第16話 真里姉とGMコール案件


 公式イベントの告知を確認した私は、すぐにMWOにログインした。


 十数時間ぶりだから、こっちだと既に4日くらい過ぎてるのかな。


 時間を確認すると午前10時。


 エステルさんと子供達は出かけているのか、教会の中はがらんとしていた。


 部屋を出て教会の広間に出ると、どこかいつもと違うような……あっ、これまであった床の穴や、壁の罅割れがなくなっている。


 綺麗に、とまではいかないけれど、少なくとも子供達が足を踏み外して怪我をしたり、隙間風で寒い思いをすることはなさそうだ。


 ボアの丸焼きに参加したバネッサさんのお客さん達が、約束通り修繕してくれみたいだね。


 こうして実際に助けてくれる人が増えてくれれば、エステルさんも少しは楽になるかな。


 そのためには私も頑張らないといけない、”お姉さん”として。


「まずは昨日手に入れたものをどうにかしないとだね」


 昨日は森から街に戻って真っ直ぐ教会に向かい、すぐログアウトしたのでアイテムの確認もろくにできていない。


 捕獲状態のフォレストディアも溜まっているし、ブラックウルフを解体した物の引き取りもまだだ。


 ということで、一度冒険者ギルドに寄ってみることにしたのだけれど、いつものカウターで出迎えてくれたアレンさんの目の下には濃いクマができていた。


「こんにちはアレンさん。何だかお疲れのようですね?」


「誰のせいだと思ってるのかなこんにちは!マリアちゃん!」


 アレンさんの日本語がまたちょっとおかしい。


 確か前にもあったよね、あの時はエステルさん絡みだったかな。


「本当大変だったんだよ。マリアちゃんが持ち込んだブラックウルフの量が多すぎて、他の解体依頼に支障が出るっていうから、急遽俺まで解体の手伝いすることになったんだ。それも定時後にだよ!」


 定時後かあ、ちゃんと残業代でたのかな?


 こっちの世界までブラック労働とか切な過ぎるからね。


 でも、アレンさんから申し出た対価を条件としての仕事だったのだから、私にあたるのは違うんじゃないかな?


 文句を言うなら上司とか、冒険者ギルドの制度とかそっちが先なはず。


 多過ぎて困るなら、私はいくらか解体保留にしてアイテムボックスに残しておいてもよかったのだから。


「けど、ようやく解放された。俺、これから帰って床擦れするまで寝るんだ」


 それって真希風に言うなら、フラグかな?


 最初に言われたことも決め手になって、私はアレンさんへの温情を心のゴミ箱にポイッと捨てた。


 冒険者ギルドの解体スペースで、解体費用として相殺された分を除いた、ブラックウルフから得られた諸々を受け取り、私は”おかわり”を取り出した。


 捕縛状態のフォレストディアの山に、緩んでいたアレンさんの顔から感情の色だけが抜け落ちる。


「解体費用は相殺で。それじゃ、よろしくお願いしますね?」


 少しだけ優しさを混ぜ、急ぎませんからと付け加えたけれど、耳に届いたかは怪しいかもしれない。


 私は静かになった解体部屋を、そっと後にした。



 ブラックウルフを解体して得られたものは、大量の毛皮と肉と爪と牙、それに少しの魔石。


 爪と牙は要らないので冒険者ギルドで売り、毛皮は手触りが寝具の代わりになりそうだったので売らないでおいた。


 ルレットさんのおかげで10000Gが手に入り、そこから食材やポーションを買ったりしたけれど、7000Gくらいは残っていた。


 今回ブラックウルフの素材を売ったおかげで、ブラックウルフの毛皮全部の洗浄費や、消費したポーションの補充にお金を使っても、所持金は20000Gに増えている。


 数日後にはフォレストディアの解体による収入もあるから、だいぶ安心かな。


 私は教会に戻る途中で野菜小麦粉、バターと牛乳を買い込んだ。


 作るのは大量にあるブラックウルフの肉を使った煮込みハンバーグ。


 ちょうどエステルさんと子供達も戻ってきたので、手伝ってもらう。


 ブラックウルフの肉は筋っぽいけれど、挽肉にしてしまえば気にならないと思う。


 普通ならそんなお肉を挽肉にするのは大変だけれど、私の【操糸】スキルとステータスなら問題ない。


 スキルレベルが上がって4本まで同時に糸を操れるようになった私は、包丁4本を使いブラックウルフの肉塊を瞬く間に挽肉に変えていく。


 その間にエステルさんがニンニクとニンジンを擦り下ろし、子供達が玉ねぎの皮を剥く。


 剥き終わった玉ねぎは私が微塵切りにして飴色になるまで炒めると、粗熱をとって擦り下ろしたニンニクとニンジン、それから挽肉に塩、乾燥してしまったパンを砕いて加える。


 ここからはエステルさんと子供達に頑張ってもらい、ひたすら捏ねてもらった。


 その間に私は大鍋にバターを入れ火にかけ、バターが溶けたら小麦粉を入れ、焦がさないよう炒める。


 最初は粉っぽさがあったものが、バターの油を吸って徐々に固形化し、塊になっていく。


 その状態になってからもしばらく炒めたら、少しずつ牛乳を加えのばしていく。


 牛乳を加える毎に塊が液化していき、程よい硬さになったら塩を振ってホワイトソースの出来上がり。


 ここに、成形しフライパンで焼き上げたハンバーグを次々投入していく。


 火加減に気をつけて煮込めば、こちらは完成。


 途中で味見しながら調整していたから心配はしていなかったけれど、いいんじゃないかな。


「初めてみる料理ですけれど、とても美味しそうな匂いがしますね」


 エステルさんがうっとりした顔で言ってくれる側で、子供達の口からは涎が垂れている。


 ご飯には早過ぎる時間だと思うよ貴方達?


