第5話 もう一人

 翌日、泉は呼ばれた通り、応接室にいた。

「今日、君に伝えたいことがあるから呼んだんだ」

 塚地はテーブルに置かれたお茶を飲みながら言う。

「な、なんでしょう」

「君の身体の異常は里美から聞いてる。そして、君の身体への負担を考え、もう一人、戦闘人員を配備することにした。入りたまえ」

 塚地がそう言うと、応接室の扉が開き、一人の女性が入ってくる。

「なっ……」

 泉の目の前には、見覚えのある人物がいた。

「よろしく。泉君」

「な、なんで三輪がここに!?」

 泉は驚きソファから立ち上がる。

「彼女も実は戦闘用幽霊との適正があることが分かったんだ」

「そういうこと。いきなりでビックリしたけど、これ君と一緒に戦えるわね」

「ということだ。今日はもう帰って良い。明日は研修も兼ねて二人で討伐に当たってくれ。それ以降は週ごとに交代だ」

「りょ、了解しました」

 こうして、三輪が悪霊退治に参加することになった。

 次の日の夜、泉と三輪はホールに居た。

「来たわね。話は聞いてるわ。よろしくね」

 コユキは、三輪に握手を求める。

「あなたがコユキちゃんね。私は三輪。よろしくね」

 三輪はコユキの手を握る。

「じゃ行くわよ」

 コユキは手を放すと目的の場所へ向かって歩いていく。泉と三輪はそれについていく。

 コユキが足を止めたのは事務室だった。コユキは勢いよく扉を開ける。そこには、部屋が半分ほど埋まるぐらい巨大な骸骨の悪霊がいた。

「これが、悪霊……」

「これぐらいでかいのは初めてだ……」

「驚いてないで、さっさと戦闘準備」

 コユキは、泉の体に入る。泉の頭の中には、一瞬で無数の景色が浮かびあがる。だが、もうあの時のように景色がピックアップされることはなかった。

 三輪は、制服のポケットから箱のような物体を取り出す。すると、箱は鎌の形になる。

「へぇ、三輪のはそんななのか」

 泉が驚いて言う。

「あの箱の中に戦闘用幽霊が入っていて、その時に適した武器になるらしいわ。意識を融合させても副作用が起きにくいんですって」

『無駄話もそこまで! 来るわよ』

 コユキが泉の口を使い言う。その言葉の通り、悪霊は、巨大な腕を振り下ろしてくる。泉と三輪は、左右に動き避け、三輪が、鎌で振り下ろされた右手を切ろうとするが、弾かれる。

「硬いわね。こいつ」

 すると、三輪の持っている鎌がハンマーに形を変形させる。

「これで砕けってことねっ!」

 三輪が悪霊の右腕にハンマーを当てる。すると、腕は砕け、悪霊が床に崩れる。

 崩れた悪霊は三輪を口の中に入れようとするが、泉が頭を剣で弾いて止める。

「奴の頭を砕け!」

 泉が着地と同時に叫ぶ。

「ええ!」

 三輪が飛び、悪霊の頭をハンマーで砕く。すると、悪霊は消える。そして、コユキが泉の体から出てくる。

「お疲れ様。初めてにしては、よくやったんじゃない?」

「それほどでもないわ。私は泉君の指示に従っただけだもの」

「……なんか照れるな」

「意味が分からないわ。で、あなたたち体の方は大丈夫なの?」

 コユキは泉の発言に冷たく返す。

「私はなんとも」

「俺も大丈夫だ」

「そう。なら今日はもう帰って寝なさい。おやすみ」

 コユキは、現状復帰だけして消えてしまう。泉と三輪は学校を後にする。

       ◆

       ◆

 誰もいないはずの事務室に何者かがいた。

「そろそろ、良いだろう」

 そう言って人影のような何かは消える。

 翌日、三輪はホールにいた。

「悪霊の反応は……」

 そう言って箱を取り出す。箱の蓋には悪霊がいるであろう場所が書かれていた。三輪はそれを見て歩き出す。

「……ここね」

 三輪が足を止めたのは、「3年5組」のプレートがある教室。自分たちの教室だった。

 中に入ると、身長が二メートル近い体が透けた大男がいた。

「あなたが悪霊ね。私が倒してあげる」

 三輪は箱を取り出す。すると、箱は分裂し、ハンドガン・ナイフにそれぞれ変形した。三輪は右手にハンドガン、ナイフを左手に握る。

 悪霊は三輪の方を向き、微笑む。その微笑みに三輪は若干の不気味さを感じながらも銃の引き金を引く。弾丸は悪霊に向かって放たれるが、悪霊はそれを右手で簡単に受け止めてしまう。

