第48話 真里姉と第1回公式イベント(道化師の本領)
ネメシスとの距離が近付くにつれ、その大きさと異様な姿からくるプレッシャーは、私が思っていたよりもずっと重かった。
クーガーに乗っているからいいものの、自分の足で立っていたら膝が震えてろくに動けなかったかもしれない。
こんな相手に、よくレオン達は躊躇せず立ち向かっていけたね……。
色々と含むところはあるけれど、その点に関しては素直に凄いと思えた。
それに彼等の戦いがあったからこそ、私なりの考えを持ってネメシスに挑むことができるのだから。
幸い周囲には誰もいない。
空間を広く自由に使っても迷惑をかけることはないし、この瞬間、気にするのはネロとクーガーの事だけでいい。
「ネロ、クーガー……きっとすごく大変になるけれど、力を貸してね」
「ニャニャッ!」
「グオオオゥッ!」
2人の頼もしい鳴き声に励まされ、疾走する私達はついに、ネメシスのハルバートの攻撃圏内に突入した。
最初の攻撃は、リーチの長い突き。
けれど直線的で距離がある今なら、クーガーの速度で十分躱すことが出来る。
鋭い刃が私達の側を通り抜け、地面に減り込む。
どれだけの質量があるのか、押し寄せる風圧に体が揺さぶられた。
しっかりクーガーに掴まって体を安定させると、2撃目、3撃目がやってきた。
その攻撃を私とネロで【クラウン】を発動し、クーガーとは少し離れた位置に誘導する。
ずらせる距離は僅かだけれど、クーガーの速さがある今ならそれで十分!
連撃を躱しながらネメシスを見ると、前進することを止め、私達の排除を優先するようだった。
「思った通り、倒せなくてもやれることはあるみたいだね」
そのままぐるりと円を描くようにクーガーに走ってもらう。
注意するのは離れ過ぎないことと、近付き過ぎないこと。
離れ過ぎると、多分翼による攻撃が飛んでくる。
ギランは耐えていたけれど、私が耐えられる可能性は0。
そして近付き過ぎてしまえば、ハルバートによる攻撃の種類が増えてしまう。
縦の振り下ろしはともかく、横薙ぎはまずい。
ここが森の中なら糸を使って立体的な動きで対処出来たかもしれないけれど、それが無理な現状、私達では躱すのが困難だ。
クーガーにジャンプしてもらっても、ぴょんっていう擬音が似合う程度しか飛べないだろうしね。
その後にどうなっているかは、想像したくもない。
だからとにかく止まらず、ネメシスには突きだけを繰り出させ、私はネロに合わせて【クラウン】を使ってクーガーが避け易いようサポートに徹する。
というか、ネロとクーガーが来てくれてから、私ずっとサポートしかしてないんじゃ?
……うん、私の存在意義に関わりそうだから、考えないでおこう。
「ニャンッ!」
と、戦いの最中に余計な事を考えていた私を叱るかのように、ネロが鳴いて警告を発してくれた。
見ればネメシスが口を開こうとしている。
あれは、レオンのパーティーを全滅に追い込む切っ掛けとなった全体攻撃。
ここまでの動きだけなら、AGI特化の人でも出来ると思う。
むしろ私達より上手く出来るんじゃないかな?
けれど、それだけではこの全体攻撃を防げない。
アークスが身を以て証明済みだからね。
ここからが、私達にしか出来ない事。
「クーガー!」
「グオゥッ!」
私の声に応え、クーガーが首を曲げ風哮を側面に展開する。
展開された風の壁に歌による音の衝撃がぶつかり、甲高い音が鳴り響き、やがて互いに消滅していった。
賭け事はしたことがないけれど、賭けに勝つって、こんな感じなのかな?
頭の中にどぱっと興奮する何かが生まれて、気分が否応なく押し上げられる。
正直あの全体攻撃を風哮で防ぎ切れなかった場合、私達はとても苦しい状況に追いやられていたと思う。
特にクーガーが怪我を負っていたら、その影響で速度が落ちたとしたら、私達にハルバートを躱す術はなくなるからね。
そしてネロとクーガーは、魔法で治せない。
つまり、やり直しが利かない。
けれどこれで、一番懸念していた事が払拭されたよ。
あとはこれを繰り返し、1分でも1秒でも長く、ネメシスの動きを止めるだけだ。
ああ、私は今、まさに道化師なんじゃないかな。
本領発揮っていうのかな?
することは、観客をただ楽しませることだけ。
気が抜けない瞬間は続くけれど、私達3人はその後もネメシスの猛攻を凌ぎ続けていった。
……何度目かの攻撃を躱した後、異変が表れ始めた。
ネメシスじゃない。
ほかでもない、私にだ。
薄ら感じていた気持ちの悪さが、如実に酷くなってきていた。
この覚えのある感じは……。
MPのゲージを見れば、残り1割を切ろうとしていた。
「ここまで、だね」
私はクーガーにネメシスから距離を取るように指示すると、ネメシスがこれまで見せてこなかった、翼による遠距離攻撃を行う動作に入った。
私は急いでクーガーとネロを戻し、装備を替えた。
間に合ったと思ったら、羽根の雨が目前に迫っていた。
「うっあっっ」
身体中を貫く無数の痛みに、思わず声が漏れた。
そして私のHPは一瞬で0になり、倒れる時にはもう、何も見ることが出来なくなっていた。
…………気が付くと、私は以前死に戻った時と同じ、エデンの街中に立っていた。
無事、死に戻れたわけだけれど。
「これは、思っていたよりきついね」
MP枯渇による気持ち悪さと、ネメシスの攻撃による痛み。
気を緩めると心が折れそうになるけれど……うん、大丈夫、頑張れる。
告知にあった通りデスペナルティはなかった。
代わりに、グレアムさんの団員さんが言うように、満腹度がぐっと減っていた。
私は急いでジャーキーを1つ食べると、クーガーとネロを喚んだ。
心配そうに寄ってくる2人の頭を撫でて、私は、私達はまたネメシスに向かった。
街中を疾走する際、住人の人達の不安げな表情が見えた。
クーガーに全力で走ってもらい、私達は再びネメシスに挑んだ。
攻撃を誘い、前進を止めさせ、その場に釘付けにする。
MPが切れそうになったら、死に戻った。
死に戻りすることでHPとMPが3割は回復する。
風哮が消費するMPは1割。
余裕をみても、2回はネメシスの全体攻撃に耐えられる計算だった。
そこからは、足止めして倒され、死に戻るといった流れを、ただひたすらに繰り返した。
何度も。
…何度も。
……何度も。
………………………………何度目かの死に戻り。
どれくらい時間を稼げたのかな。
あと、どれくらい耐えればいいのかな……。
度重なる死の苦痛と、ミス出来ないという極度の緊張、それに空腹。
ジャーキーも携帯食も、とっくに食べ切っていた。
朦朧とする意識の中で、体が記憶した動作でなんとか装備を替え、ネロとクーガーを喚ぶ。
「あっ…」
クーガーの背中に登ろうとして、けれど体に力が入らず、途中で背中から倒れるように落ちてしまった。
手を伸ばすけれど、掴めるものは何も無くて。
やけにゆっくり流れる時の中、私は地面にぶつかる硬い衝撃を予想した。
……それなのに、私を待っていたのは包み込むような、柔らかな感触だった。
なんだろう、酷く暖かい……。
このまま、眠ってしまいそうになる。
狭まりゆく視界の中、そこには私を心配そうに見詰める、エステルさんと子供達の顔があった。
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