第4話 真里姉と料理スキル


 エステルさんから紹介状をもらった私は、教会から街の北の方へと歩き【兎の尻尾亭】を探していた。


 皿の上に兎を描いた鉄の看板が目印と言っていたけれど、なんともシュールだね。


 ちなみに教会は街の西の方にあり、【兎の尻尾亭】まで歩いて10分くらいらしい。


 途中人に尋ねながら探したけれど、有名なのかみんな知っていて、見つけるのに苦労することはなかった。


 【兎の尻尾亭】は教えてもらった通りの看板がぶら下がり、建物の中は食堂というより酒場に近かった。


 4人掛けくらいの丸テーブルが20個近くあるかな、結構広い。


 そして夕食時には少し早いのに、殆どの席が埋まっていて食事やお酒を楽しんでいる。


「人気なんだなあ」


 お店で外食という経験がなかった私には、ちょっと新鮮だよ。


 と、そこに場違いな怒鳴り声が響いた。


「ふざけんな! なんで【料理】覚えるのに皿洗いとかしなきゃいけねえんだよ!!」


「料理を教えて欲しいんだろう? なら店の手伝いくらいするのが道理ってもんさ。それが嫌なら他をあたりな」


 冒険者かな。若い男の人で、ローブっぽい服を着ている。


 対しているのは店の女将さんらしい、恰幅の良いおばさんだった。


 どうやら私と同じで、【料理】スキルを教えてもらいにきたようだけれど、”覚える”か。


 ザグレウスさんの言葉を聞いていたら、そういう考えじゃだめだと思うんだけどなあ。


「NPCのくせに人間みてえなこと言ってんじゃねえ!」


 杖を手にして魔法か何かを使おうとしているようけど、これはいけない。


 私は咄嗟に糸を取り出して、男の人の腕を縛り上げた。


「そのくらいにしないと、この世界にいさせてもらえなくなると思いますよ?」


「なんだとこのガキ! くそっ、離しやがれチビ!」


 ほほう、私をガキの上にチビ呼ばわりしますか。


 私はお姉さんだから許すけれど、人によっては気にしているかもしれないことを安易に言ってはいけないんだよ?


 2本の糸を使い、弟の真人が悪いことをした時のお仕置きで用いた、恥ずかし固めに移行する。


 仰向けの状態から下半身を持ち上げられ、両足をギリギリまで開脚させられるという、文字通り恥ずかしい格好をさせられ、男の人の顔が怒りのせいで真っ赤になっているけれど、恥ずかしくもあって口が開いても言葉が出ないようだ。


 決してガキやチビと言われて頭にきたからカッとなってやったわけではないよ?


 これは電車でマナーが悪い人がいたら注意するのと同じ、そう躾みたいなものだね、うんうん。


 おかげで静かになったけれど、周りのお客さんまで静かになってしまっていた。


「あ、あれ。むしろ私が迷惑かけてしまいました?」


 急に不安を感じていると、女将さんがやってきて髪をわしわしされた。


「そんなことないさ。お嬢ちゃんのおかげでスッキリしたよ。それに助けてくれたんだろう? ありがとう」


 女将さんがそう言うと、周りの静けさも消え、ちらほらと褒めてくれる言葉をかけてもらえた。


「お嬢ちゃんも冒険者みたいだけれど、あいつと同じで料理を覚えたいのかい?」


「はい、もしよければ教えてもらえませんか? 私の料理を食べさせたい人がいるんです」


「へえ、こんな可愛いお嬢ちゃんにそんな風に想ってもらえるなんて、果報者だね。ちなみに誰に食べさせたいんだい?」


「教会にいるエステルさんですね。あ、そうだ。エステルさんから紹介状を頂いているんですけれど」


 私が紹介状を取り出し女将さんに渡すと、それを読んだ女将さんが真顔になった。


 またも何か嫌な予感がするなと思っていると、私は急に抱き上げられてしまった。


 いやいや、何事ですか! そしてこういう展開何度目ですか!?