「なっ……!」

 三輪はその光景に驚くが、強化された身体能力を活かし床を蹴り物凄い速さで悪霊に接近する。そして、ナイフを悪霊の首に突き刺し、内部から首を切断しようとするが、動かない。

「ちっ」

 三輪は舌打ちをして離れる。ナイフは悪霊の首から消え、三輪の左手に戻ってくる。

 悪霊の首に出来た傷が一瞬で治る。そして、悪霊の右腕が伸びてくる。三輪は避けようとするが、動けない。

「な、なんで!?」

 足元を見ると、月明かりで伸びた悪霊の影が三輪の足を拘束していた。

「悪霊は影が出来ないはずなのに……」

 三輪はすぐに顔を上げ伸びてくる腕の対処をしようとするが、腕は既に眼前まで迫っており、三輪の首を掴む。

「うっ」

 三輪は腕を振りほどこうとナイフを腕に突き刺すが効果がない。銃を悪霊に向かって撃つが、悪霊は左手で弾丸を受け止めてしまう。右腕はそのまま三輪を持ち上げ、側に会った机に叩きつけ悪霊の元へ戻っていく。

「がはっ……」

 三輪は衝撃と痛みで気絶しかけるが、なんとか意識を保つ。

「こいつ、強い……」

 立ち上がりながら三輪は言う。すると、武器が銃とナイフから一本の長剣に変わる。

 悪霊は再び、右腕を伸ばしてくるが、三輪はそれを切り裂く。

「切れた……」

 すると頭の中に声が響く。

『あたしは学習するの。切れなかったから切れるようにする。それだけのことよ』

「あなたが私の幽霊なのね。ありがと」

『お礼はあとで良いから。今は敵に集中』

「分かった」

 三輪は、悪霊の弱点を見つけようと考える。ふと、床に目をやると普通は物体の上に影が出来るが、悪霊の影は砕けた机の破片の下にあった。

「もしかして……」

 三輪は悪霊の影が本体であると推測し、悪霊の陰に剣を突き立てる。すると、

「うガあああああ」

 推測通り、悪霊が苦しみだす。そのまま、剣を首まで持っていき、影の首を斬り飛ばす。その瞬間、存在していた大男の首も飛び、床に倒れ消える。

「ふぅ……」

 三輪は悪霊の消滅を確認し息を吐く。そして、武器が箱状に戻る。その後、蓋のスイッチを押し教室の修復を行う。

「さてと、帰りますか……」

 教室が修復されたのを確認した三輪は教室を出た。すると、教室の床から、人影の形をした何かが現れる。人影はしばらく佇んだあと消えた。

 そして、夜が明けた

       ◆

       ◆

 翌日、授業中泉はふと三輪の方を見る。いつもなら、休み時間などに話しかけてきたりするのだが、今日はそれが一度もなかった。まぁ、そんな日もあるかと泉が思うと授業終了を知らせるチャイムが鳴る。

「三輪、飯に……ってあれ?」

 昼休みになり、泉はいつも通り三輪を昼食に誘おうとするが、三輪の姿はなかった。

「なぁ、三輪知らないか?」

 泉は三輪の後ろに座っている女子生徒に聞く。

「ううん。知らない。私が教科書片付けようとしてる時まではいたんだけど」

「分かった。ありがとう」

 そう言って泉は廊下に出る。もしかしたら、先に食堂に行ってるのかもしれないと考えた。その考えの元、食堂に向かうが、三輪の姿はなかった。

「どこ行ったんだ?」

 泉は、とりあえず食事を済ませ、教室に戻る。だが、まだ三輪の姿はなかった。本を読んでいると、チャイムが鳴り、生徒が続々と教室に戻ってくる。三輪の姿はそこにもなかった。

