第13話 真里姉とネロの力


 エデンの街を西に進むとすぐに、”始まりの平原”が広がっている。


 推奨レベルは10未満。


 つまり、MWOを始めた冒険者が普通なら最初に挑む戦いの場所だ……もっともこれらは、エステルさんから後から聞かされて知った情報なのだけれどね。


 自分の無知も悪かったけれど、それより上位の場所をレベル1の私に依頼してきたアレンさんはほんと、冒険者ギルドの職員としてどうなんだろう。


 この件については、後日エステルさんがアレンさんに”きっちり”話をしておいたから大丈夫と、満面の笑顔で言ってくれている。


 どう”きっちり”話したのかは気になったけれど、完全無欠の笑みに察してはいけないと言われているようで、それについては触れないようにしている。


 とにかくその”始まりの平原”には、向こうからは仕掛けてこないノンアクティブモンスター、という敵しかいないらしい。


 一方、何もしなくても襲ってくるボアのような敵は、アクティブモンスターというようだ。


 向こうから仕掛けてこないなら、こちらの自由なタイミングで攻撃できるし、突然複数から襲われたりしないから安全だね。


 ネロの初めての攻撃を試すには打って付けだと思う。


 目の前にいるのはグレーラット、レベル1。


「それじゃあネロ、攻撃!」


「!」


 声は出せいようだけれど、小さく鳴く仕草に了解の意思を見せて、ネロがラビットに近付く。


 とてとてと歩いていく姿は贔屓目に見ても可愛い。


 そして十分近づくと、右手を持ち上げたネロの右手が一瞬光り輝いたかと思ったら、目にも止まらぬ速さで振り下ろされていた。


 砕けちるグレーラット。


 後にはグレーラットのドロップ、【ラットの肉】が落ちているだけだった。


「……は?」


 えっ、一撃?


 というか今のって猫動画とかで見る猫パンチだよね?


 猫パンチといったら攻撃というより、私にとっては癒し仕草なんだけれど、これは夢か何かなのかな。


 試しにもう一匹相手をさせてみたけれど、結果は同じ。


「……とっ、とりあえずもっと強い相手で試してみよう!」


 私だってレベル10。


 ステータスだってDEX特化だ。


 それにラットが予想以上に弱い可能性だってある。


 次に狙ったのはレベル5のホーンラビット。


 戦いになると距離を取って後ろ足で地面を蹴り、額に生えた角で突き刺しにくる、意外とおっかない兎だ。


 けれどノンアクティブには変わらないので、さっきと同じでネロを近付かせ、一撃。


 一撃で、また終わってしまった……。


 ドロップしたのは【ラビットの肉】。


 どうやら、本格的に意識を改ないといけないらしい。


「うちのネロは、強い子みたいだ」


 結局”始まりの平原”に出てくる敵では、ネロが強いことが分かっただけで、どこまで強いかはよく分からなかった。



 次に訪れたのは、お馴染みの”試しの森”。


 夜じゃないから、相手はボア。


 ここでは向こうから襲ってくるので、私が糸で足止めをして、その間にネロに攻撃させる。


 ここで初めて、ネロの一撃にボアが耐えた。


「おお!」


 なぜかボアを応援してしまった私の前で、高速で繰り出された猫パンチの二撃目であっさりボアは倒されてしまった。


「……そういえば猫パンチって、連続でも出してたっけ」


 猫動画では、それで犬の頭が瞬間的に何度も叩かれていた。


 ボアを倒す時間を比較すると、あれ、既に私ネロに負けてない?


 ふふんと得意げに足元にすり寄るネロに、若干微妙な気分になりながらも、喉のあたりを撫でる。


「二人なら、もっと奥までいけそうだね?」


「!」


 ネロに問いかけると、返事をする代わりに肩に飛び乗ってきた。


 まだまだやる気らしい。


 ボアを倒しながら森の奥に進むと、新たに現れたのがフォレストディア。


 立派な角を持った鹿で、体の大きさはボアと同じくらい。


 その角で突進してくるかなと思ったら、角の間に風が集められ、空気の塊がこちらに発射された。


「っ!」


 なんとか回避できたのは、発射される直前ネロが一撃入れて軌道を逸らしてくれたおかげだ。


「ありがとうネロ!」


「!」


 頼もしい相棒が注意を引いてくれた間に、念のため2本の糸を操り動きを封じる。


 【操糸】のレベルが上がって、操れる糸は3本になっていた。


 これであとはネロに仕留めてもらえばと思っていると、フォレストディアがさらに現れた。


 まずい、ネロは最初の一匹を仕留めにかかっているし、敵の注意は私に向いている。


 どうしよどうしようどうしよう! 


 あっ、あれがある!


 私は一匹目のフォレストディアから糸を1本外すと、自由になった1本を私の側でラットの形にし、スキルを発動した。


「【クラウン】」


 すると二匹目の攻撃は私の期待通り、糸で作ったラットに向かってくれた。


 ”発動対象は武具に依存する”という解釈が合っててよかったよ。


 その後は一匹目をネロが倒し、同じ手順で二匹目を無事に倒すことができた。


 ドロップしたのは鹿の肉、ではなく【鹿の腱】。


「【鹿の腱】……何に使えるんだろう」


 ひとまず拾ってから、ネロを褒めてさらに先へと進む。


 途中何度かフォレストディアに遭遇したけれど、【クラウン】を使いこなしてからは遠距離攻撃を安全に誘導することができ、淡々と倒すことができた。


 何度か【捕縛】もできたし、いい成果なんじゃないかな。


 おかげでレベルもスキルレベルも上がったしね。



(マリア:道化師 Lv10→12)

 STR  1

 VIT   3

 AGI   4→5

 DEX 46→51

 INT   4

 MID  8→10



(スキル:スキルポイント+28→+32)

 【操糸】Lv10→Lv11

 【傀儡】Lv1→Lv3

 【クラウン】Lv1→Lv3

 【捕縛】Lv3→Lv4

 【料理】Lv4



 それにしても、ネロが猫パンチをする度に光るのは何故なんだろう?


 猫パンチ自体がスキルで、その発動を表しているのかな。


 そんなことを考えながら歩いていたら、周囲の警戒が緩んでしまい、私は妙に静かで開けた場所に出ていることに気がつかなかった。


「!」


 足元でネロが警戒するように毛を逆立てている。


「まずっ」


 と思った時にはもう戦闘開始状態に突入していた。


 ひとまず距離を取りたくても、敵がどこにいるか分からない。


 そう思っていたら、空中からゆっくりと降りてきて、私達の前に悠然と姿を現した。


「ジャイアントスパイダー……」


 その独特の威圧感は以前にも覚えがあって。


 私は再び、ネームドモンスターに遭遇したのだった。




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