「みんな良くお聞き。今日からこの子、マリアはうちらの身内だ。マリアに変なことしたらこのあたし、バネッサがただじゃおかないからね!」


「ちょっ、バネッサ?さん。っていうか身内って一体」


「マリアだったね。あんたは料理を教えて欲しかったんだろう。あたしが責任持って教えてあげるから安心しな」


 あ、それは嬉しい。


 と思っていたら、納得いかない人が一人。


「おまっ、ふざけんな! 俺は皿洗いしないとダメなのに、なんでそいつは何もしないでいいんだよ! 不公平じゃねえか!!」


「身内とただの冒険者、扱いが違っても何の不思議もないだろう?」


 バネッサさんがそう言うと、周囲のお客さん、たぶん住人の方も「うんうん」と頷いている。


 この流れって、多分。


「ちくしょう! お前チートだろう! 運営に訴えてやるからな!!」


 やっぱりとばっちりがこっちにきた。


 というかチートってなんですか?


 身内とか言われたのはむしろ私が教えて欲しいくらいなんだけどな。


 そう思っていたら、バネッサさんが淡々と理由を教えてくれた。


「この街には教会がある。実態は孤児院みたいなものだけどね。そこで身寄りのない子供達を育てているのがエステルっていうシスターだ。良い子だよ。誰にでも優しく、大変だろうに弱音を吐いたところなんて、見たことがない。そんな子だから、あたしら皆あの子が好きなのさ。そんな子が、子供達のためにろくに食事もとっていなかったことを、恥ずかしいが、あたしらは気づかなかった。でもね、マリアは初めて会ったその時に気づいたんだよ。そして手持ちの携帯食全てと1000Gを渡して、依頼はお金がかかるだろうからって断って、友人として引き受けたっていうじゃないか。あたしらが身内と考えても、不思議じゃないだろう?」


 うん、理由は分かったけれど自分のしたことを改めて話されると恥ずかしいよ!


「携帯食も1000Gも大した額じゃねえじゃねえか! 金でスキルを覚えられるなら、俺なら倍出してやるよ!!」 


 それを聞くと、バネッサさんは哀れんだような表情で、告げた。


「冒険者っていうのは外の世界からくるんだろう? 初めて訪れた世界の見知らぬ街で、見知らぬ相手に、手持ちのお金の全てと食糧を、見返りもなくあんた差し出せるかい? 今のあんたには大した額ではなくても、あんたもこの世界にきたばかりの時は、貴重だったんじゃないかい?」


「そ、それは……」


「よく考えてみることだね。あんたがやろうとしたことと、この子がしてくれたことの違いをさ」


 バネッサさんが私の方を見て頷いたので拘束を解くと、男の人は一瞬だけこちらを睨んでから、逃げるようにその場から走り去ってしまった。


「白けさせてしまったね。詫びに、今日はあたしから皆に1杯奢りだ!」


「「「おおお!」」」


 なんとも太っ腹なことだけれど、おかげで店の中の微妙な空気は一気に吹き飛んでいた。


 現金なものだなあと苦笑していると、私はバネッサさんに抱き上げられたまま、調理場に連れられた。


「色々話したいことはあるけれど、まずは料理だね。マリアは料理の経験はあるのかい?」


「ありました、が正しいかな。今は筋力、こっちだとSTRかな? が落ちているので、前みたいにできるかは怪しいですね」


「なら、試しにこの辺にある野菜を切ってごらん」


 包丁とまな板を用意されたので、ジャガイモを手に取り、水でよく洗ってまな板の上においた。


 ゲームの仕様なのか芽がないのは処理が楽で助かるね。


 左手でジャガイモを押さえ、右手で包丁を持って切ろうとすると、腕がぷるぷる震えだし刃を当てたはいいものの、そこから押し込むことはできなかった。


 やっぱりこうなったか。


 内心がっかりしていると、バネッサさんも何とも言えない表情をしている。


 これでは教える以前の問題だよね。


 でもここで諦めると、エステルさんに言い切った手前格好がつかないなあ。


「う〜ん……そうだ!」


 私の手が使えないなら、今の私の手になってくれる物を使ったらどうだろう。


 バネッサさんからトングも借りると、私は糸を2本だし、1本をトングに巻き付け、1本を包丁の柄の部分に巻き付けた。


 そしてトングの間にジャガイモを置き、糸を締め付けてトングを閉じ、ジャガイモが動かないよう固定した。


 包丁に意識を集中し、以前の動きを思い出して包丁を振るう。


 ”トントントントントントントントンッ”


