第2話 真里姉と特殊クエスト


 冒険者ギルドを探すのは難しくなかった。


 街の中でも特に大きな建物で、街の中央にあるからすぐに見つけることができた。


 冒険者ギルドの建物は大きな商館といった装いで、訓練用と思われる広場と、作業場が併設されていた。


 多くの冒険者が出入りしており、非常に賑わっている。


 私は気合を入れて人の流れに乗り、冒険者ギルドの中に足を踏み入れた。


 中に入ると、左手には大きな掲示板が設定されていて、中央には複数のカウンター、右手には中央の半分くらいのカウンターが設置されていた。


 掲示板には多くの冒険者が集まっていて、議論なのか批判なのか言い合いなのか、かなり騒がしい。


 中央のカウンターにも人は集まっているけれど、こちらはまるでアイドルの握手会に参加するような感じで、受付嬢の前に列をなしていた。


 なるほど、受付嬢は確かに美人さんばかりだ。


 髪型も整えられ、化粧もしっかりしていて、白いシャツに、紺色のスカーフと同色のベストが映えている。


 でも私的にはエステルさんの方が美人に思えるね。


「アレンさんって名前からして、男の人だと思うけど……」


 中央の受付は女の人ばかり。


 そこで右手のカウンターを見ると、そこには男の人が数人受付をしていた。


 てくてく歩いて近寄り、最初に目についた緑色の髪をざっくりカットしてた男の人に尋ねてみた。


「すいません、こちらにアレンさんっていう方いますか?」


「ん? アレンなら俺のことだが、どうしたんだい小さな冒険者さん」


「小さなは余計です」


 事実かもしれないけれどそれを面と向かっていうかなこの人、接客業でしょうに。


 バイトで叩き込まれたマナー研修を思い出し、そのなってなさにふつふつと怒りが込み上げてくるけれど、我慢我慢。


 まずはエステルさんから頼まれたことを済ませないと。


「エステルさんからアレンさん宛に、これを預かってきました」


 アイテムボックスから手紙を取り出し、アレンさんに渡す。


「エ、エステルさんから!?」


 手紙を受け取るや、慌てた様子で中を確認する。


 何やら難しい顔をしているけれど、頼まれたことは終わったし、とにかく人の少ないところに行きたいな。


 そう思って背中を向けたところで、声をかけらた。


「待ってくれ。冒険者と見込んで君に、マリアちゃんに頼みがある」


「私に?」


「そうだ。俺個人としての依頼なんだが、【ボアの肉】を20個程集めてきてくれないだろうか」


『クエスト、”アレンの差し入れ”が発生しました。クエストを受けますか?』


 またクエスト? クエストってこんなに頻繁に出るものなの?


