第50話 真里姉と第1回公式イベント(仲間)


「ありがとう。みんなのおかげで、もう少し頑張れそうです」


 顔を上げた時、きっと上手く微笑えていたと思う。


「マリアさん……」


 心配してくれてありがとう、エステルさん。


「あんたは良くやってくれた。その事はあたしらみんな、ちゃーんと分かってるんだ。だからもうよしな。これ以上無理したら、体も心もおかしくなっちまうよ」


 バネッサさん……。


 そんな言葉をもらったら、込み上げてくるものを留めるのが大変なんですよ?


 裏表がない人だから、かけられた言葉がストレートに響いて、とても困る。


 だから私は、敢えて意地悪に言い返した。


「バネッサさん、わたしはもう身内なんですよね? バネッサさんは危険が迫ったからといって、身内を見捨てられますか?」


「それは……」


 酷い問いかけですよね、ごめんなさい。


「心配しないでください。大丈夫。私、これでもお姉ちゃんですから」


 今度こそクーガーの背中に乗り、ネメシスの元に向かおうとした私は、思いがけずその進行を阻まれた。


 そう、文字通り阻まれたのだ。


 両手を広げ、瞳に強い意志を感じさせるエステルさんによって。


「……1つだけ聞かせて下さい。どうしても、行くのですね?」


 これまで聞いた事のない、強い口調だった。


 それは咎めるような響きでありながら、私が否定するの願う切実さも感じられた。


「行きます」


 なら、私も強く言い切ろう。


 すると、エステルさんは予想だにしなかったことを言い出した。 


「分かりました。それなら、私も一緒に戦わせて下さい」

 

「えっ?」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。


「これ以上、マリアさんに無理をして欲しくはありません。ですが、お1人だとマリアさんはきっと無理をするでしょう。ですから、私も行きます。私がいれば、マリアさんは無理出来ませんよね?」


「うっ、それは……」


 確かに、エステルさんがいて無理をすることはできない。


 けれど、けれどね?


 そもそもエステルさん達を守りたいと思ってるのに、当人が危険に飛び込むのはどうなの!?


 心の絶叫を言えずにいると、エステルさんが畳み掛けてきた。


「それに街まで届いた、あの歌声。怨みと苦しみに満ちていましたが、私には救いを求める声に聴こえました。救いを求める者であれば、神は応えて下さいます。私が、応えさせてみせます!」


 エステルさん、応えさせてみせますって。


 神様にそんな強気な態度、怒られたりしないのだろうか。


「安心して下さい! 私がいる限り、もうあの歌声がマリアさんを苦しめることはありません!!」


 確信したように、エステルさんが言う。


 確かにあの全体攻撃が防げるなら、それだけMP消費も抑えられるけれど、死に戻った私のMPは少ない。


 仮に風哮を使わずに済んでも、戦いが長引いてMPが途中で切れてしまえば、エステルさんを守ることが出来なくなる。

 

 迷っていると、エステルさんが私の手を取って小さな瓶を乗せてきた。


 HPポーションと同じ形だけれど、中身が赤ではなく、青だった。


「これは?」


「魔力が回復するといわれているポーションです。マリアさんのために、アレンさんに言って冒険者ギルドから譲ってもらいました」


 魔力が回復するということは、MPポーションってことかな?


 それって、私達の間ではまだ確認されていない物だったはず。


「あの、これはとても高価なポーションなのでは?」


「そうなのですか? アレンさんにお願いしたら、快く譲って下さいましたけれど」


 こてりと首を傾げるエステルさんの姿に、心で泣いて笑顔でMPポーションを渡すアレンさんの姿が見えた気がした。


 アレンさんのお給料で何ヶ月分になるのかな……うん、怖いから考えるのはやめておこう。


「本当に私が使ってもいいんですか?」 


「ええ、ぜひマリアさんに」

 

