第42話 真里姉と第1回公式イベント(弛緩)


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 目が覚めた時、私はきっと死に戻ったのだろうと思った。


 けれど、それにしては周囲がやけに騒がしい。


 見れば街中ではなく、まだ”始まりの平原”にいるようだった。


 立ち上がると、さっきまでの気持ち悪さが少しマシになっている。


「……ここは、どこ?」


 平原には違いないけれど、見れば冒険者達が拠点のようなものを築いている真っ最中だった。


 記憶喪失になった主人公のような言葉を呟いた私に、カンナさんがその渋く低い声音を高くして声をかけてくれた。


「ここはエデンの西門からすぐ側に構えられた、簡易的な防御陣地ね。それよりマリアちゃんは大丈夫? MP0になりながら継続消費系スキルを使うなんて、全く無茶するんだから」


「えっと、どういうことですか?」


「普通MPが0になるだけなら、ちょっと具合が悪い程度で済むの。けれど、一部の継続消費系スキルを複数同時に使用していると、稀にマスクデータ的にMPがマイナス扱いになり、物凄く具合が悪くなるのよ」


 なるほど、あの気持ち悪さはそういうことだったんだ。


 納得して1つスッキリした。


「でもどうして私がここに? ポータルに戻ってないし、どうして死ななかったんですか? あ、それよりルレットさんとネロとクーガーは!!」


「落ち着きなさいな。順番に答えてあげるから」


 興奮した私を押し留め、カンナさんがゆっくり話してくれた。


「まず、説明の簡単な方から。ルレットちゃんなら無事よ。マリアちゃんが止めてくれたおかげで、今は女鏖モードの反動のせいでろくに動けないけど、じきに回復するわ。ネロちゃんとクーガーちゃんも無事よ」


「そうですか……」


 3人が無事で、本当に良かった。


「あの、私の後ろに続いていた冒険者の人達は?」


 矢継ぎ早な質問に、カンナさんがちょっと呆れたような顔になった。


「ワタシとしては、もっとマリアちゃん自身の事を気に掛けて欲しいんだけど……まあ、それがマリアちゃんかしらね。彼等のほとんどが無事よ。それもマリアちゃん達が文字通り、体を張って突破口を切り開いてくれたおかげね」


 私の行動は、無駄じゃなかったんだね。


 あれ、でも。


「カンナさん、ほとんどって?」


 不吉な予感がして表情が強張る。


「ああ、それはマリアちゃんが”どうして死ななかったのか”という問いへの答えとセットになるわね」


「?」


「倒れたマリアちゃん達を、ここまで運んでくれた人達というか集団? がいるのよ。そのおかげでマリアちゃん達は無事だったんだけど、マリアちゃんはともかく、クーガーちゃんは体が大きいでしょ? どうしても移動速度が落ちてしまって、それでオーガの注意を引き付けるため、何人かが囮を買って出たの。ほんとど、というのは囮役になった人達が死に戻ったからよ」


 最後の言葉に、血の気が引いた。


 私達を助けるために、死に、戻った……?

 

「そんな! それじゃ私達の、私のせいでっ!」


「いいえ、それは違います」


 そう言ったのは、カンナさんの隣に現れた、弓を背負った30代くらいの男性冒険者だった。


「違う、ですか?」


「そうです。我々はマリアさん、貴女に助けられたのです。命懸けの、その行為にです。彼等はそれに報いたに過ぎません。事実、囮役を募った時は希望者が多過ぎて大変でした。かくいう私も真っ先に挙手したのですが、『団長が率先して死ぬ役とか映画じゃありだがその後の統率考えたら下策だバカ』と散々罵られました。いや面目ない、あはははは」


 あははははって、笑い事じゃないでしょう。


 それに囮役に希望者多数ってどいうこと!?


 というかその”団”って一体何!!!