 内容は【ボアの肉】を20個集めてアレンさんに渡すというシンプルなものだけど、報酬が200G、1個10G。


 えっと、これってどうなんだろう。


 断りをいれて、掲示板に移動し端っこから覗いてみると、同じような依頼で【ボアの肉10個】で400Gとある。


「…………」


 つかつかと戻り、私は冷え冷えとした声を出していた。


「ぼったくりですか?」


「ち、違うんだ! これには訳があって!!」


 じとっとした目を向けた先、アレンさんが必死に説明してくる。


 事情と感情を混ぜながら話すものだから、要領を得ない。


 要約すると、エステルさんと子供達のために食料を贈りたいけれど、ギルド職員の受付(男の人)のお給料は安く手持ちのお金で出せるのが200Gということらしい。


「う、嘘じゃないぞ! 本当にこれしかないんだ!!」


 疑いの目を緩めない私に、財布をひっくり返しカウンターの上にお金を出す。


 Gって現物を初めてみたけれど、丸くて五円玉と同じ黄銅色をしていた。


 小山になったそれは、ウィンドウ越しに見ると確かに200Gと表示されている。


「はあ……エステルさん達のためと言われるとなあ」


 ボアって、確か猪のことだっけ。


 その肉を獲ってくるってことは、戦わないといけないよね。


 倒せるのかな? というか、そもそも戦えるのかな私。


 糸芝居のおかげで【操糸】スキルは3つ上がって4になり、同時に糸を2本まで操れるようになっていた。


 肝心のレベルは上がっていないけれど、なんとかなる、と思いたい。


「ボアの特徴と現れる場所を教えてください」


「それじゃあ!」


『クエストを受領しました。【ボアの肉】0/20』


 それからボアについアレンさんが知っている限りの情報を教えてもらい、私はお金もないので寄り道せずに街を東に抜け、”試しの森”へと向かっていた。


 試しというからには、きっと初心者向けだろう。


 そんな軽い気持ちで街を出て歩くこと10分。


 ”試しの森”は想像よりも木が多く、森っとしていた。


 木の葉で光が遮られているせいか中は薄暗く、若干入るのに躊躇いを覚える。


「でもこれだけ木があれば、突進攻撃はしにくいよね」


 ボアの攻撃手段は突進と、噛みつきの2つだけ。


 アレンさんの言葉が正しいなら、なんとかなりそうな気がする。


 何しろ私はVITがないから一撃受けたら死ぬかもしれないし、AGIがないから逃げることも避けることもできない可能性が高い。


「戦う場所は慎重に選ばないとね」


 前後左右に立派な木が生えていて、1本の糸をそれぞれに絡ませ結界のように糸を巡らせる。


 私は中央に位置し、もう1本の糸は木の上から垂らしいつでも仕掛けられるように待機しておく。


「今更だけど、これ道化師の戦い方って感じじゃないよね」


 他に取れる手段もないから仕方ないのだけれど。


 そうして待つこと数分。


 木の影からボアがその姿を現した。


 体長は1mくらいで、焦げ茶色の毛で覆われたその体はずんぐりとしている。


 突撃なんて受けたら、私の体ならお見せできないような状況になってしまうんじゃないかな。


「ブモォオオ!」


 私を餌と認識したのか、こちらに駆けてくる。


 ゲームとは思えない迫力に、私は思わず腰が引けた。


 けれど選んだ場所のおかげか、ボアは真っ直ぐ走れずその速度はだいぶ殺されている。


 そして糸の結界に入ると、糸に捕われながらも、私に噛みつこうと必死に口を前に出してきた。


 そこに、頭上から降りてきた2本目の糸がするりと首に巻きついて、ぐっとボアの体を持ち上げた。


「グモォオオッ」


 足を固定され首を吊られ、ボアが涎を撒き散らしながら逃げようとするけれど、糸は暴れる程に絡みついていく。


 そしてボアのHPがみるみる減っていき、最期は光の粒子になって砕け散り、後には【ボアの肉】が残された。


「ふうぅ……STRがなくて不安だったけれど、操糸のレベルとDEXで大丈夫そうだね」


 さっきの攻撃に、多分私のSTRは一切関係していない。


 もしSTRが関係していたら、こんな細い糸でダメージを与えられるはずがないし、糸に引っ張られ私の腕が千切れていたに違いない。


 使ったものといえば少しのMPだけれど、待機している間に回復していた。


 ちゃんと【ボアの肉】も手に入ったし、成果としては満点じゃないかな。


 けどね、一つだけ言わせて欲しい。


「あの大きさでなんでロース一切れくらいしかとれないのよ!」


 体長1mだよ?


 骨を除いても数十キロはとれてもいいよね?


「……ゲームだからって納得するしかないのかな。差し入れのために20個も必要になる理由が分かったよ」


 気を取り直して、糸の緩みを確認し再び待ちの姿勢。


 幸いボアは一度に複数現れることがなかったので、倒すのも途中からは殆ど作業だった。


 倒すのが19匹を数える頃には、私のレベルは4つ上がり、【操糸】スキルのレベルも2つ上がっていた。


 ステータスはこんな感じ。


(マリア:道化師 Lv1 → Lv5:ステータスポイント+4)

 STR  1→1

 VIT   1→2

 AGI   1→2

 DEX 20→24

 INT   3→4

 MID  4→5


(スキル:スキルポイント+26)

 【操糸】Lv6



 加えて自由に割り振れるステータスポイントが手付かずで4残っている。


 1レベル上がる毎に1もらえる計算だね。


「何に振ろうかな」


 レベルが上がり勝手にDEX以外のステータスが上がってしまったので、できるだけ現実を元にしたいという私の希望からは外れてしまってきているけれど、どうしようかな。


 ステータス画面の上で悩んでいた、その時。


 20匹目のボアが現れた。


 現れたのだけれど、これまでと様子が違う。


 体格がこれまでのボアより一回り大きく、口から覗く牙も長く鋭い。


 何より毛が焦げ茶色ではなく、まるで血のように赤い。


「なんだか嫌な予感が……」


 している間に来ちゃったよ! しかも速い!!


