第3話 真里姉と初めてのフレンド登録
死に戻った私だけれど、不思議とさっきまでの不調は軽減されていた。
ただステータス画面を見ると、ステータスが括弧書きで大幅に下がっていた。
捕捉の説明が載っていて、どうやらデスペナルティーというものらしい。
およそ2時間続くようなので、連続して戦いたい人には地味に痛いものなんだろうな。
私は戦いは今日はもうお腹いっぱいなので問題ない。
ということで、私はアレンさんに渡したブラッディーボアの扱いを確認するべく、再び冒険者ギルドを訪れた。
入った瞬間、急に静まりかえり注目されているのだけれど、え? 私何かしたの?
そのまま回れ右して帰ろうかと思ったら、それより早くアレンさんに捕まってしまった。
「マリアちゃん! 急に倒れて消えてしまうから心配したよ」
「ごめんなさい。街に戻ってきた時から何か具合が悪くて、目眩が強くなったかと思ったら、急に意識が途切れたの」
「それは毒でも受けていたんじゃないか?」
「毒? それっぽいのは受けてないけど……あ、MPの下にある黄色いのが3分の1くらいになってる」
確か教会を出たときは減っていないHPと同じ位置まであったはず。
「……マリアちゃん、それはきっと餓死だ。黄色のは満腹具合を表していて、それが無くなってしまうとHPが減っていくんだよ」
「そういえば、それっぽいことを言われたような気も」
でも満腹度によって死ぬ可能性があるとは言われなかったと思う。
餓死って死に方があるから想像しろって話かもしれないけれど、やっぱり説明足りてないよ!
「携帯食はどうした? あれがあれば、しばらく満腹度には困らないはずだが」
「……食べるのを忘れていただけですよ」
「そうなのか? 次からは忘れずに食べるようにした方がいい」
「気をつけます。ところで、携帯食って補充したい場合はどこで買えますか?」
「ここで買えるぞ。1個50Gだ」
「なら、とりあえず2個ください」
もった報酬とボアを倒して得たお金から100G払って2個購入し、さっそく1個食べてみる。
味は小麦粉に黄粉と胡麻を混ぜたような感じで、食感はもそもそしている。
甘さはなくて塩気があり、それが味のイメージと合わなくて、一言で言えば美味しいものじゃない。
まあ、満腹度が少しは回復したから良しとしよう。
「ブラッディーボアの肉をとるため解体したが、全部終わるにはあと2時間くらいもらえないだろうか」
2時間ならちょうどデスペナルティーも解除される頃だ。
「分かりました」
ちょうどいい機会だから、街を見て回ろう。
ついでに何か美味しい物で口直しをしたいところだね。
私は冒険者ギルドを出ると、どこからか漂う匂いに釣られるまま街の東へと歩き出した。
街の東側には、住人の屋台や冒険者の広げる露店などが雑多と並んでいた。
屋台は串焼き屋が多く、次に麦粥を出している店が多かった。
どちらのジャンルもそれぞれの店で味が異なるようで、人が並んでいるところもあれば、全くお客さんのこない店もある。
普段使いのお店は、味と価格がシビアに見られるからね。
飲食業界の厳しさは、嫌という程目にしている。
あ、思い出したら気分が落ちてきた……。
私は程々に人が入っている店で、ホーンラビットの骨でとった出汁で作られた麦粥を買った。
お値段40G。
あっさりした出汁ながら、鶏ガラに通じる優しいコクがあり、するすると完食してしまった。
それから串焼きを1本買って食べ歩きしながら露店を見ていると、まだゲームが開始して半月にも関わらず、すでに多くの物が店先に並んでいる。
「武器とか防具がやっぱり多いんだね。その次に多いのがポーションか」
強さとか命に直結するアイテムというのは、需要が多そうだから売値も高く設定できて儲かるのかな?
勿論、さっきの屋台と同じでこちらも足を止める人の数には店毎に偏りができていた。
「安く良い物を、は正義だよね」
家計を預かっていた私としては、そこはとても大事なポイント。
そんな数ある露店の中、人気のない場所にぽつんと開かれ、かつ誰も足を止めない1軒の露店があった。
なんとなく気になって覗いてみると、そこに並んでいたものは!
「か、可愛い……」
ぬいぐるみだった。
現実の動物、その個々が持つ可愛さのポイントを良く押さえているぬいぐるみが、こんなに沢山。
素材は動物の毛皮が主になっているようだけれど、それがリアルさを与えている。
思わず手を伸ばしかけ、勝手に触っては怒られると思い引っ込めようとすると。
「どうぞぉ、よければ手に取って可愛がってあげてくださいねぇ」
少し間延びした、ほんわかした声がかけられた。
露店だから、この人が作ったのかな?
