姿のゼーラさん。


 無表情なおじいさんのゼーラさんがオーガ・レギオンを粉砕していく様は、控えめに言ってとてもシュールだ。


「たわいもない。いいかお前達! こんな相手に遅れをとるような弟子は不要じゃ。破門されたくなければ死ぬ気で戦え」


 ゼーラさんの声を受け、ピエロの格好をした4人のお弟子さんが、死に物狂いでオーガ・レギオンを倒していく。


 いや、バネッサさんもそうだけど、ゼーラさんもお弟子さんも、なんでそんなに強いのよ!


 おそらく、みんな同じ事を思っているんじゃないかな?


 だって、顔がぽかんとしているもの。


 きっと今助けに来てくれた人達は、私達の誰かが親しくなった住人の方なんだと思う。


 それが私にはとても凄いことに思えるのだけれど、だめだ、上手く言葉に出来ないよ……。


 目が潤み霞んでしまった私の前で、今度はオーガ・レギオン達が物量で圧倒される形になっていた。


「これは、マリアさんが繋いでくれた光景ですよ」


 歌の合間に、エステルさんが言ってくれた。


「どうか誇って下さい。マリアさんが成された事は、成されてきた事には、ちゃんと意味があったのですから」


 エステルさんもずるいな。


 こんな時に、そんなことを言うなんて。


 私が必死に涙を堪えていると、やがて最後の時が訪れた。


 不気味に瞬く赤い星が消え、骸骨でできた門が姿を消し、漆黒の闇が光によって溶かされていく。


 その中で、ネメシスもまた絶叫をあげならその身を崩していき、やがて光の中に消えていった。


 残されたのは、肩を竦めながらも、同時に仮面の奥でどこか満足そうに双眸を光らせるメフィストフェレス。


「よもや、よもやあの局面から、私の描いた結末を覆してしまうとは!! 演出家としては、演者の皆様の実力に敗れたことを悲しむべきなのでしょうが……終幕の形として、これもまた素晴らしいものであることは認めざるを得ません。素直に、称えましょう。皆様は見事、エデンの街に降り掛かる厄災を防がれたっ!!!」


 瞬間、私達に通知が届けられた。


『公式イベント【エデンの街に降り掛かる厄災を防げ】がクリアされました』


 あれだけ大変だった割に、実にあっさりした通知内容。


 けれど、その内容を理解し始めた瞬間、歓声が爆発した。


 冒険者も住人も関係なく、私達は抱き合い、称え合い、クエストのクリアを喜びあった。


 短くも長かった第1回公式イベントは、こうしてイベントクリアという形で終えることが出来たのだった。



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