 その夜、泉はいつも通りホールにいた。

「来たわね。行くわよ」

 コユキは、泉の姿を確認すると目的の場所へ向かって歩いていく。数歩歩くとコユキは足を止める。

「ねぇ、どうしたの? なんか考え事?」

 コユキが振り向いて言う。

「いや、三輪が昼からいなくて。どこ行ったのかなって」

「ふぅん。悪霊との戦闘で疲れたから保健室にでも行ってんじゃないの?」

「お前も見てないのか?」

「うん。お昼は基本的に寝てるし」

「そっか。ありがと」

「早く行くわよ」

 コユキはそう言うと再び歩き出す。しばらく歩いてコユキが足を止めたのは、

音楽室だった。コユキは扉を開ける。そこには、ピアノを弾いている悪霊がいた。

「えンそうのジャまをしましタね」

「ええ。あんたを倒すのが私たちの使命だもの」

 それを聞いた悪霊は耳が千切れそうなぐらいの音量で叫ぶ。

 悪霊が叫んでいる隙にコユキは泉の体に入る。泉の頭の中には無数の景色が映るがすぐに現実に意識が戻る。

『行くわよ』

「ああ」

 泉は右手に剣を作り、悪霊に飛び掛かる。悪霊はまだ叫んでいるが、コユキのおかげで耳を塞がなくても良いぐらいになっていた。

「死ね」

 泉は剣を悪霊の首に向かって振るが、悪霊は指揮棒のようなモノを作りだし防ぐ。

「ちっ」

 泉は舌打ちをして距離を取る。悪霊は楽譜を作り出し、泉に向かって飛ばす。泉はそれを剣で切り裂くが何枚かは泉の体を切り裂く。

「厄介だな……」

『代わるわ』

「頼む」

 泉は右手で盾を作り目を閉じる。目を開けると、黒い目が赤色に変わる。

「さぁ、行くわよ」

 泉は、床を蹴る。あまりの衝撃に床のタイルが何枚か剥がれる。泉は悪霊に向かって剣を振る。だがまた、悪霊は攻撃を防ごうとする。

「その技見たわよ」

 剣は指揮棒に当たるが剣先が曲がり、悪霊の首に刺さる。そのまま剣を振り抜き、首を飛ばす。悪霊は地面に倒れ、消える。悪霊が消えたのを確認し、コユキは泉の体から出てくる。

「お疲れ様。体は大丈夫?」

「ああ」

「良かった。あの時はビックリしたんだから」

 コユキは音楽室を修復しながら言う。

「コユキ!」

 泉が叫ぶ。

「どうした……えっ!?」

 泉とコユキの眼前には人影をした何かがいた。

「誰? あんた」

 コユキは人型に問う。

「……」

 人影は何も答えない。そして、コユキを掴もうとするが、コユキはサッと下がる。

「こいつは悪霊よ! やるわよ!」

「ああ!」

 コユキは泉の体に入る。そして、泉はすぐに右手に剣を作る。

 悪霊は泉と同じく右手を変形させる。変形した右手はアイスピックのように鋭くとがっていた。

「はぁっ!」

 泉は床を蹴り悪霊に接近する。それと同時に剣を振り下ろす。悪霊は左手で泉の攻撃を受け止める。

「何!? がっ……」

 泉の腹には、悪霊の右手が突き刺さっていた。悪霊は右手を振る。すると、泉の腹から悪霊の右手が抜け泉は壁に向かって飛んでいく。

「かはっ……」

 泉は口から血を吐いてしまう。

『大丈夫!?』

「ぐっ……」

『代わるわ』

「あ、ああ」

 泉の目が黒から赤に変わる。泉の体は一瞬で悪霊の元へ迫り右手の剣で悪霊の胴体を斬る。すると、悪霊は消えてしまう。

「なんだ。大したことないじゃない」

 コユキが泉の体から出て言う。

「さっ、早く治療を……っ!」

 コユキの目の前には、さっき斬ったはずの悪霊がいた。

「泉、動ける?」

「な、なんとか……」

 それを聞くと、コユキは再び泉の体に入る。泉の目はすぐに赤色になる。泉の体はすぐに構えを取るが、それより速く、悪霊は泉に接近する。泉の体がすぐさま回避行動をとろうとするが、悪霊の左手が泉の体を掴んでいた。

