第12話 真里姉と先達の助言


 ゼーラさんに誘われ、広場でも建物の影響で日陰になり、人気の少ないベンチに移動した。


「ここなら誰かれに聞かれる心配もあるまい。さて、マリア。見立て方から察するに、お主は道化師、それも糸を武器としているな?」


「はい」


 私はぬいぐるみのネロを取り出し、【傀儡】を使って動き出させた。


 意思を汲み取り、ネロはゼーラさんの犬に挨拶代わりに頭をこつんと当てる。


「ほう、これは見事な依代じゃ」


「依代?」


「依代とは、傀儡によって操る物のことじゃ。作り手の技量と、それを形作る素材、その二つが揃うことで依代の質は上がる。儂のこれは品質でいえばランクがCじゃが、お主のはBに届いておる。この辺では、そんじょそこらでお目にかかれる物ではないぞ」


 ネロがそんなに凄い子だったとは、さすがルレットさん。


 その道のプロにも認められましたよって言ったら、喜んでくれるかな?


「して依代を動かすお主の技についてじゃが、それについて話す前に、覚えているスキルレベルを教えてもらえんか。他言はせぬと誓う」


「別に構いませんよ」


 秘密にするようなものはない、と思ったけれど【捕縛】は黙っておいた方がいいか、ルレットさんとの約束もあるし。


 ジョブスキルだけ教えるとそれで満足したらしく、そしてどこか納得したという表情をしていた。


「なるほど……【操術】がなく、【操糸】から【傀儡】へと派生したか」


「何か変なんですか?」


「変ではないがの。ちと遠回しになるが、ジョブスキルについての説明からするとしよう」


 言葉を区切ると、ゼーラさんが体ごと私の方を向いた。


 真剣な様子に、私は思わず座ったまま背筋を真っ直ぐにした。


「どのジョブでも、最初に覚えるジョブスキルは基本的にみな同じなんじゃ。それが【操術】じゃ。武具を扱い【操術】のレベルを高めてから、要は武具に慣れてから、初めてその武具に特化したジョブスキルを覚える。戦士ならば【剣術】【槍術】【斧術】、聖職者や魔術師では【杖術】といった具合にの」


「えっ、私【操術】なんて覚えた記憶ないですよ?」


「そこが基本的に、といった理由じゃの。ジョブスキルを取得する際、それまでの経験が考慮され個人差が出る。【操術】の初期レベルが異なるといった具合にの。その際、初期の段階に留まる者ではないと判断された場合は上位の、つまりは特化したジョブスキルから始まるのじゃ。お主が【操術】ではなく【操糸】を覚えたように」


 それまでの経験って、まさか子供の頃に弟妹に見せていた綾取りや、自作した糸操り人形を使って劇をしていたことかな?


 お金に余裕がなかった頃、愚図る弟妹の機嫌を直すために覚えたのだけれど、こんなところに影響するなんて、分からないものだね。


「全く知りませんでした……あれ、さっき【傀儡】が【操糸】からの派生って言ってましたけれど、ひょっとして?」


「お主の想像通りじゃな。特化したジョブスキルから派生するスキルは、個人によって覚えるものが異なるの」


「それじゃあ【傀儡】って、実は珍しいんですか?」


「儂が知る限り、冒険者で覚えた者はまだおらんはずじゃ」


 まさかそんな希少なスキルだったとは。


 夢のペットを実現できるスキルくらいにしか思っていなかったよ。


 あ、でも希少なスキルが必ずしも有用とは限らないか。


「ちなみに、お主自身のレベルはいくつじゃ?」


「えっと、ちょうど10ですね」


「10!?」


 目を見開いて、ゼーラさんが驚愕している。


 えっ? ま、また何かやっちゃった私!?


「特化したジョブスキルは総じて上がりにくく、工夫がいる。戦闘で上げた場合、レベルはおよそジョブスキルの2〜3倍になっておるのが普通じゃ。お主の【操糸】のスキルベルをお主自身のレベルに換算すると、レベル20〜30相当になる訳じゃが、よほど【操糸】を使いこなし戦ったと見える。お主自身のレベルが10だと、儂は未だに信じられん思いじゃよ」


 ああ、それで最初から”試しの森”で戦うことができたんだ。


 エステルさんから、”試しの森”の適正レベルは10くらいからだって後で聞かされて驚いたけれど、あの時は確か、私自身はレベル1にも関わらず【操糸】のスキルレベルは4だった。


 ゼーラさんの言った換算方法からすれば、スキルレベルだけ見れば適正範囲に収まっている。


 ちなみにステータスも見てもらったけれど、こちらはこのまま突き進むことを勧められた。


 【操糸】でDEX特化は相性がいいらしく、MID以外は絶対上げるなと言われてしまった。


 特にSTRについては念押しされた。


 上げないけれどさ……さよなら自力で重たい物を持てる私。


「ちなみに選んだ武器によって、レベルが上がる際のステータスの伸びが異なる。DEXが良く伸びているのは、糸という武器の特性によるものじゃな。そして武器と言えば、糸は物によって”威力”、”耐久度”、”距離”、”MP消費量”に違いがでる。お主ならそろそろ、ちゃんとした糸を持つといいじゃろう」


「分かりました」


 これは裁縫を得意としているルレットさんに尋ねてみよう。


 以前それとなくお願いしていたから、ひょっとしたら良いのがあるかもしれない。


「あと二つ程助言がある。一つ目は、道化師の役割じゃ」


「役割?」


「特に他人と一緒に戦う場合の、じゃな。例えば、戦士は敵を倒すことが、騎士は敵の攻撃を防ぐことが、聖職者は傷を癒すことが主な役割じゃ。では、道化師の役割とはなんじゃ?」


「道化師って、本来は人を笑わせたりする人達ですよね。戦いで味方を笑わせても仕方ないし……役割なんて、ないのでは?」


「本当の意味で理解はしておらんじゃろうが、まあ正解じゃ。お主の言う通り、道化師に明確な役割はない。じゃが臨機応変に他の役割を演じることが道化師の真骨頂であり、役割だと儂は考えておるよ」


「役割を演じるって、どういう意味なんですか?」


「例えば道化師で札を武具にして覚えたスキルには、敵の注意を引きつけたり状態異常を起こすものや、味方の能力を底上げするものがある。これだけ見ると呪術師や楽師と役割がかぶっており、スキルの威力も劣る。じゃが両方を扱えるのは道化師だけじゃ。そして呪術師のように詠唱や、楽師のように演奏を必要とせず、カードを投げるだけで発動できるのも利点じゃな。速さが求められる場合にはむしろ適役じゃ。加えて札を武具にするとAGIが伸びやすい。後方支援のジョブが苦手とする敵の攻撃から身を守る術を、ある程度持っていることは意外と重要なことじゃ」


「武具を糸にした場合はどうなんでしょうか」


「武具を糸にした場合は、演じる役割はさらに増えるが、近しいものから挙げるならば、盗賊、騎士、戦士といったところかの。盗賊のように罠を仕掛け敵を足止めしたり、騎士のように敵の注意を引き糸で守り、戦士のように敵を倒す。それをどう実現するかは、道化師の中でも派生スキルによって大きく左右されるため、自分で試行錯誤するしかないの」


 結局何でも屋ってことなのかな。


 何でも屋というか、器用貧乏というか。


 あ、どうでもいいけれど器用貧乏は昔の私にぴったりの言葉だ。


 手先は器用な方でバイトを掛け持ちしていたけれど、家は貧しかったからなあ。


「道化師に明確な役割はないが、役割はある。もしこれを理解する者がおったなら、其奴はなかなか優秀と思っていいじゃろう」


 自分の経験に置き換えてみると、優秀な人が社員さん、道化師がベテランのバイトさんって感じかな。


 当時、社員さんの命令の下で、実際に手を動かす私を含むバイトさんを指導して、店を上手く回すために尽力していたのがベテランのバイトさんだった。


 裏方とも言えるけれど、それを分かってくれる社員さんは確かに優秀で、その後本社に異動して偉い人になったとか。


 ちなみにベテランのバイトさんはその際、社員さんの推薦で正社員として登用されていた。


 そして一緒に働いていた私達は、社員さんとベテランのバイトさんのおかげで職場の空気が良くなり、結果売り上げも伸びて優秀店舗に選ばれ、全員に金一封が出た。


 その日はいつもより大きめのハンバーグを作って、真人も真希も喜んでいたなあ。


「最後の助言、というより助力かもしれんが、お主に新しいジョブスキルを伝授しよう。敵意を引き付ける【クラウン】というジョブスキルじゃ。騎士の【挑発】程、敵意を集める力はなく効果範囲も狭いが、道化師ならば覚えておいて損はないぞ」


『【クラウン】のジョブスキルが取得可能となりました』


 【クラウン】

  敵意を集める。効果範囲はスキルレベルに、発動対象は武具に依存する。


「いいんですか?」


「構わんよ。もっと高度なジョブスキルを既に取得しているお前さんならな」


「そういうことなら、ありがたく」


『【クラウン】を取得しました』


 気づきを得るどころか、懇切丁寧に教えてらもい、新しいスキルまでもらってしまった。


 これは貰い過ぎな気がする。


「なんだかすいません、沢山教えてもらって、おまけにジョブスキルまで」


「なあに、儂を見破った褒美だとでも思えばよい」


「それでも……そうだ、よければこれをどうぞ」


 エステルさんに用意してもらった、器に入れたブラックウルフの煮込みと黒パンを取り出す。


 アイテムボックスの特性なのか、出来立てのまま保存されていたらしく煮込みからは湯気が立ち上っていた。


「ほう、これは美味そうじゃな。お主が作ったのか?」


「一応そうですね。というのも野菜の下処理はエステルさんに手伝ってもらってますし、パンは全部エステルさん作ですから」


「なるほどエステル嬢ちゃんの知り合いだったか……ありがたく頂こう」


 そう言うと、ゼーラさんは料理を受け取ってベンチから立ち上がった。


「食事の例に最後におまけの助言じゃ。その依代、一度戦わせてみるといい。きっとお主の役に立つじゃろう」


「えっ?」


 驚く私を置いて、片手をひらひらと振りゼーラさんが去っていく。


 小さくて可愛いネロを戦わせるって、そもそもどうやって戦うんだろう?


 頭の中は”?”でいっぱいだったけれど、ゼーラさんの教えてくれたことだしね。


 ネロの頭を撫でると、足に体を擦り付けてきてくれた。


 その仕草が微笑ましく、私はネロと一緒に広場を後にし、戦える場所へと向かうことにした。




(マリア:道化師 Lv10)

 STR  1

 VIT   3

 AGI   4

 DEX 46

 INT   4

 MID  8



(スキル:スキルポイント+30→+28)

 【操糸】Lv10

 【傀儡】Lv1

 【クラウン】Lv1

 【捕縛】Lv3

 【料理】Lv4



(傀儡対象)

 ネロ(猫のぬいぐるみ) 


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