第47話 真里姉と第1回公式イベント(失いたくないモノ)
ネメシスと相対するのは戦士系のレオンと、盗賊系の男の人。
魔道士系のミストと聖職者系の女の人は後方に控え、騎士系のギランがその前に配置されていた。
カンナさんが言うには、盗賊系の人がアークス、聖職者系の人がロータスという名前らしい。
どちらも実力的には間違い無くトップクラスとのことだった。
始まった戦いは、静かだった。
6本の腕から繰り出されるネメシスの苛烈な攻撃を、アークスがAGIの高さに物を言わせ、次々と躱していく。
あれ、私1人なら躱すどころか反応もできずやられているんじゃないかな?
クーガーに乗って走り続けていたら違うかもしれないけれど。
アークスが引きつけている間、レオンも、後方の3人もまだ動かなかった。
攻撃がよりアークスに集中し、ネメシスがすぐにはレオンに対し反撃できない状況となった時。
レオンが即座にネメシスに接近すると、何らかのスキルを発動し構えた両手剣が雷のような勢いで振り下ろされた。
思わず見入るほどの、一撃。
「今度こそ……」
誰かが呟く。
それ、真希に教えてもらったフラグ? じゃないかな。
案の定、ネメシスに怯んだ様子はまるでない。
アークスを追っていた攻撃を中断し、あの憂いを帯びた眼をレオンに向けると、表情とは掛け離れた、ハルバートによる凶悪な連続攻撃を放ってきた。
レオンは攻撃が終わると同時に距離をとっていたのと、反撃の難しい位置から攻撃したことで、危なげなく避けることができていた。
息が詰まるような一瞬の攻防は、まだ続く。
今度はレオンを狙ったことで生まれたネメシスの隙を狙い、ミストの魔法が炸裂した。
それはネメシスの顔面で大爆発を起こし、炎と煙で包まれた様子にミストが得意げに胸を張るが、1対の翼が羽ばたきを見せると慌ててギランの後ろに隠れ小さくなった。
そこに降り注ぐ、羽根の雨。
地面は前回と同様、突き刺さる羽根で埋め尽くされたけれど、盾を構えたギランは倒れず、その足で立ち続けていた。
背後にいたミスト、ロータスも無事だ。
初めてネメシスの攻撃を凌ぎ切ったことに周囲から歓声があがる。
確かにそれ自体は凄いことだと思う。
ほぼ初見の状態でやってみろと言われても、私には無理だと断言できるしね。
「こりゃあまずいな」
「ええ。今ので心が折れたプレイヤーは、少なくないはずよ」
「どういう事ですか?」
「レオン達は確かにネメシスの攻撃を耐え切った。だが、肝心のこっち側のダメージが通った様子がねえ」
「ギミックによる怯み発生で、ダメージが与えられるかと思ったけど、望み薄ね。ちなみにギミックって、仕掛けとか仕組みって意味よ。ゲームだと、ギミックを攻略するまでダメージを一切受け付けないとか、与えるダメージが増加したりするわ」
「そんでギミックは大抵、レイドボスとかの強敵に設定されるもんだ。その攻略は多くのレイドによって何十回、下手すると何百回っていう試行錯誤という名の全滅の果てに成されるのが普通だ」
「でもマリアちゃん、今回そんな時間はないでしょう? そもそもレイドを組めもしないしね。何より、これがとってもいやらしいのだけど、死んだらポイントが減るのよ」
「あっ」
そこまで言われて、私は気が付いた。
彼等の目的は、イベントで多くのポイントを得ることだ。
そしてイベントの告知の中で、イベントをクリアできなかった場合の扱いについては、一切触れられていない。
「イベントをクリア出来なくてもポイントを保持できるとしたら……」
「そういうことよ。ほら、現に死に戻った攻略組の連中、フィールドに戻っては来てるけど、前線に戻ろうとはしてないでしょ?」
振り返ると、いつの間にか西門の前に人集りが出来ていた。
みんなスクリーン越しにレオン達の戦いを見ているけれど、協力しに行くとか、そういう感じは無く。
むしろその眼は、『早くお前達も失敗しろ』といっているかのようだった。