オレンジ色のウェーブした髪を後ろで束ね、今時見たこともないぐるぐる眼鏡を身につけている。
年齢は十代後半くらいに見えるけど、眼鏡のせいでよく分からない。
「で、ではお言葉に甘えて……ふわぁあ」
猫のぬいぐるみを手にすると、その毛は長毛の猫を模したのか、ふかふかで指先が沈み込む程柔らかく、リアルに再現されたその表情はちょっと生意気そうで、でもいかにも猫って感じがする。
「その子は自信作なのぉ。気に入ってもらえたぁ?」
「はい! とても可愛くてふかふかで……こんな子が側にいてくれたらって、昔よく思っていたんです」
こうして撫でていると、ぬいぐるみであることを忘れてしまいそうになる。
「そこまで言ってもらえるとぉ、作り手冥利に尽きるかなぁ。あ、わたしはルレットっていいますよぉ」
「私はマリアといいます。えっと、ゲーム自体が初心者なので、失礼があったらすいません」
「気にしないでいいですよぉ。マリアさん、良ければその子、貰ってくれませんかぁ?」
「いいんですかっ! じゃなくて、これ売り物ですよね?」
本物に近い姿形といい、手触りといい、どれだけ手をかけたのか、どれだけ技術が必要なのか想像もつかない。
値段をまだ聞いてないけれど、決して安くはないと思う。
「いいのよぉ。ただ裁縫がしたくて作ったものだからぁ。それに、ちゃんと手に取ってくれたのはマリアさんが初めてなのぉ。あんなに作った物を純粋に喜んでもらえたのは久しぶりだわぁ。だから貰ってくれると嬉しいなぁ」
にこにこ顔のルレットさん。
欲しいと思ったのは本当だし、ここまで言われたらね?
「う〜ん……分かりました。ありがたくこの子、頂きます。大事にしますね」
「うんうん。あ、代わりじゃないけれどぉ、良ければフレンド登録いかがですかぁ?」
「フレンド登録?」
首を傾げると、ルレットさんが詳しく説明してくれた。
フレンド登録すると、離れていても話ができたり、DWOにログインしているか分かるみたい。
ルレットさんは良い人だし、私は迷うことなくフレンド登録を行った。
あれ、これってDWOでの初めて友達ってことだよね。
嬉しくなって顔が緩んでいると、ルレットさんがくすくす笑っていた。
「そうだ。今ギルドでボアを解体してもらっているんですけれど、ルレットさんが欲しい物があったら差し上げますね」
「そんな気を遣わなくてもいいですよぉ」
まあ私に倒せるようなモンスターの素材なんて、大したものじゃないかもしれない。
けれど、気持ちを伝えるのは大事なことだからね。
手を振ってルレットさんの露店を離れ、他の店を見て回っているうちにあっという間に2時間が経過した。
冒険者ギルドに戻ると、アレンさんが顔を上に向け口を開いたまま、真っ白になっていた。
「どうしたんですか?」
「……マリアちゃんか。いや、ちょっとエス……何でもない」
言い淀んだけれど、エステルさんがどうかしたのかな?
「解体は終わっているよ。確認してくれ」
起動されたウィンドウには、【ブラッディーボアの大皮】【魔石(小)】【良質なボアの枝肉】【ブラッディーボアの大牙】×2と書かれていた。
ん〜これって良い物なのかな。
枝肉がいわゆるお店に並ぶ前の肉の塊だというのは分かるけれど、ひょっとしてこれ、使う時、自分でバラさないといけない?
あのサイズを部位毎に分けるとか、ちょっと考えたくないなあ。
「それからエステルさんがマリアちゃんを呼んでいた。よければどうかお願いだから行ってあげて欲しい!」
両肩をがしっと掴まれ、おかしな日本語で早口に懇願される。
アレンさんの鬼気迫る様子にこくこく頷くと、「絶対だからね?」とさらに念を押された。
一体が何があったんだろう、ちょっと怖い。
冒険者ギルドを出た私は、まずルレットさんの元を再び訪れた。
「こんにちは」
「あら、さっきぶりですねぇ。どうしましたかぁ?」
「ギルドにお願いしていた解体が終わったので、早速ルレットさんに見てもらおうと思って」
ウィンドウを起動しアイテムボックスの一覧を見せると、「あらあらまあまあ」と微笑ましそうだったルレットさんの表情が真剣なものに変わった。
「マリアさん……これはどうやって手に入れたんですかぁ? 特にこの【ブラッディーボアの大皮】」
「どうって、冒険者ギルドで解体してもらっただけですよ?」
「解体……まずそこに疑問を持つべきでしたねぇ。普通モンスターは倒すとその場でアイテムになってしまうでしょう? だから解体をするにはモンスターを捕らえないといけないのだけどぉ、これまでプレイヤーがモンスターを捕らえたという報告はβ含めないのですよぉ」
「そうなんですか? じゃあこの【捕縛】ってスキルは珍しいものなのかな」
「【捕縛】!?」
ルレットさんの驚きの声に、私も驚く。
しまったという顔をしたかと思うと、個人向けの会話が飛んできた。
『念のためこちらでねぇ。マリアさんが取得したスキルは、DWOではとても価値があるものなのぉ。それこそ、相場とか諸々、既存の価値を破壊しかねない程にねぇ』
『えっ、これがですか?』
そんな価値があるスキルだとはとても思えないのだけれど。
『正確には【捕縛】と解体がセットになるのだけれどぉ、モンスターを倒して得られるアイテムには、通常ドロップとレアドロップというのがあるのねぇ。レアドロップは、それこそ何十匹倒して得られる物で、価値が高いわぁ。今回マリアさんが見せてくれたものは、【魔石(小)】と【ブラッディーボアの大牙】がレアドロップ。それに加え何枚分もの大皮と、何個分ものお肉。それが一度で、おそらく確実に手に入るのよぉ。これまでのように運任せで、長時間狩をしなくてもねぇ』
そう比較して言われると、とんでもないことのように思えてきた。
あれ、ひょっとして私、やっちゃった?