「ちっ」

 悪霊の右手が棘に変形した瞬間、何かが、悪霊の左手を切り裂いた。

「三輪ちゃん!」

 泉の口でコユキが言う。

「間に合ってよかったわ」

 泉と悪霊の間に長剣を持った三輪がいた。

「悪いけど、あなたには消えてもらう」

 三輪が長剣を構える。

「気をつけてね。あいつ斬っても死なないから」

「なら、私が首を斬るわ。コユキちゃんは足を斬ってあいつの体勢を崩して」

「分かった」

 二人は左右に分かれ、悪霊へ接近する。悪霊は右側にやってきた三輪に棘を刺そうとするが、左側からやってきた泉の体が左足を斬り、体勢が崩れる。

「今よ!」

「はぁっ!」

 コユキの言葉と共に三輪は悪霊の首を斬る。悪霊の体は床に崩れ消える。悪霊の消滅を確認したコユキは泉の体から出る。三輪も武器を解除する。

「大丈夫? 泉君」

「あ、ああ……」

 泉は腹を抑えて言う。

「私が基地まで運ぶ。あなたは帰りなさい」

「分かった。泉君を……危ない!」

「えっ?」

 三輪が叫び、コユキは驚く。コユキの目の前には先ほど消えたはずの悪霊がいた。悪霊の腕はコユキを掴み連れ去ろうとする。

「させないわ!」

 三輪が悪霊の腕を斬ろうとするが、斬れない。

「なんで!?」

『こいつ、実体が存在してない』

「嘘でしょ!? きゃっ!」

 三輪は悪霊の左腕で弾かれ、壁に当たり幽霊との融合が解除される。

「コ、コユキ……」

 泉は手を伸ばす。泉の横には、三輪が装備していた箱が落ちている。泉はそれを拾い、融合しようとする。

『あんた本気!? 死ぬわよ!?』

 箱の中に宿された幽霊が泉の頭に問いかける。

「うるさい! 力を貸せ!」

『……分かった』

 箱は長剣に変形する。泉は体の痛みに耐えながら、一瞬で悪霊に近づく。だが、刃が当たる寸前で悪霊は煙状へ変化する。

「コユキ!」

 泉が叫ぶ。すると、コユキが微笑むのが見えた。そして、煙は音楽室から消えた。

 泉は幽霊との融合で強化されていたので、気絶した三輪をリペル基地へと運んだ。三輪は命に別状はなかった。泉も腹を貫かれていたものの、幸い臓器の損傷はなく数日の安静で治るとのことだった。

       ◆

       ◆

 翌日、泉と三輪は塚地に呼び出されていた。

「君たちを呼んだのは、今後訪れる悪霊についてだ」

 塚地は続ける。

「早くて二週間後にここに悪霊を派遣している親玉の襲来があることが分かった」

「親玉って、あの煙みたいなやつですか?」

 泉が言う。

「そうだ。神が眠っていることは君たちも知っているな」

 塚地は頷く泉たちを見て続ける。

「ここのさらに地下にある神が眠る神殿には我々がかけた封印がある。それを解くためにはコユキに込められた力が必要なんだ」

「力?」

 泉が言う。

「ああ。コユキには封印を解くカギが埋め込まれている。彼女をここに縛り付けているのもその鍵が原因だ」

 塚地は間を置いて続ける。

「封印を解くために奴はすぐここに来るだろう」

「俺は、どうすれば良いんですか」

「……まぁ、それに関しては……」

「任せて。コユキちゃんは私が取り戻すわ」

 塚地の言葉を遮って三輪は言う。そして、塚地は咳払いをし言う。

「今、代わりの武器を製造中だ。それまで休みなさい。君はただでさえ体がボロボロなんだから」

「……はい」

「三輪君、任せたぞ」

「了解です」

 三輪は敬礼をする。

「今夜は解散する。二人とも休みたまえ」

 泉と三輪は応接室を出る。

「……くそっ」

 泉は廊下の壁を殴る。殴られた壁の一部がポロポロと崩れる。そして、歩いていく。

「泉君……」

 三輪は名前を呼ぶが、泉は振り向かない。

「絶対にあいつに勝つ」

 そう呟いて、三輪は歩き出した。

       ◆

       ◆

 場所は変わって暗闇に包まれた謎の空間。コユキは一人そこにいた。

「……やられた」

 コユキは呟く。すると、先ほどの悪霊が目の前に現れる。

「あんた誰? もしかして、学校に悪霊を送り込んでた親玉?」

「そうだ」

「私を捕まえてどうするの?」

「お前の中にある鍵を使って日本を滅ぼす」

「へぇ、取り出せるもんなら取り出してみなさいよ」

「貴様たちの技術は素晴らしい。我の力を持ってしても鍵は取り出せないほど強力な結界で守られている」

「じゃあどうするの?」

「こうする」

 悪霊は両手でコユキの頭を掴む。両手は煙に変化し、コユキの耳の中から体内へ侵入する。

「きゃああああ!」

 コユキは叫ぶ。数秒が経ち、悪霊は両手を離す。コユキの目の色は赤色から紫色になり、白いワンピースが黒いワンピースに変化していた。

「さぁ、決戦は五日後だ」

「……はい」

 そして、夜が明けた。

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