私は心の中に重たい澱のようなものが溜まっていく感じがして、その不快さに思わず胸を押さえた。
そして粘っていたレオン達も、ネメシスが歌に乗せた全体攻撃を放ったことにより、アークスが離脱。
ネメシスの集中攻撃に晒されたレオンも続けて倒されると、羽根の嵐の前に、後方の3人は装備の耐久とMPが先に限界を迎え、死に戻った。
そして始まりの平原は、静寂に包まれた。
誰も、何も言葉を発さない。
「おや皆様。皆様が”呼び出した”ネメシスはお気に召しませんか? それなりに手間隙をかけたつもりですが、演出家として皆様に楽しんで頂けないというのは、痛恨の極み。ですから……」
メフィストフェレスが指先で合図のようなものを示すと、ネメシスが蛇のような下半身をうねらせ、前進を始めた。
ゆっくり、けれど着実に。
その先に居るのは私達冒険者、そしてさらにその先に在るのはエデンの街。
始まりの平原は7つの門で狭められ、街の東南北にある門から出ることは制限されており、どこにも逃げ場所はない。
メフィストフェレスの言う断頭台、そのギロチンの刃がネメシスという形となって私達に迫っていた。
「このように、より楽しんで頂く演出を愚考した次第です。演者の皆様におかれましては、引き続き終幕を楽しんで頂ければと願ってやまないところではありますが……既に私の舞台に飽きられた方もおられる御様子」
視線を向けられ、少なくない数の人達が目を逸らせた。
「ああ、なんということでしょう。演出家として非才なこの身を呪うばかり。その贖罪ではありませんが、この舞台から降りるための魔法陣を今より5分間、展開致しましょう。舞台を降りた場合も、”それまでに皆様が獲得された報酬”は保証致します。ただし、その魔法陣は一方通行。一度舞台を降りたが最後、二度と舞台に上がることは叶いません。努々、ご注意下さい」
メフィストフェレスが一礼すると、西門の側に、幾何学模様を幾重にも絡ませた青く光る魔法陣が現れた。
「「「「「……」」」」」
誰も、動かない。
正確には、動きたいけれど自分が最初になるのを嫌がっている、そんな風に見えた。
そんな微妙な空気を壊すかのように現れたのは、死に戻っていたレオン達のパーティーだった。
彼等は迷う事なく魔法陣へと向かっていく。
「こんなつまらないイベント、これ以上付き合ってられないね」
「レオンの言う通りだし。ウチ、後でこのイベント考えた運営にクレーム入れるし」
レオンとミストが捨て台詞にも似た、イベント自体を非難しながらパーティー全員が魔法陣の上に乗ると、彼等の姿は一瞬でその場から消えた。
動く切っ掛けが現れたことで、牽制しあっていた人達が雪崩を打って魔法陣へと殺到する。
攻略組がほとんどだけれど、私達と一緒にオーガを倒した人達も少なからず混ざっていた。
勝ち目の無い相手を前に、手にした”物”を失う可能性と、それを回避できる道を提示されたら、その行動も無理はないと思う。
私だって、全く同じ状況だったら彼等と同じ選択をしたかもしれない。
ただ、その選択を選べない理由が私にはある。
それはここを離れた結果、私にとっての失う”者”が何かということだ。
失われたが最後、取り返しはつかないだろう。
それに……。
「約束したしね、待っていてって」
私は【魔銀の糸】から【大蜘蛛の糸】に替えて、クーガーとネロを喚び直した。
2人に手を向けると、甘えるように頭をこすりつけてきて、柔らかな毛並みがくすぐったかった。
「マリアちゃん……」
「まさかお前」
私は2人に向き直ると、頭を下げた。
「ルレットさんを頼みます。私のことは、パーティーから外してもらっても構いませんから」
ここからは、私の我儘だしね。
私はネロを抱えクーガーに乗ると、目の前に広がる誰もいなくなった平原を駆け出した。
その先に、こちらに向かって近付いてくるネメシスの姿があった。
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