『大丈夫よぉ。マリアさんは何も悪いことをしていないわぁ。ただ、このスキルのことはしばらく内緒にしていることをお勧めするわねぇ。もし良ければ、わたしから根回ししてみるけれどぉ?』
『是非お願いします……』
こんな大きなこと、初心者の私の手には余り過ぎるよ。
『すいません、ご迷惑をおかけして』
『お友達なのだから、気にしないでぇ』
ルレットさん、本当良い人だなあ。
『それなら、ぬいぐるみのお礼も兼ねて、必要なものがあったら良ければ貰ってください』
『そこまで言われたらぁ……それなら【ブラッディーボアの大牙】を頂いてもいいかしらぁ? ちょうどぬいぐるみの素材に必要だったのよぉ』
『いいですよ。1本で足りますか?』
『十分過ぎるわぁ。これでしばらく困らなくなって大助かりよぉ』
喜んでもらえる物があってよかった。
そうだ、せっかくだからこれもルレットさんに託せないかな。
『ルレットさん、この【ブラッディーボアの大皮】って売れませんか?』
『これなら高く売れると思うわよぉ。ブラッディーボアのぉ、しかも大皮なんて希少だしぃ。でもマリアさんが使おうとは思わないのぉ?』
『私のSTRは死んでいるので、多分皮とか着れないと思うんです』
ステータス画面を見せたら納得された。
『それなら10000Gでいかがかしらぁ?』
『そんなにいいんですか!?』
掲示板価格でも【ボアの肉】が1つ40Gなのに。
『素材はなかなかドロップしないしぃ、ただでさえネームドの素材は高めですからねぇ。それに大皮は何枚もの皮を【錬金】して作られる物だからぁ、その手間も考えたら高くない金額だと思いますよぉ』
そう言われると、19匹ボアを倒して【ボアの肉】は出たけど、それ以外はなかったね。
まだまだ知らないことばかりだ。
10000Gで【ブラッディーボアの大皮】を売り、裁縫が得意なルレットさんならと一つ頼み事をして、露店を後にした私は約束通りエステルさんに会いに向かった。
教会に行くと、以前お世話になった木の下で、エステルさんが子供達に歌を聞かせていた。
歌の歌詞もメロディーも初めて聴くものだけれど、優しく落ち着いたエステルさんの歌声のせいか、まるで子守唄のように感じた。
実際子供達は今にも寝そうになっていて、聴いていると私も眠気を感じそうになる。
心地良い歌が終わったところで近付いていくと、足音にエステルさんが私に気づき、一瞬呆然としたかと思ったら、突然駆け寄られ抱き竦められてしまった。
「ごめんなさい、あの時私のために食べ物を渡してしまったから、マリアさんは……」
ああ、アレンさんから聞かれされてしまったか。
こんなことなら口止めしておけば良かったけれど、とりあえず後でアレンさんにはお説教だね。
ああいう仕事をしていたら、勝手に人のこと話しちゃだめでしょうに。
「……気にしないでください。私が勝手にしたことですし、今はもう大丈夫ですから」
「本当、ですか?」
涙声で、こちらを心配する気持ちを隠すことなく聞いてくるエステルさん。
泣いても美人さんだし、これ、男の人にとってはとんでもない破壊力なんじゃないかな。
「本当です。ところで、差し入れの【ボアの肉】はもうみんな食べましたか?」
「はい、おかげさまで子供達は沢山食べることができて、美味しいと言って喜んでいました」
涙を拭い、子供達がお腹いっぱい食べたことを本当に嬉しそうに話してくれる。
でもなるほど、”子供達は”、ね。
「エステルさん」
身長の関係で、私がエステルさんをじっと見上げると、私が静かに怒っていることを感じたのか、焦るようにすっと視線が逸らされた。
まったくこの人は……。
「仕方ない人ですね、エステルさんは」
苦笑して、それでもそれがエステルさんかなと思うと、本気で怒る気にもなれず。
それならいっそ、食べざるを得ないくらい用意してあげればいいか。
「エステルさん、この辺で料理を教えてくれそうなところってありますか?」
「料理ですか? ある程なら私でもお教えできますが、ちゃんと習うなら【兎の尻尾亭】がお勧めですね。私達も何度もお世話になっていますし、料理がとても美味しいんです。マリアさんが料理を習うようでしたら、紹介状を書きましょうか?」
「お願いしてもいいですか? 習ったら味見、付き合ってくださいね」
味見はお願いではなく強引に。
私の意図を察したのか、エステルさんは苦笑しながらも、しっかり頷いてくれた。
ちょっとやる気出てきたよ、私。
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