第15話 真里姉と賑やかな弟妹


 あの後、なんとか起き上がった私は、警戒のためネロに先行してもらって歩き出した。


 ネロは本当に優秀な子で、モンスターが近づくと事前に知らせてくれた。


 おかげで私は一度も戦うことなく、無事に森を抜けることができた。


 本当、ネロを生んでくれたルレットさんには感謝しかないよ。


 街の大通りを、朦朧としながら進み教会へと向かう。


 エステルさんから、休む時は教会を使って欲しいとお願いというか、泣き付かれてしまったので、教会以外の宿に泊まるという選択肢がとりずらい。


 もし教会に泊まれる状態にも関わらず他の宿に泊まったとエステルさんが知ったら……


『ここは古くてお世辞にも綺麗とは言えない部屋ですから、気にしないでください』


 と、聖母のような笑顔に涙を一筋流し言ってきそう。


 その周りには、潤んだ瞳でこちらを見ている子供達もセットだ。


 そしてエステルさんがそんな風に言う部屋は、実は毎日隅々までエステルさんが掃除していることを私は知っている。


 それを知って他所に泊まれる程、私のメンタルは強くないよ。


 なんとか教会に着いた私は、幸いエステルさんに見つかることなく部屋に入ることができた。


 ベッドに横になって、ネロを抱っこしたままログアウトする。


 今日はお疲れ様、ネロ……。




 結局現実のベッドに戻った私は、ブラインドサークレットを外すのも億劫で、そのまま眠りに落ちてしまい、気が付いた時には朝になっていた。


 真人に起こされると、私は体を丸め、いわゆるお姫様抱っこをされる。


 最初はいくら弟とはいえ余りに恥ずかしく抵抗したのだけれど、2週間もすると慣れてしまった。


 欠片程度には憧れのあった行為のはずが、慣れって怖いね。


 洗面所で顔を洗ってから、掘り炬燵に入れられ真希が起きてくるのを待っている間に、朝食が炬燵の天板の上に並べられていく。


「ご飯、しじみのお味噌汁、鮭の塩焼き、小松菜のお浸し。これぞ日本の朝食って感じだね。それに、これは山形のだし?」


「真里姉好きだろう? とろみがあるから食べやすいし、色んな野菜を一度に摂れて栄養価も高いからな」


 山形のだしは、主に夏野菜と昆布を細かく刻んで、醤油やみりんで味をつけたものだ。


 少し時間をおくと野菜の水気を昆布が吸って、とろみが出てより美味しくなる。


 夏野菜と言ったけれど、殆どの野菜は季節関係なく手に入るので、私が忙しい時はよく作ったよ。


 冷蔵庫に入れておけば多少日持ちはするので、夕飯の支度が間に合わない時、3人でご飯に乗せて食べたっけ。


「嬉しいな……これでご飯をたくさん食べられたらいいんだけれどね」


 筋肉と一緒に内臓も衰えている私は、小学生より食べられる量が少ない。


 無理をすると消化しきれず、すぐ嘔吐してしまう。


「そっちも体と一緒に鍛えるしかないからな。俺がリハビリも栄養もしっかり管理するから心配無用だ。料理だってもう真里姉に負けないぜ」


「お姉ちゃんに勝とうなんて100年早いよ真兄は。あっ、お姉ちゃんおはよう!」


「おはよう真希」


「聞き捨てならねえな真希。こっちは栄養士も目指して料理勉強してるいわばプロ見習いだぞ!」


「プロ見習いがお姉ちゃんの料理に勝てる訳ないじゃん。お姉ちゃんの料理は、”お姉ちゃんの料理”っていうジャンルなんだよ。それが分からないとは、まだまだ勉強が足りないんじゃない?」


「なんだと真希、喧嘩売ってんのかてめえ!」


「喧嘩ならお金で買ってあげるよ!」


 炬燵を挟んでやり合う2人。


 朝から賑やかだなあこの弟妹は……私は苦笑しながら、2人を宥めた。


「はいはいそこまで。せっかく真人が作ってくれた朝食なんだから、冷めないうちに食べよう。私珍しくお腹すいているんだ」


「本当か! どどっ、どれから食う!?」


 給餌しようとしてくれるのは嬉しいけれど、うん、ちょっと落ち着こうね。


「まったく、ゆっくり選ばせてあげなよ真兄」


 いや、そんなこと言いながらスプーンに山形のだしを乗せて、食べさせる気まんまんだよね?


 結局、どっちのお勧めを先に食べるかでまた喧嘩となり、私が選びたかったしじみのお味噌汁はすっかりぬるくなってしまっていた。



 朝食の後は食休みを挟んで、真人に手伝ってもらいながらのリハビリだ。


 相変わらず体を動かすのはキツイのに、筋肉が戻る気配はまるでない。


 まあ今に始まったことじゃないし、やらないよりはいいはずだからね。


 それにちょっとだけ、真人に料理で勝ったと思われているのが悔しいと思う自分がいた。


 つい先日までなら、そのまま受け入れていたと思う。


 けれどMWOでの私ができて、それが抗う力をくれている気がする。


 2時間程のリハビリが終わり、昼食を摂った後は真人が勉強する側、私はベッドの上で電子書籍を読んでいた。


 それはまだ母さんがいた頃に読んでいた小説で、いつの間にか続編が出ていた。


 懐かしさを覚えながら完読し、充実した読後感に浸っていると、検索画面を操作している途中でMWOのポップアップが表示されていた。


「そういえばMWOのウェブサイトって見たことがないかも」


 弟妹からソフトとブラインドサークレットを渡され、何の情報もなく始めたMWO。


 ちょうどいい機会かと思いポップアップを選択すると、MWOの公式サイトが開き、そこには第1回公式イベント開催というタイトルが、大々的に掲載されていた。

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