 私の心の叫びが通じたのか、お辞儀と共に自己紹介してくれた。


「申し遅れました。私はグレアム。ジョブは狩人系で幼教ようきょう……げふんげふん、とある団体のしがない団長を務めております」


 なんだろう、とても嫌な予感がする響きの言葉が混じっていた気がするんだけれど……。


 訝しむ私の前で、グレアムさんが膝を折って目線の高さを合わせてくれた。


「どうか、彼等のことで気に病まないで下さい……と言っても、貴女は納得されないのでしょうね。それなら、戻って来た彼等に1つ、労いの言葉でもかけてやってもらえませんか」


 グレアムさんが視線を向けた先には、エデンの西門を出てこちらに向かってくる数人の冒険者の姿があった。

 

 きっと彼等がグレアムさんが言った死に戻った人達なんだろうけれど、なぜか全員、晴れやかな顔をしている。


 彼等が私の前に着くと、お礼を言うために私が口を開くより前に言葉をかけられた。


「助けてくれて、ありがとうございました!」


「ああいう『俺を置いて先に行け!』みたいなの1度やってみたかったんです、夢が叶いました!」


「最高に美味しいシチュエーションご馳走様でした!」


 いやいや、なんで3人共お礼してくるのよ!


 大変だったとか、恨み言とか、もっとあるでしょう他に。


 それなのにお礼を言ってくるなんて、反則だよ。


 お礼を言いたいのは私の方なんだから。


 ああ、だめだ。


 一度決壊した涙腺が元に戻らないや。


 急に泣き出した私のせいで、困惑させているのが分かるけれど、涙は止まらない。


 止めなくちゃと焦る私と、おろおろしている彼等。


 そこに、


「「「ぐぅううううう」」」


 気の抜けるような音が鳴った……。


「あ、いや、これはなんというか」


「デスペナはなかったんだけど、満腹度はがっつり減るみたいで」


「くそ、こんなシリアスな時に俺の腹め!腹めっ!!」


 仕方のないことなんだから、そんなに気にしないでいいのに。


「っていうかお腹殴っちゃダメですから!! ……あ」


 思わず叱るように出た声に、一瞬場が静かになった。


「ぷっ」


 最初はカンナさん。


「くはっ」


 次がグレアムさん。


「「「あははははっ」」」


 最後が死に戻った3人。


「なんで笑うんですか!?」


「だって、マリアちゃんがあんまりにも”マリアちゃん”だから。ねえ?」


「そうですね、さすがです」


「「「激しく同意」」」


 一気に弛緩してしまった空気に、シリアスだった私はどこかへ家出してしまった。


 もういいよ……。


 気を取り直して、ぺこりと頭を下げる。


「助けてくれて、本当にありがとうございました。それとお詫び、じゃないですね。お礼に、良かったらこれをどうぞ」


 私は【フォレストディアのジャーキー】を取り出し、みんなに配った。


 団員さん? は他にもいるらしいので、1人3つで人数分。


 カンナさん、なんで当然のように貰おうとしているのかな?


 あなたは私から50個も買ったでしょう?


 みんなが一斉に口に含んだのを見て、少し緊張する。


 マレウスさん達3人には好評だったけれど、どうかな?


「お口に合えばいいんですけれ、ど?」


 気が付けばグレアムさんと3人の動きが止まっていた。


 なのに口だけが別の生き物のように咀嚼を続けている。


 あっ、嫌な予感。


「「「「旨いっ!!!!」」」」


 ようやく出てきた言葉は綺麗に揃っていた。


「なんという味わいの深さ!」


「くっ、どうして俺は今酒を持っていないんだ! 酒だ、誰か俺に酒を!!」


「食べ終わるのが辛すぎる! 唾液に染み出した味だけで白飯がいける!」


「この旨さはもはや麻薬! いや、実際に麻薬に漬けて!?」


「麻薬なんて使ってませんっ!!!」


 私のジャーキーを危ない物みたいに言わないで欲しい。


 そこにジャーキーを飲み込んだグレアムさんが、理解できないといった感じの声を上げた。


「むっ、ジャーキーを飲み込んでしまった。おかしい、ジャーキーが残り2つになっている!」


「団長、1つ食べたんだからそれは……おかしいですね」


「いえ、3つあって1つ食べたんだから当たり前ですよ?」


 思わずツッコんだ私を誰が責められるだろう。


「ジャーキー食べる、ジャーキー減る……」


 グレアムさんの虚ろな眼が、この場にいない団員さんの分のジャーキーに向けられる。


「これ、あれば、ジャーキー、増える…食える……ジャーキー……旨っ………」


「怖い怖い! 怖いですからっ!!」


 結局、私のジャーキーをさらに嫁がせることで事態は収束。


 けれどその代償は大きく、残りは数えるほどになってしまった。


 喜んで貰えたのは、嬉しかったよ?


 でも居なくなったジャーキーといつかの既視感、そして状況確認もろくに出来ていないことに、私はどっと疲れてしまった。。。


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