第17話 真里姉と生産職人


 ルレットさんに連れられたのは、地下にある、ドラマに出てくるバーのような店だった。


 店内の床・壁・椅子・テーブル・カウンターは、全てムラなくニスが塗られ磨き上げられており、とても大事に扱われているのが分かる。


 照明は間接的に室内を照らしていて、少し離れればお客さん同士でも顔をよく視認できないくらいに光量が抑えられていた。


 現実では行ったこともないし、スキップして年齢だけは大人になってしまったので、私は特にこういう場所に憧れがないのだけれど、落ち着いた空間は好きな方だ。


「一番奥の部屋を借りますねぇ」


 カウンターの奥でグラスを磨いていた、細身で壮年の男性に、ルレットさんが慣れたように声をかけると、無言で頷かれた。


 一番奥の部屋というのは、テーブル席から意図的に離された所にある個室だった。


 その扉はかなり厚く、中に入り扉を閉めると外の音は全く聞こえなくなった。


 勧められるまま椅子に座ると、ルレットさんがテーブルの上にあった水差しからグラスに水を注ぎ、私の前に置いてくれた。


「あと2人来るからぁ、もう少し待ってくださいねぇ」


「分かりました。あ、その間にルレットさんにお礼が言いたかったんです」


「お礼ですかぁ?」


 なんのことかしらぁ、と首を傾げるルレットさんに、私はゼーラさんの言葉を伝えた。


「ゼーラさんという道化師の先輩の方なんですけれど、ルレットさんが作ってくれたぬいぐるみを見て、とても褒めていました。技と素材が高いレベルで揃っているって」


「あらぁ、こちらの方にも褒めてもらえるなんて嬉しいですねぇ」


「それから、頂いたこの子には名前を付けたんです。ネロ」


「!」


 私が呼ぶと、ネロがテーブルの上に飛び乗り、ルレットさんに向けて鳴く仕草をした。


「本当に生きているみたいですねぇ。触ってみてもいいですかぁ?」


「もちろんですよ」


 ネロも生みの親が分かるのか、自分からルレットさんに近寄って行った。


 ルレットさんが頭を撫でると、ネロもルレットさんの手に頭を下から押し付け、甘えているようだった。


「あらあらぁ、実は甘えん坊さんなのかしらぁ」


「そうかもしれませんね。でも強くて、とても頼りになる子なんですよ。そういえば、ネロに攻撃をさせたら雷っぽいのが出たのですけれど、何か心当たりはありませんか?」


「雷ぃ……そういえばぁ、この子の瞳には【ライトニングタイガーの魔石】を使っているんですよぉ」


「ライトニングタイガー?」


「”試しの森”の先にいるぅ、フィールドボスですねぇ。文字通り雷を操る敵なんですよぉ。その属性を受け継いでいるのかもしれませんねぇ」


「そんな強そうな相手の魔石で作っていたなんて……やっぱりお金払いますよ」


「お友達ですからお気になさらずぅ。それにぃ、”生きている”姿を見せてもらえたのですからぁ、生産職としてはむしろお礼が言いたいくらいなんですよぉ」


 ネロの喉を指先で撫でながら、幸せそうに微笑むルレットさん。


 そこまで言われてしまったら、何も言えなくなってしまうよ。


「……分かりました。でもそれなら、以前約束した通り”お裾分け”なら受けてもらえますよね?」


 そう言って、私はエステルさん達と作った煮込みハンバーグを取り出した。


 料理はアイテムボックスに入れた時点の状態を保持してくれるのか、出来立てのように湯気が出ている。


「ふふふ、これは一本取られてしまいましたねぇ。分かりましたぁ、”お裾分け”なら受けないわけにはいかないですねぇ?」


「そうですよ。たくさん作ったので、いっぱい食べてくださいね」


 木匙も渡すと、受け取ったルレットさんが木匙でハンバーグを一口大に取り、ホワイトソースと一緒に口に運ぶ。


「あっあつっぅ……んんん! これはお金が取れる味ですねぇ。前にも思いましたけれどぉ、ただ美味しいだけじゃなくてぇ、味がとても優しいんですよぉ」


 味が優しい、か。


 そういえば、真希も朝食の時にそんな感じのことを言っていたっけ。


 確か、お姉ちゃんの料理っていうジャンル? という独特な表現だったけれど、家庭の味的な感じなのかな。


 何も特別なことはしていなし、作っている本人はいまいちピンとこないのだけれど、喜んでもらえるのは、素直に嬉しい。


 今度は私が水差しから水をグラスに注いでルレットさんに渡すと、お礼を言われ、水で口の中を冷やすとまたすぐに食べ始めてくれた。


 気に入ってくれて良かった。


 黙々とルレットさんが匙を動かし、ハンバーグが半分くらいになったところで、不意に部屋の扉が開いた。


「なんだお前、旨そうな物食ってるじゃねえか」


 現れたのは、背は高くないのに胴や手足が太い髭を生やした髪の短い男の人だった。


 彫りの深い顔立ちの奥、眼はぎょろっとしていて、睨み付けるような迫力がある。


 なんだろう、どこか既視感が……あ、仁王像みたいなんだ、頭身を縮めた。


 こっちはちゃんと服を着ているけれど、明らかに作業着っぽいくて部屋の雰囲気に合っていない。


 もっとも、私も初心者装備のままなので同じかな。


 ちなみにルレットさんは、スリットの入ったカーキ色のロングドレスを優雅に着こなしていた。


「マリアさんの料理はとっても美味しいんですよぉ。マレウスにはあげませんからねぇ?」


「要らねえよ、んなもん」


「もうマレウスちゃんったら。そんなことを言っていると、また女の子に振られちゃうわよ?」


 次に現れたのは、長身で肩まである青い髪のスーツっぽい服装の女性? だった。


 外見は仕事のできる秘書さんそのもので、声音も高く意識しているけれど、隠しきれない程の重低音が混ざっている。


 昔テレビで放送した映画で、人類を抹殺したり救ったりするために未来から送り込まれた人間そっくりなロボットを担当した人の声にそっくりだ。


「ばっ! おまっ、カンナなんでそのことを!?」


「なんでって、マレウスちゃんが告白した女の子が、マレウスちゃんに『俺と相槌してくれないか?』って意味不明の告白されて怖がり、ワタシに相談に来たからだけれど?」


「うああっ!今すぐ忘れろてめえ!!」


 突然取っ組み合いが始まったんだけれど、えっと、私はどうしたらいいのかな?


「マリアさんが驚いてますからぁ、2人ともその辺にっ!」


 ルレットさんの拳が2人の頭に勢いよく落下し、”ゴンッ”と鈍い音を立てた。


 人体から出していいのかな、今の音。


 頭を押さえて蹲る2人をよそに、ルレットさんが私に向き直る。


「こっちの玉砕したのが鍛冶を専門にしているマレウスでぇ、こっちの外見だけ秘書が木工を専門にしているカンナですぅ。今日マリアさんに相談したいのがぁ、私とこの2人なんですよぉ」


「はあ……」


 やっと出たのは溜息のような返事で。


 なんだろう、相談を受ける前なのに、既に疲れきっている私がいた。。。

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