第40話 真里姉と第1回公式イベント(最後へと到る階梯)
「奇襲を受けたと聞いて来てみたが……なるほど、君がいたから被害がこの程度で済んでいるのか」
既に周囲では前線にいた冒険者達によってネームドの掃討が始まっている状況で、彼、レオンは私に話しかけてきた。
「僕の記憶ではMWOで騎乗アイテムはまだ見つかってないはずだけどね。ソレ、どうやって手に入れたのか、良ければ教えてくれないかな? もしくは、ソレをそのまま貰ってもいい。もちろん相応の対価は提示するよ」
整った顔立ちに、口角の上がった唇。
背は高く180cmくらいあるんじゃないかな。
その体は装備の上からでも分かるくらい、鍛えているように見えた。
さらりとした髪は名前に合わせたのか金色で、たぶん美男子といって差し支えないと思う。
まだ学校に通っていた頃、同い年の女の子だったら、多くが話しかけられただけで舞い上がったんじゃないかな。
私? 私はうん、違うね。
姉バカになるけれど、真人の方がずっと良い顔をしているよ。
私が倒れている間、いやそれよりも前からかな? 真人は自分と必死に向き合ったんだろうね。
だから今、真人は以前とは見違えるほど良い顔をするようになった。
けれど目の前の彼は、カッコ良さとたぶん強さで、少なくともこのMWOでは”自分の行動は許されて当然”と思っている感じがする。
だから私に、いや、クーガーに対してあんな不躾な物言いができる。
ネロもクーガーも、私にとってはMWOで生きる家族も同然。
その家族を物扱いした彼に穏やかに対応できるほど、私は人間ができていない。
「お断りします」
以前ルレットさんからGMコールを受けたナンパ君へ答えた時よりも、なお冷たい声が出た。
「対価が不明だからかい? それなら僕の持っているアイテムでもGでも、好きな物を選んでいいよ」
このレオンって人も人の話を聞かないね。
「ですからっ」
「あんたウチのレオンが譲れって言ってるんだから、大人しく譲るのが普通でしょ? こっちはトッププレイヤーなのよ」
隣から垂れ目で露出多めの服を着た魔道士系の女性が口を挟んできた。
確か、ミストとかいったっけ。
また面倒そうなのが出てきたと思ったら、警戒するネロを見て声色を変えた。
「何この猫超可愛いじゃん! そっちのはレオンに、こっちはウチが貰うから。ね、いいでしょレオン?」
ああもうほんと、ほんとうにこの人達はっ!!
私が我慢の限界を迎えそうになった、その時。
先に限界を迎えた”物”があった。
それは私の背後にあった、糸に囚われたネームド達の壁。
今そこに大穴が開き、中からゆっくりと、ルレットさんが姿を表した。
その眼はさっきよりも爛々と輝いており、三日月のように口が開いた様子は、獲物を前にした肉食獣のようで。
ああもう次から次へと。
前後に挟まれてしまっているこういうの、何て言うんだっけ。
前門の虎、後門の狼?
前はレオンだからむしろライオンで、後の狼は……あながち間違った表現じゃないかも。
もっとも言葉の本来の意味は、1つの災難が片付いたのに災難が続く、だから言葉としては正確じゃない。
でも言葉の字面としてはぴったりだと思うんだ。
間に挟まれた私は羊ってところかな、白いもふもふ2人に囲まれているしね。
「
頭の痛くなってきた私をよそに、ルレットさんは吼えたかた思うと、真っ直ぐこちらに向かって爆進してきた。
狙いは私、じゃなく。
「情熱的な女の子は嫌いじゃないけどね、僕はもっとお淑やかな方が好きなんだ」
狙われたのはレオン。
けれどルレットさんの鋭い一撃を止めたのは彼ではなく、大きな盾を持った騎士風の冒険者。
彼の事はルレットさんから聞いたね、ギランという名前だったはず。
「……」
無言で受け止めた彼は、そのまま何かのスキルを発したのか、僅かな動作でルレットさんを10m近く後退させた。
「どうしても戦うというのなら、僕は構わないよ? けどこっちはパーティーだから覚悟してね」
両手剣を楽々と構え、何かしらのスキルを放つ動作に入ったレオンと、レオンに合わせるべくミストを含めたパーティーメンバーらしき冒険者達も構えだす。
ルレットさんは臆するどころから、より一層闘う意欲を滾らせている。
さすがにこれはまずい。
大地を踏みしめ、矢を放つ前に張られた弓弦のように、全身をしならせ加速の力を溜めるルレットさんに、私は後先考えず飛び付いていた。
「ダメ、ルレットさんっ!!」
そのままルレットさんの体に抱き付いた、刹那。
首元に燃えるような痛みが走った。
「えっ? かはっ」
熱いの痛いのと、ルレットさんが私に噛み付いているという事態に脳の処理が追いつかないよ!