 思った以上に、思った通りに動いてくれる。


 あ、やばいこれ楽しい。


 現実でできない反動もあって、気がついたら大量のジャガイモの薄切りを作っていた。


 満足満足、と思ったのは一瞬。


 料理を教えてもらおうとしているのに、お店の食材を大量に使ってどうするのよ私!


「ごごごっ、ごめんなさい! 切り過ぎた分のお金はちゃんと払いますから!!」


「い、いやそれはいいんだけどさ。しかしすごいもんだね、これだけの量をあっという間に、こんなに薄く切れるなんて。そこいらの料理人でもできない芸当だよ。本当ならここから料理一品作ってもらうんだけど、どうしたもんかねえ」


 大量のジャガイモの薄切りを前に、二人して途方に暮れる。


「あっ、このお店って揚げ物しますか?」


「揚げ物かい? それなら普段からよくしているよ。今日の定食でも使ったからね」


 それなら作る物は一つでしょう。


 ということで、私が作ったのは想像の通りポテトチップス。


 薄く切られているから揚がるのも短時間で済むし、さっと油を切って塩を振る。


 塩を振るくらいなら、さすがに糸を使わなくてもできる。


 大量にあるので半分はシンプルに塩味にして、もう半分は乾燥したパセリのような香草を細かく刻んで振りかけたハーブ味にしてみた。


 一枚食べてみると、うん、思った以上に美味しくできている。


「バネッサさんも食べてみてもらえますか?」


「ジャガイモをこんな風に調理するのは初めて見たね。じゃあ頂くよ」


 バネッサさんが食べると、パリッと良い音がした。


 最初は食感に驚いたようだったけれど、美味しかったのか塩味とハーブ味を交互に食べ、食べ続け、って止まらない!


「バネッサさん、どうですか?」


 何度2つの味を往復したか分からなくなった頃、思い切って聞いてみると「はっ」と言葉に出して我に返ったようだった。


「たまげたよ。とてもシンプルなのに、こんなに美味しいなんて」


「えっと、それじゃあ?」


「包丁捌きも揚げ方も見ていたが、問題ない。合格だよ」


『【料理】のスキルが取得可能となりました』


 やった!


 取得に必要なスキルポイントは2だし、取得取得。


『【料理】を取得しました』


「ありがとうございます! おかげで【料理】を覚えることができました」


「身内なんだから、これくらい気にしないでおくれ。それより、これは何て料理なんだい?」


「ポテトチップスです。お菓子ともいえるし、ジャガイモを切る大きさによってはおつまみにもなりますね」


「ポテトチップスか。酒が進む味だし、これ、うちのメニューに加えてもいいかい?」


「はい。もしお手伝いが必要な時は、手伝いにきますね。切るのは大変だと思うので」


「ははは、本当しっかりした子だよ。分かったよ、その時はちゃんと給料を出してあげるからね」


 こうして私は無事に【料理】を覚えることができ、【兎の尻尾亭】を出る時は、バネッサさんとポテトチップスにはまったお店のお客さん総出でお見送りされてしまった。


 嬉しいんだけど、周囲の人からはとても注目されてしまい、私の笑顔は微妙に引き攣っていたと思う。



(マリア:道化師 Lv7:ステータスポイント+2)

 STR  1

 VIT   2

 AGI   3

 DEX 30

 INT   4

 MID  6


(スキル:スキルポイント+26)

 【操糸】Lv8

 【捕縛】Lv1

 【料理】Lv1

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る