 見た感じ、速度はさっきまで相手にしていたボアの倍。


 なのに木にぶつかることなく切れのある曲がり方をしてこちらに迫ってくる。


 そして糸の結界にぶつかると、糸を大きく撓ませ、その身に食い込ませながらも止まらない!


 同時に聞こえてくる、ミシッバキッという不穏な音。


 あ、これはまずいね。


 結界に使っていた糸から手を離し横に転がった瞬間、結界を支えていた木が折れ、私がさっきまでいた場所を赤いボアが物凄い勢いで駆け抜けていった。


 急に戒めが解かれたせいか、方向転換もできずに一際大きな木にぶつかったけれど、なんと倒れたのは木の方だった。


 大したダメージもなく、赤いボアが平然とこちらを振り返る。


 咄嗟にもう1本の糸を木の高いところに巻き付け体を引き上げるのと、赤いボアが再び私のいた場所に突進してきたのはほとんど同時だった。


「あぶなっ」


 ギリギリで避けたけれど、この後の展開って……。


 予想通り、私がぶら下がっていた木に突進してきたよ!


 糸を操り隣の木に飛び移る。


 今更だけど、現実ではあり得ない動きしているよね。


 このまま逃げ続ければ、森の外に出れるかもと思ったけれど、そうは甘くないみたい。


 それに気がついたのは、木を新たに3本犠牲にして赤いボアの攻撃を躱した後だった。


「……私のHPが減っている」


 いつの間にか3分の1を割っていた。


「赤いボアの攻撃は受けていないのに、どうして……っ!」


 また木を移動した時、HPが減るのが見えた。


 これはひょっとして、糸で体を持ち上げる時の負荷でダメージを受けている?


 現実並みにしたかったのは本当だけれど、それにしても貧弱だよ!


 VIT上げとけっていう正論は聞こえません。


 私はHPポーションを取り出し、回復させると、深く一度息を吐き出した。


「……逃げ続けるのは難しいかな」


 10個のHPポーションを全部”使えれば”、多分森を抜けられる。


 そう、”使えれば”、なんだよね。


 HPポーションには再使用するための待ち時間みたいなものがあって、連続して使うことができないようになっていた。


 赤いボアの攻撃頻度と、HP回復ポーションで回復する量と再使用時間を考えると、間違いなく先に私のHPが尽きる。


 ゲームだし死ぬのも仕方ないけれど、移動の負荷で死ぬというのはさすがに遠慮したい。


「やるだけやってみよう」


 私はHPを全快にさせたタイミングで、地面に降りた。


 そこは最初に糸の結界を張ったところで、私は糸を回収し操った後に、目の間に熊を描いた。


 それはヴァンに見せた立体的なもので、さらに糸の密度と体を描く層を増している。


 赤いボアは私が逃げないと踏んだのか、その場で助走をつけるように足をかき、勢いよく突進してきた。


 これまでと違い遮る物は何もなく、あっという間にその大きな体が迫ってきた。


 その目は完全に私と、私の前の熊をターゲットにしている。


 おかげで、”私の操った糸”は気づかれずに済んだ。


「ブルアァッ!?」


 落ち葉の下に潜ませた、結界の糸で作ったはしご10段。


 見事に足を絡ませ転倒してくれたけれど、勢いは止まらず弾丸のようにこちらに突っ込んでくる。


 その体を糸の熊が受け止め、きれない!?


 車に撥ねられたように飛ばされた私は、熊と一緒にゴロゴロ転がり続けた。


 一気に減ったHPは、転がる度になおも減り続ける。


 これは死んだと思ったけれど、一緒に転がった熊が時折衝撃を吸収してくれたおかげで、ミリ程のHPを残し止まることができた。


「本当に、死ぬかと思った……」


 ダメージと疲労と目が回ったことが合わさって、気分はなかなかに最悪だ。


 それでも、戦いはまだ終わってないからね。


 私はふらふらになりながら、赤いボアに近く。


 赤いボアは4本の足が完全に糸で捕らえられ、その場でジタバタしていた。


 あの状況でよくこっちの糸を手放さなかったね、偉いよ無意識の私。


 近づくと、唸りを上げて威嚇するように噛み付いてこようとする。


「取り敢えず黙ろうか」


 熊を描いていた糸を解き、赤いボアの口をぎゅっと締め、ついでに口と鼻を隙間なく覆うように巻き付かせた。


 両方の糸を全力で操っているせいか、MPの消費が多い。


 赤いボアの抵抗が強いから、というのもあるのかな?