 私は大量に作った煮込みハンバーグの3分の2をエステルさんと子供達用に残し、残りは予め用意していた木の深皿に入れ、アイテムボックスに仕舞った。


 これでしばらくは、街の外での食事を気にしなくても大丈夫。


 携帯食では味気ないからね。


 料理の片付けをしていると、ルレットさんから個人向けの会話が届いた。


『こんにちわぁマリアさん』


『こんにちは、ルレットさん』


『実は例のスキルの件で相談したのですけれどぉ、これからお時間ありますかぁ?』


『大丈夫ですよ。ちょうど料理し終わったところですし』


『それは良かったですぅ、公式イベントのことでも相談がありましたしぃ。冒険者ギルドの前でお待ちしてもぉ?』


『分かりました。これから向かいますね』


『よろしくお願いしますねぇ』


 そういえば【捕縛】スキルの扱い、ルレットさんにお願いしたままだったね。


 言われるまで忘れていたよ。


 エステルさんと子供達に別れを告げて、私は冒険者ギルドに向かった。


 特に急いだつもりもないのだけれどルレットさんの姿はまだなく、入り口の外でしゃがみネロを喚んで戯れていると、頭上に人影を感じた。


 ルレットさんかな? と思って顔を上げたら、知らない男性の冒険者が立っていた。


「君小さくて可愛いね! 初心者装備ってことは、MWO始めたばっかなの?」


 突然馴れ馴れしく話しかけられ、私がどう答えたものかと思案していると、向こうは話を聞く気があると思ったのか、勢いよく捲し立て始めた。


「見たところ後衛でしょう? 1人だとこのゲームレベル上げるの辛いって。俺もう2次職で火力あるから、いろいろ教えてあげられるからさ、この後狩り行く予定だし君も一緒に行こうよ!」


「あの、私人を待っているんで結構です」


 なんとかそう答えたけれど、止まる気配はなく。


「そんなこと言わないでさ、そうだ待ってる人には後からうちらのところに来てもらえばいいよ。それなら時間無駄にならないし良い考えじゃない? そうしよう!」


 ああ、これはまずい。


 バイトの接客で時々見かけた、人の話を聞かず都合よく解釈して自己完結するタイプの人だ。


 この手の人は基本、何を言っても通じない。


 ゲームの世界って、こういう時どうしたらいいの?


 強引に掴まれそうになって思わず後ずさると、ネロが間に入って毛を逆立て威嚇してくれた。


「なんだこの猫、俺はこの子と遊ぶんだから邪魔すんなよっ!」


 蹴られそうになっているにも関わらず立ち塞がり続けてくれるネロを、思わず抱きしめ庇う。


 痛みを堪えようと身構えて……あれ、痛みも衝撃もこない?


 向こうは確かに蹴りを放っていた。


 けれどそれは私にぶつかる寸前、すらりと伸びた足に空中で押さえ付けられるように留められていた。


「あらあらぁ、こんな街中で下品なナンパですかぁ」


 すらりとした足の持ち主は、ルレットさんだった。


「ルレットさん!」


「私が遅れたせいでごめんなさいねぇ、もう大丈夫ですよぉ」


 言葉と共にルレットさんが足を押し込むと、対して力が入ったようには見えなかったのに、男性は力負けして仰向けに倒れてしまった。


「なっ、てめえ!」


「はいはぁい、汚いお口は閉じましょうねぇ」


「ぐばっ」


 ルレットさんが男性の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばす。


 頭がもげそうなくらいの勢いで体ごと飛んでいき、壁にぶつかりずり落ちる。


 これ、現実だったら壁中真っ赤になっているんじゃないのかな……。


「私のお友達にぃ、不快な思いをさせるなんてぇ、万死に値するんですよぉ」


 普段と変わらないおっとりした声だけれど、そこから繰り出されているのは男性の急所を狙った蹴り蹴り蹴り。


 あ、野次馬していた男の冒険者の人達が顔を青くしている。


 最後はGMコール? というのを行ったルレットさんによって、瀕死の男性は一瞬でその場から消えてしまった。


 一体何がどうなったのかは、後で詳しく聞くとして。


「ありがとうございました、ルレットさん。助けてくれて」


「いえいえ〜、私が遅れたのが悪かったのですからぁ、むしろ申し訳なかったですぅ」


「それでもです。ネロもありがとうね」


「!」


 いつものように、こつんと頭をこすりつけてくるネロ。


 その様子を微笑ましそうに見ていたルレットさんが、手を差し出してくれた。


「ここではなんですしぃ、静かなところに案内しますねぇ」


 ルレットさんの手はひんやりとして、緊張していた私には心地良かった。


 少しして、人の怖さを意識したら膝が震えたけれど、ルレットさんは何も言わず私を抱き抱えてくれた。


 それが真人の抱き方に似ていて、目的の場所に着く頃には、震えはすっかりおさまっていた。



(マリア:道化師 Lv14)

 STR  1

 VIT   3

 AGI   5

 DEX 56

 INT   4

 MID 13



(スキル:スキルポイント+36)

 【操糸】Lv12

 【傀儡】Lv5

 【クラウン】Lv7

 【捕縛】Lv4

 【料理】Lv4→Lv6


(傀儡対象)

 ネロ(猫のぬいぐるみ)


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