幸い気道は外れているけれど苦しさは消えず、HPが凄い勢いで減っていく。
HPポーションは、ダメだ既に使う余裕すらない。
このままだと、私は死ぬ。
ゲームなんだから、そんな事もあるって割り切れる人もいるのかもしれないけれど、ルレットさんは違うと思う、ただの勘だけれどね。
私を、友達を自らの手で殺めたと知ったら、私が逆の立場なら合わせる顔が無さ過ぎて、MWOをやめてしまうかもしれない……。
「それは、いや……だなっ」
その時、不意にマレウスさんの言葉が思い出された。
『やり過ぎそうになったらネロでもけしかけて我に返らせてやってくれ』
一か八か。
もうHPは残り1割を切っている。
「ネ…ロ……」
気力を振り絞り、ネロにお願いする。
「ニャニャッ!!」
応えたネロは即座にルレットさんに飛びかかり、まるで叱り付けるかのように、光る猫パンチをルレットさんの頬に叩き込んだ。
ルレットさんから私達パーティーメンバーへのダメージは通ってしまっているけれど、それはあくまでルレットさん個人の特性に応じた、ルレットさんのみに適用される例外。
私達パーティーメンバーはパーティー内ダメージ無効の制限から逃れられないため、たとえネロを通したとしても、私からのダメージは通らないはずだけれど……。
「
ルレットさんの瞳から、狂気の光が薄れ理性の光が戻っていく。
「……よかっ、た」
HP減少の影響か、意識が朦朧としてきたよ。
そんな私の目の前に、動揺と後悔と、そして悲痛に歪むルレットさんの顔があった。
「マリアさん、私、私はっ、なんてことをっ!」
慌てた様子でHPポーションを次々与えてくれるのは嬉しいんだけれど、さすがに10本は過剰だからね?
私の低いVITだと、2本もあれば完全回復する。
ルレットさんに最初会った時は十代後半くらいに思えたけれど、間近で見るともう少し年上で、大きな瞳がとても綺麗だった。
余裕があって、頼りになる女性って感じで、実際今まで何度も助けられて……でも、そうだよね。
そんな完璧な人、いないよね。
いるとしたら、そう見せているか、見せざるを得ない人で。
そう思ったら、弟妹への想いに似て、私は急にルレットさんが愛しくなった。
「……大丈夫ですよ、ルレットさん。私、これでもお姉ちゃんですから」
うまく微笑う事ができたか分からないけれど、ルレットさんはぎゅっと私を抱きしめてくれた。
落ちてくる温かな滴を肩に感じながら、私はその背中を優しく撫でた。
「えっと、これは何の茶番だい?」
「何エモいみたいな空気出してんの。普通に恥ずいんだけど」
「……」
ああ、残念なこの人達には絶対に伝わらないだろうな。
ギランだっけ、彼は沈黙しているから何とも言えないけれど。
そんな時、動けない私達の代わりに、彼等の前に立ち塞がってくれたのがクーガーだった。
つぶらな瞳にはありありと敵意が浮かんでいて、いつの間にかクーガーの上に乗っていたネロも毛を逆立て威嚇していた。
「クーガー、ネロ……」
本当、頼りになり過ぎだようちの子達。
そこに、ネームドを倒し終えた冒険者達も何事かと集まってきて、異様な空気になりつつあった。
そんな場面に割って入ってきたのは、第三者。
自らを演出家と言ったメフィストフェレスだった。
空中に浮かび、文字通り私達を見下しながら滔々と語り始めた。
「何やら私の脚本にはない、素晴らしい演目が密かに演じられていたようで……続きをゆっくり鑑賞させて頂きたいところですが。演者の方々の”熱意”は、私の予想を上回っておりました」
パチパチと、こちらを馬鹿にしたように拍手をする音が、最初と同じく耳元で聞こえる。
「よって、次なる演目を早めることに致しましょう。演目の名は、”最後へと到る階梯”とでも名付けましょうか!」
言葉と共に、新たな門が4つ姿を見せた。
それは既に現れていた3つの門の隙間を埋めるように出現し、まるで私達冒険者を7つの門によって閉じ込めるような形となっていた。
「さあ演者の皆様! より強く、より高みへと至らんとする皆様!! 現れた階梯を登った先に得られる報酬は膨大!!! 死に物狂いで駆け登る様を、どうか私にお見せ下さいっ!!!!」
それが合図となって、4つの門の扉が開いていく。
「ファーストアタックは俺…」
「どんなモンスターが相手で…」
「真っ先にポイントゲッ…」
新たな門の近くに偶々いた冒険者達が口に出来たのは、そこまでだった。
扉の中から振るわれた巨大な斧が、複数の冒険者のHPを一撃で消し飛ばした。
「「「ッ!!!」」」
たぶん、その場にいた全員が凍り付いたと思う。
前線に来ていたのだから、彼等も相応の強さがあったはず。
倒された冒険者の中には、前衛職も混じっていた。
それなのに、一撃で倒された。
一体どれほどの攻撃力をもった相手なのよ……。
しかし更なる絶望を与えるかのように、斧を持ったモンスターとは別に、新たに剣と、槍と、杖を持ったモンスターが姿を現した。
モンスターは人型で、体は5mを超える巨体だった。
これまでのモンスターとは異なり、その全身はただただ黒く、ネームドとは比較にならない威圧感を放っていた。
唯一、メフィストフェレスと同じようにその双眸だけが赤く光っている。
そのモンスターの名を、誰かが呆然となりながら呟いた。
「オーガ・クラウィス……」
イベントが開始されてから40分。
次の段階に進んだ事を、私達が身を以て感じさせられた瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます