第11話 真里姉と道化師の先達


 作り過ぎてしまった煮込みは夜食べてもらうことにして、エステルさんと一緒に食後の片付けをしていると、思い出したように声がかけられた。


「そういえばマリアさんは、道化師なのですよね?」


「一応、そうですね。ただ、普通の道化師なのかは自分でも良く分かりません」


 【傀儡】を覚えてから少しはそれっぽくなれるかもしれないけれど、戦い方とか、罠を張ったり狩人に近いような。


 【捕縛】なんてスキルも覚えているしね。


 まあ、私は私ということで。


「マリアさん程糸を上手に扱える方なら、この街で道化師をされている方を尋ねてみてはいかがでしょう? 新しい気付きがあるかもしれませんよ」


「他の道化師か」


 そういえば、他に道化師って見たことがないかも。


 明らかに戦士とか、魔術師って冒険者は何人もいたけど、人気ないのかな?


 まあ、私のように初期の服から変わってなくて、判断できないだけの人もいるかもしれないけれど。


「どんな方なんですか?」


「ゼーラさんという方なんですが、たくさんのお弟子さんを抱える、この街ではちょっとした有名人なんですよ」


 有名人か。


 そこだけ聞くと気後れしてしまいそうだけれど、エステルさんが勧めてくれるくらいだし、悪い人ではないはずだよね?


「せっかくエステルさんが勧めてくらことだし、会いに行ってみますね」


「この時間なら、街の南にある広場にいらっしゃると思いますよ」


 エステルさんにお礼を言って、出発前に一つお願いをしてから、私は教会を出て教えてもらった場所に向かった。



 エデンの街は、東西南北で大雑把に棲み分けがされている。


 商店や露天が並ぶ東区と、食事処や宿屋がある北区、比較的生活にゆとりのない人が多く住む西区。


 そして、生活にゆとりのある人が多く住むのが南区。


 エステルさんに教えてもらった場所は、広場というより公園に近かった。


 植えられた草木は手入れが行き届き、地面は石材で舗装され、行き交う人々の身形も整っている。


 同じ街でも結構違うものなんだね。


 けれど他の区の人を差別したり拒絶している感じはなくて、私がいても奇異の目を向けられることはなかった。


「ゼーラさんゼーラさんって、どの人だろう?」


 この広場には、所謂ピエロの格好をした人が4人いた。


 4人共、白塗りのメイクで素顔はよく分からないし、ひだをふんだんに盛り込んだ衣装は本来の体型も隠してしまっている。


 おおう、これは予想外。


 4人の特徴はこんな感じ。


 ボーリングのピンのようなクラブを持ってお手玉のようにジャグリングする人。


 トランプのようなカードを手品のように指先で入れ替えたり飛ばす人。


 大玉の上に乗ってバランスを取りながら曲芸する人。


 自分を人形に見立てパントマイムを披露する人。


 それぞれに観客がいて、子連れの母親や若い夫婦、お年寄りがその芸を楽しそうに眺めていた。


 中には飼い犬の散歩の途中で立ち寄った人もいるようで、犬同士が匂いを嗅ぎあったり戯れあったりしている。


 なんとも穏やかな光景でほっこり……している場合じゃなかった。


「ゼーラさん。そういえばどんな人か特徴聞いていない……まあ、人に尋ねれば分かるかな」


 芸を見ていた人を捉まえて、ゼーラさんが誰か尋ねてみると。


「ゼーラさん? 今日はいないんじゃないかな。特徴? 確か感じのいいお爺さんだったよ」


 ふむ。


「ゼーラさんなら若くて格好のいい青年ですよ」


 ふむむ?


「ゼーラさんといったら、筋骨隆々の冒険者みてえなおっさんじゃねえか」


 ふむむむ??


 何でみんなが言う特徴が違っているのかな???


 えっ、ゼーラさんって実は総称とか、何人もいるとか、そういうオチじゃないよね!?


「どうしよう……」


 途方に暮れてベンチに座り込んでしまった私に、犬を連れたお爺さんが声をかけてくれた。


「おやお嬢さん、何か困り事かね?」


 眼鏡の奥から、優しそうな目が覗いている。


 年齢は60代くらいかな。


 白髪を丁寧に後ろに流し、白いシャツをきっちりと着ている姿は、老紳士といった風情だ。


「ゼーラさんという人を探しているんですが、みなさんが言うゼーラさんの特徴がバラバラで、これからどうしようかと悩んでいたんです」


「なるほど、ゼーラさんか。儂が知っているのは、妙齢の女性だったように思うが」


 まさかの性別まで統一性がない!


 これ、ほんとどうしたらいいんだろう。


「少なくとも、儂は今くらいの時間によく見かけておるよ。お嬢さんも、焦らず待ってみてはどうじゃ?」


「……そうですね。話を聞いてくれて、ありがとうございました」


「なに、礼には及ばんよ」


 お礼をして歩き去っていくお爺さんの後ろ姿を見ていると、その前から複数の犬を連れて家族連れがやってきて、挨拶をしてすれ違っていた。


「私も一度教会に戻って、エステルさんにゼーラさんの特徴を……」


 あれ、何か違和感。


 なんだろう、何か見落としている気がする。


 喉まで答えが出かかっているのに出てこない、そんなもどかしさに顔を顰めていると、お爺さんとすれ違った家族連れが私にも挨拶してきてくれた。


 それが、答えに繋がった。


 私は急いでお爺さんを追いかけると、追い抜いて、お爺さんの歩みを止めるように立ち塞がった。


「まだ儂に何か用があったかね、お嬢さん」


 驚いた表情を少しだけ浮かべているけれど、それは知り合ったばかりの人間が再び訪れたから、という範囲を超えない自然な感じで。


「確かによく見かけているはずですよね、ご自分のことなら。そうでしょう? ゼーラさん」


 振り返ったお爺さん、ゼーラさんはさっきの優しげな目を一変させ、鋭い視線で私を見つめていた。


「なぜ、儂がゼーラだと?」


 その時点で私の断言は正解だったようなものだ。


 あれで外していたら恥ずかし過ぎてしばらくログインしなくなったかもしれない。


 私が指差したのは、ゼーラさんではなく連れている犬の方。


「挨拶です。あの家族連れが連れていた犬達は、ゼーラさんの犬に無反応でした。普通なら、犬同士匂いを嗅ぎあったり、吠えたりしますよね。それで思ったんです、犬が偽物だったらって」


 ゼーラさんが無言で続きを促してくる。


「犬が偽物だとすると、首輪に繋がっている紐は糸の代わりになるかもしれない。それをまるで生きているかのように動かすことができるのって、道化師くらいですよね? 道化師でも同じことができる人は他にいるかもしれないけれど、少なくとも、ピエロの格好をしたあの4人には無理なんじゃないですか? そう考えたら、何人もお弟子さんがいるゼーラさん以外にないかなって」


「……お嬢さん、名前は?」


「マリアです」


「まさか技量ではなく、犬の特性から見破られるとは……儂もまだまだじゃな」


「それじゃあ?」


「正解じゃ、マリア。儂がゼーラ。この街における、道化師の先達と見做されている者じゃよ」


 優雅に一礼する所作は、老紳士ではなく、今度は紳士然としている。


 その所作だけで、見た目の年齢との解離が増す。


 きっとみんなは本当のことを言っていたんだと、今なら分かる。


 みんな本当で、みんな違うゼーラさんをゼーラさんだと思っていたんだ。


 とにかく、私はようやくその道の先達へと会うことができたのだった。


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