第46話 真里姉と第1回公式イベント(厄災)


 ネメシス。


 その名が現れるのと同時に、漆黒の空に無数の星が瞬いた。


 現実の星空を再現するかのように、不規則に鏤められた星達。


 けれどその色は現実と異なり、一つの例外も無く赤かった。

 

 まるで血飛沫にも似たそれらは、瞬く赤が生々しさを感じさせ、幻想的と言うよりも、私にはただただ不吉に思えた。


 赤い光の中で、ネメシスの名を持つ何かの輪郭が、最初に現れた門の前で滲むように浮かび上がっている。


 大きさはオーガの優に数倍はありそうだった。


 と、暗闇を払うように7つの門がエデンの街に近い方から順にぼうっと光を放ち始めた。


 その色は月のように柔らかな、黄色味を帯びた銀色。


 明るく私達を照らしているようにも見えるけれど、ぐるりと門で囲まれた状況においては、救いの光というより、宗教画で描かれる審判の光に感じられた。


 そして光が、ネメシスという名の暗闇に潜む”審判者”、いや、メフィストフェレスの言葉を引用するなら”断罪者”を白日の下に晒していった。


 その姿、まず目に入ったのは背中に生えた2対の翼。


 小さな頭部には薔薇を編んで作られた真紅の冠が載っており、伏せるように閉じられた眼はどこか憂いを帯びている。


 胸には豊かな起伏があり、胸から腰、腰から下腹部へと、女性らしい柔らかで艶やかな曲線を描いていた。


 黄金比まで意識して作られているのか、左右対称で調和の取れた姿は、神々しさを感じるほどだった。


 けれど、美しいと形容出来るのはそこまで。


 まず、下腹部の下にあるのは脚ではなく、ぬらりと光る鱗を纏った太い尾ということ。


 上半身の美しさがあるからこそ、大蛇のような下半身が私にはグロテスクに見えた。


 そして腕は左右で3本ずつあり、それぞれの手に、槍と斧を合わせたような長柄の武具を持っていた。


 マレウスさんが言うには、ハルバートという物に似ているらしい。


 腕の数からすると阿修羅にも見えるけれど、持っているハルバートの禍々しさがネメシス自身を悪魔めいて見せていた。


 ハルバートの刃の部分は分厚く、広く、それでいて凶悪な鋭利さも感じさせる。


 その一撃を受けて立っていられる人がいるのか、疑わしく思えるほどだ。


 けれどスクリーン上に映る攻略組の彼等にとっては、そんなネメシスもポイントの塊でしかないらしく、ネメシスが未だ動く気配は見せない内に、続々と行動を開始した。


 壁役であろう重装備の一団は、ネメシスの前面に出て【挑発】スキルで注意を引き付けようとしている。


 それに合わせ、AGIと火力が高そうな近接戦を得意としていそうな面々が背後へと回り込む。


 少し離れた所では狩人と魔道士を中心とした遠距離攻撃部隊が控え、攻撃の機会を伺っていた。


 バフの支援はひっきりなしに飛んでおり、そのせいで多くの人が何かしらのエフェクトに包まれていた。


 互いに仲間意識があるのかは分からないけれど、その動きはこうして俯瞰して見ると、まるで統率のとれた軍隊のよう。


「さすがに場慣れしてやがるな。初見の敵で、しかもろくに連携の確認もしてないのに乱れがねえ」


「そうかしら? 場慣れしているのは同意だけど、ワタシには互いを効率良く利用し合ってるだけに思えるのよね。だからその前提が崩れるようなことがあったら……」


 マレウスさんの言葉に、不穏な言葉を添えるカンナさん。


 私達がスクリーン越しに見る前で、ついに彼等は動き出した。


 重装備の一団が、【挑発】スキルにより狙い通りネメシスの攻撃を誘う。


 ネメシスの攻撃は、ハルバートを斧のように振るう、横薙ぎの一撃。


 待ち受ける彼等は、見るからに防御力の高そうな盾や鎧を身に付け、バフも十分かけられている。


 ダメージを負いながらもネメシスの一撃を防ぐことは出来る……はずが。


「嘘だろ……」


 マレウスさんが絶句する横で、私も言葉が出なかった。


 斧のオーガ・クラウィスは、防御力無視の攻撃をしてきたけれど、あくまで防御力を無視してダメージを与えてくるだけで、”防具を破壊”することはなかった。


 けれどネメシスの一撃は盾をひしゃげさせ、振るった勢いを落とすことなく、盾を持っていた人を鎧もろとも両断した。


 HPが残っているかなんて、確認するまでもない。


 ただの一撃で、おそらく現在MWO最高峰の壁役が呆気なく半壊した。


 なまじ状況判断に優れる彼等だからこそ、その動揺は瞬く間に伝わった。


 真っ先に狙われたのは、背後に回ろうとしていた人達だ。


 思わず足を止めてしまったのを後悔するより早く、繰り出されたハルバートの突きを食らい、先に倒れた彼等と同じ運命を辿る。


 そして安全な状態で攻撃する予定だったであろう遠距離攻撃部隊には、羽ばたいた翼から散弾のように羽根が降り注いだ。

 

 それにどれだけの攻撃力があったか分からないけれど、地面を埋め尽くす程に突き立った羽根を見れば、後衛職がまともに受けて無事である可能性は限りなく低かった。


 防御の要と、攻撃の要。


 その両方を一瞬で失うという不測の事態に、彼等は酷く混乱しているようだった。


 ついさっきまでの整然とした動きは、もはや見る影も無い。


 散発的に攻撃が飛ぶけれど、ネメシスに効いた様子はなく、逆に注意を引いてしまい、例外なく倒され姿を消していった。


「……こうなると、立て直すのは容易ではないわね」


 呟くカンナさんの声が、酷く重たく聴こえた。


 けれどそんな中、明確な役割意識を持ち、ネメシスへと攻撃を仕掛けるパーティーがあった。


 それは攻略組の中でもトップが集まる、レオンのパーティーだった。


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