「それなら」


 私は指先だけでステータス画面を起動し、残っていたステータスポイントを全てDEXに注ぎ込んだ。


 すると糸の力が増し、逆にMPの消費する速度は少し落ちた。


 窒息からか食い込む糸によるダメージなのか、赤いボアのHPが減り始める。


「ここからは根競べだね」 


 こうして私と赤いボアの最後の戦いは、最初とは一転して静かに始まった。



 私のMPと赤いボアのHPが、じりじりと減っていく。


 時間がいつもよりゆっくりに感じる。


 こうしている間に他のボアが現れたら、その時点で私の負けは確定だ。


 嫌な緊張感にじっとりした汗が流れるのを感じながら、ただ糸を操ることに専念する。


 私のMPが3割を切り、2割を切り、1割を切り。


 ボアのHPが3割を切り、2割を切り、1割を切り。


 1割を切った頃には赤いボアも抵抗を諦めたのか、動かなくなっていた。


 そしてMPの残量が消えかけた、その時。


『ブラッディボアが捕縛可能状態となりました。【捕縛】スキルを取得し捕縛しますか?』


 突然のメッセージに驚いたけれど、このままだと拘束が解かれてしまうし、迷っている場合じゃない!


『【捕縛】スキルを取得し、レッドボアを捕縛しました。レベルが7になりました。【操糸】スキルのレベルが8になりました』


 メッセージが終わると、赤いボア、いやブラッディボアだっけ? の姿も忽然と消えてしまった。


 何事かと焦ったけれど、とりあえずHPを回復させようとアイテムボックスを開たら、そこに【ブラッディボア】の名前があった。


 どうやら【捕縛】に成功すると自動でアイテムボックスに移されるらしい。


 そういうことは先に教えてよ……。


 クエスト達成まで【ボアの肉】が1個足りないけれど、今日はもう限界。


 いつの間にか最後の1つになっていたHPポーションを使ってHPを回復した私は、ボアとの遭遇を避けながら街へと戻って行った。



 街着いてギルドへ向かう途中、なんだか体がおかしい。


 ふらつき、体に力が入らず、それがどんどん酷くなっている気がする。


 原因が分からないけれど、今はもう、クエストを報告してただただ休みたい。


 クエストを完了するには【ボアの肉】が1つ足りないけれど、考えたら【ブラッディーボア】一頭いるのだから、肉の一切れくらいなんとかなるよね?


 ギルドに到着し、倒れるようにカウンターに突っ伏した私に、アレンさんが駆け寄ってくれた。


「マリアちゃん? 大丈夫かい!?」


 心配してくれるのは嬉しいけれど、今大声出されるのはきつい。


 ふらつきから、目眩に似た症状まで出てきていた。


「これ……」


 私はアイテムボックスから【ボアの肉】を19個取り出し、アレンさんに渡した。


「凄いな。これを一人で集めたのかい? でもあと1つ足りないようだが」


「途中で違うボアが出たから」


「違うボア?」


 私が捕縛したブラッディーボアを取り出すと、アレンさんが目玉が飛び出しそうになるくらい驚いていた。


「こ、これはまさかブラッディボア!!」


 凄く驚いているけれど、ボアはボアだよね?


 しかも周りの冒険者まで何かざわざわしている。


『捕縛なんて聞いたことないぞ』


『一体どうやって覚えたんだ』


『ってかあれネームドだろう。前に5人PTが遭遇して死に戻ったとか聞いたぞ』


 うん、とりあえず無視しておこう、今はそれどろこじゃない。


「これを捌けば、20個目くらい、なるよね?」


「あ、ああ。十分過ぎてむしろ扱いに困るレベルだ」


 その時、ようやくメッセージが通知された。


『クエスト、”アレンの差し入れ”を完了しました』


「良かった……」


 安堵して身体中に溜まっていた息を吐き出した瞬間、私の意識は暗転した。


 ……気がつくと、どこか見慣れた場所に立っていた。


 それはエデンに転送された時に立っていたのと、全く同じで。


 どうやら私は、死に戻りというものをしたらしかった。



(マリア:道化師 Lv5→ Lv7:ステータスポイント+2)

 STR  1→1

 VIT   2→2

 AGI   2→3

 DEX 28→30

 INT   4→4

 MID  5→6


(スキル:スキルポイント+28)

 【操糸】Lv8

 【捕縛】Lv1

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