 自ら飲ませようとしてくるエステルさんを留め、少しだけ悩んだ後、私は思い切ってMPポーションを飲んだ。


 ミントのような清涼感のある香りに、少しの苦味。


 その後味が消える頃、私のMPは8割程度まで回復していた。


 おかげで気持ちの悪さは消え、気分がすっきりしている。


「凄いですね、これ」


「今のマリアさんなら、私がご一緒しても大丈夫ですね」


 こちらの事は全てお見通しという感じで、エステルさんが満面の笑みで言ってくる。


 おかしいな、エステルさんこんなに押しの強い人だったかな……。


 でも、これ以上悩んでも仕方がないか。


 時間は、ネメシスは待ってはくれない。


「危なくなったら戻ってもらいます。それだけは約束してください」


「はい!」


 元気よく返事をするエステルさんのために【操糸】で鞍を作り、クーガーに乗せた。


 そして私に掴まってもらってから、走り出す。


 全速で西門に向かい平原に出ると、ネメシスは私が思っていた以上にエデンの街に近付いていた。


 もう数分遅れていたら、街がネメシスの遠距離攻撃の射程に入っていたかもしれない。


 私達の接近に気付いたネメシスが、いきなり口を開け歌う動作を見せた。


 私とクーガーとネロで挑んでいた時は、最初からMPを消費させられる嫌なパターンだったけれど。


「エステルさん!」


「任せて下さい!」


 直後エステルさんがとった行動も、歌う事だった。


 美しく清らかで、けれど、どこか陰りのある歌声が辺りに広がる。


 それは聖歌よりも歌を捧げる相手がより私達に近いというか……そう、まるで鎮魂歌のようだった。


 その歌声がネメシスに届くと、ネメシスは歌う代わりに苦悶の声をあげ、蛇に似た下半身をくねらせた。


 歌による全体攻撃は、こない。


「エステルさん凄い!」


 私の声に頷きだけ返し、エステルさんは歌い続ける。


 歌を無効化するような言い方だったけれど、ネメシスの様子をみると、それ以上に効いている気がする。


 実際、ハルバートで攻撃する余裕すらないようだ。


 念のためクーガーには走り続けてもらっているけれど、このまま時間が過ぎるのを待てれば……。


 その時、私は自分でフラグを立てたことに気付いていなかった。


「ギィシャアアアアッ!!!」

  

 ネメシスが雄叫びをあげ身震いすると、下半身の鱗がバラバラと剥がれ、地面に落ちた。


 そして地面に落ちた鱗はボコボコと泡立つと、それぞれが2mほどのオーガへと変貌した。

 

 名前は、オーガ・レギオン。


 この一瞬だけで、ざっと50体近く生まれている。


 そして生まるとすぐ、私達に向かってきた。


「やっとネメシスをなんとか出来ると思ったのに……」


 これがフラグを立てた報いなのかな。


 エステルさんに気を配りながら、オーガ・レギオンから逃げる。


 その間もネメシスへの警戒は緩めないけれど、まずいことにオーガ・レギオンはどんどん生み出されていた。


 多分倒せなくはないと思うけれど、エステルさんがいる今、極力それは避けたい。


 決め切れず、迷って次の行動に移るのが遅れたのがまずかった。


 新たに生まれたオーガ・レギオンを見落とし、慌てた私は先を見越したルートを選ぶ間もなく、場当たり的にクーガーを走らせた。


 その結果、オーガ・レギオンに周りをぐるりと囲まれる状況に追い込まれてしまった。


 数が多く、密集し次第に厚い壁となっていくオーガ・レギオン。

 

 トップスピードで風哮を展開した状態のクーガーならともかく、今は完全に止まっていて、加速するための距離も足りない。


 ぶつかった瞬間にエステルさんを放り投げたら、もしかしたらエステルさんだけは囲いを突破できるかもしれないけれど、その時は自由になったネメシスがどう動くか分からない。


 私自身を囮にして包囲を乱すしかないかと考えた、その時。


 後ろから迫っていたオーガ・レギオン数体が私達の側を飛んでいき、眼前のオーガ・レギオンにぶつかった。


 何が? と思って振り返るよりも先に、視界の端をオレンジ色の光が走り、そしてオーガ・レギオン達に敢然と立ち向かった。


 ゆるくウェーブのかかった長い髪に、強くしなやかな手足。

 

 こんなタイミングで登場なんて、狙ってます? ねえ、ルレットさん。

 

「ご迷惑をおかけしましたぁ。そして今度は私達がぁ、マリアさんを助ける番ですよぉ」

 

 トレードマークのぐるぐる眼鏡をかけ、ルレットさんがいつも通りのおっとりとした言葉とは裏腹に、痛烈な蹴りを見舞いオーガ・レギオンを仕留める。


 ん? 私達?


「いくぞおめえら! 今こそ俺達生産連盟の意地を見せる時だ!」


 掛け声と共にルレットさんに続いて現れたのは、マレウスさんとその仲間達。


 マレウスさんが【挑発】で注意を引き付けたところを、数人がかりで1体ずつ対処していく。


「格好つけてるけど、マリアちゃんが粘ってくれるまで出てこなったチキンでしょうが。あ、助け出した第2の街の人達は無事よ。ワタシ達がしっかり回復させたから安心してね、マリアちゃん」


 ありがとうカンナさん、おかげで心配事が1つ減ったよ。


「てかあんたら減り早すぎ! もうちょっと支援職の負担考えなさい!!」


 焦るカンナさんの言葉に心配事が1つ増える。


 でも、まるで私の心配事を払拭するかのように、矢と魔法が一斉に降り注ぎ、マレウスさん達が相手をしているオーガ・レギオンのHPを次々と消し飛ばしていった。


「我らの教祖、マリアさんを守るのだ! これ以上あの方が傷つくような事があってはならん!!」


 グレアムさん……嬉しいんだけれど、私の名前を呼ぶ時に変な言葉付けてなかった?


 ねえ、付けてたよね!?


「……まったく。ほんと、みんなずるいんだから」


 鼻の奥がツンとするのを堪えて、私は頼もしいみんなの、仲間の姿を目に焼き付けた。


 私達だけで戦っていた時とは一転、今や平原は熱気に満ちあふれている。


 戦いは、いよいよ最終局面に入った。


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