第39話 真里姉と第1回公式イベント(女鏖)


緋眼ノ女鏖ひがんのじょうおう……」


 その名を聴いた時に私が思ったことは、弟の真人のことだった。


 真人がまだ小さかった頃、芝居がかった仕草と共に、普段使わない言葉や妙な横文字を組み合わせた言い方をする時期があった。


 その事を、私が目覚めた後に思い出話のついでに言うと、


「どぉあああっ、忘れろ!忘れてくれ全力で!!頼むからお願いですからお姉様!!!」


 土下座され、半泣きになりながら懇願されてしまった。


 あの時は真人が何を慌てたのか分からなかったけれど、その後真希に、


「あれは、男子なら小さい頃に誰でも一度はかかる病気みたいなものだから、そっとしてあげるといいよ」


 と、珍しく真人に心の底から同情するような声音で言われ、以降その話題を真人の前ですることは控えている。


 緋眼ノ女鏖という名前は、真人が口にしていた言葉に通じる匂いがあるけれど、絶対的に違ことが1つ。


 それは言葉の、名前の持つ力。


 真人の言葉が演技から生まれた軽いものだとするなら、ルレットさんのそれは、おそらく行動が作り上げた重厚なもの。


 二つ名が本来の名前を霞ませる程の、凄みを持っていた。


「何ぼさっとしてやがる! さっさと逃げねえと、俺とは違う本当の”鬼”に喰われるぞ!!」


「頑張ってねマリアちゃん。ああなると基本、ルレットちゃん敵味方の区別がつかなくなるし、パーティー内のダメージ無効制限からも外れてしまうから」


「そういうのは先に言ってくださいよっ!!!」


 二つ名に反応したのか速度を緩めていたルレットさんが、ギラリとこちらに眼を向けたかと思うと、真っ直ぐ駆け出してきた、私達の方へ!?


「く、クーガー!」


「グオオゥッ!?」


 私、動揺。


 そしてまさかのクーガーも動揺。


 隠そうとしても無駄だからね?


 一瞬ビクッと震えたのを私は見逃さない。


 って、そんなこと悠長に観察している場合じゃなくて。


 私はネロも喚び、ネームドの間をすり抜けるようにクーガーを走らせた。


 その後ろからは、見なくてもルレットさんが追って来ているのが分かる。


 擦り抜けざま、自由になる【大蜘蛛の糸】を1本操作し、装備特性の粘性を発動しながら次々とネームドの足に付着させていく。


 ゴブリン相手に散々やった手だから、やり方は慣れている。


 【操糸】のスキルレベルが18まで上がったことで、私は1本あたり約1kmまで糸を伸ばすことが出来るようになっていた。


 だからクーガーを走らせながら、”寄り道”させて伸ばし続けてもまだ余裕がある。


 これまでネームドとは2度戦って倒しているけれど、第2エリアのネームドはそれよりずっと強いだろうし、そんなのが複数いる。

 

 まともに戦うのは自殺行為だ。


 だから時々、ネロに【クラウン】を発動させ注意を引きつつ、次々と場所を移動した。

 

 当然ネームドは追ってくるけれど、いいのかなそんな好き勝手に動いて?


 予想通り、足に着いた糸を互いに引っ掛けあい、もつれ合うように倒れるネームドが続出する。


 クーガーがネームドを吹き飛ばした際、周囲のモンスターを巻き添えにしたのを見て、もしかしたらと思ったけれど、上手くいったね。


 そうして出来上がったネームドの塊は私の後ろに壁のように立ちはだかるわけで、それを今のルレットさんが見過ごすはずがなかった。


怒羅嗚呼呼呼呼呼呼呼どらああああああああッ!!」


 およそ人が発するとは思えない、雄叫びのような声が周囲に轟く。


 追従するように鳴り響く激しい打撃音。


 その衝撃の強さは離れているにも関わらず、糸越しに伝わってくる程だった。


「なんてデタラメな……」

 

 確かにネームドは動きは制限されているけれど、それでも雑魚とは違うはず。


 それなのに、さっきから”自由に出来る糸の長さ”がどんどん増えている。


 それは付着させていた分の長さが戻ったことを意味していて、付着させていたネームドは既に……ということだよね?


 一体どれだけ強いのか、もはや私の想像の限界を超えているよルレットさん!!


 と、後ろに注意を向けていた私は、矢のような速さで接近してきたネームドへの反応が遅れてしまった。


「しまっ!?」


 いい終わる前に死ぬかな? と思ったけれど、咄嗟にクーガーが攻撃を受け止めて、ネロが猫パンチで撃退してくれていた。


「ありがとうクーガー! ネロ!」


「グオゥッ」


「ニャッ」


 何でもないといわんばかりに、2人が頼もしい鳴き声を短く返してくれた。


 ほんと頼りになるよ。


 でも気をつけないといけないね、私なら一撃死も十分あり得るんだから。


 新手のネームドは、見た目は完全に馬だった。


 その周囲には緑色の、なんて言ったらいいのかな、エフェクト? が炎のように揺らめいていた。


 緑は風の属性を表し、馬のネームドといえば。


「【ストームホース】? でも、なんだか……」

 

 私が違和感を覚えたのは、その体の色。


 スカートとシューズの素材元はウィンドホースだけれど、その体は属性に合わせるように緑色だとルレットさんから聞いたことがある。


 雑魚とネームドで色が違うのは、ブラッディーボアの例があるからおかしくない。


 でも、黒ではなく黒っぽいってなんだろう?


 疑問に思い周囲を見渡せば、どのモンスターも、雑魚もネームドも一様に黒っぽい色をしていた。


「何か意味があるのかな……」


 色に気を留めたせいか、どこか薄暗さを感じた私の前で、突然【ストームホース】の姿が消失した。


 入れ替わるように現れたのは、イベント開始直前に見た冒険者。


 私のような素人にも分かる程、強そうな装備を身につけ、両手剣を軽々と扱っている。


 それは最前線にいたはずの戦士系トップ、レオンだった。

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