第4話 部屋

 教室に入ると、相変わらず泉を見る目は冷たかったが、昨日ほど辛くはなかった。

「泉君、ちょっと良いかしら」

 三輪が登校してきてすぐの泉に言う。

「なんだよ」

「良いから。着いてきて」

 そう言うと、三輪は教室を出ていく。泉は慌ててカバンを置き、三輪を追いかける。

「どうしたんだよ」

 三輪が足を止めたのは、昨日泉がいた屋上に繋がる階段だった。

「ねぇ、泉君」

 三輪は数秒開けてから続ける。

「あなた、夜中学校に忍び込んでるでしょ」

「はぁ? なんのことだよ」

「とぼけないでよ。私、見たんだから」

「……」

 泉はなんと応えればいいか分からなかった。黙っている泉に対して、三輪は言った。

「あなた、何かと戦ってるでしょ」

「……っ!」

 三輪の言葉に泉は驚く。

「やっぱりね。教えてくれない? あなたは何と戦ってるの?」

 泉は答えるか悩み、三十秒ぐらい考えてから答えた。

「この学校にいる悪霊を倒してるんだ。良い幽霊と意識を融合させて」

「……」

 三輪は腕を組んだ。

「バカげてるだろ? 頭おかしい奴だと思ってくれたって……」

「別に、私は何も言ってないわ」

 三輪は泉の言葉を遮って言った。

「……」

「ただ、私は泉君とご飯を食べられればそれで良いの。だから、毎日学校に来て」

「分かった」

 そう言った瞬間、チャイムが鳴る。泉たちは急いで教室に戻った。

 その夜、泉はホールに居た。

「来たわね。行くわよ」

 コユキは悪霊がいる教室へと歩いていく。

「なぁ、コユキ」

 泉の言葉でコユキは足を止める。

「何よ」

「お前、外見たくないか?」

「外?」

「お前の記憶見えたって言ったろ? それで色々里美さんに聞いたんだ」

「……そう。じゃあ終わったら屋上にでも行きましょ」

 そう言うと、コユキは再び歩き出す。

「分かった」

 泉はそう言い、コユキの後を歩く。

 コユキが足を止めたのは、二年三組の教室だった。コユキは扉を開け、中に泉と共に入る。

 教壇にはスーツを着た男のような悪霊がいた。

「さア、キみたチにしドうをしヨう」

 悪霊はチョークや机を浮かし、こちらに飛ばしてくる。泉とコユキはそれらを躱す。だが、それによって泉とコユキは分断されてしまう。

「融合させない気ね」

 コユキはそう呟いた。コユキは、人間と意識を融合させなければ能力を発動と物に触ることが出来ない。それに、コユキが悪霊を認識しなければコユキに組み込まれた融合プログラムが発動せず、融合できない。意識の融合にも二~三秒の時間が必要な為、何とか隙を作らなければならない。だが、コユキ一人では何も出来ない。その為、コユキは、見ていることしか出来なかった。

「そノトおりッ!」

 悪霊は泉に向かって机、椅子を飛ばす。泉はなんとか躱すが、床に転がっている机に脚を取られ、転んでしまう。泉は、右足を抑え、悶えている。

「大丈夫!?」

 コユキは叫ぶ。

「だ、大丈夫だ。気にするな」

「はハハは、こノままシねッ!」

 悪霊は、能力で強化したチョークを泉に飛ばす。泉は、机に隠れるが、強化されたチョークは机をもの凄い勢いで破壊していく。チョークが、机に付けられた鉄板を貫き、泉の背中に直撃する。

「うぁああああああ!」

 泉は痛みに叫ぶ。だが、右腕で転がっている机を掴み、投げる。それは、悪霊にダメージを与えることはなかったが悪霊の攻撃を机が防ぎ、視界を塞いだ。

 それを見たコユキは、急いで泉の元へ走る。

 机が完全に破壊されるまでの二秒で泉とコユキは意識を融合させる。

『手こずらせてくれたわね』

 コユキは、泉に代わろうとするが、

「今日は、俺にやらせてくれないか」

 と、泉は言う。

『えっ……分かったわ』

 泉は、右手に剣を作り、構える。

「コろス」

 悪霊は、再びチョークと机を浮遊させ、飛ばしてくる。泉は、剣でそれを切り、悪霊に一直線で進んでいく。

「消えろ」

 泉は、悪霊の目の前に立ち、首を切り飛ばす。残った体は床に倒れ消滅する。

 それを確認し、コユキは泉の体から出てくる。

「大丈夫?」

「なんとか」

 コユキは右手の人差し指をクルクルと回す。すると、散らばっていた机、粉々になったチョーク、そして、泉の背中の傷がたちまち修復されていく。

「えっ……」

「人の体を治すのは得意じゃないの。だから、今まで傷とか治せてあげられなかったの。ごめんね」

「良いよ。さっ、屋上へ行こう」

「……うん」

 屋上へと続く階段を上り、扉に手を掛ける。だが、何度ドアノブを捻っても鍵がかかっているため、ガチャガチャと鳴る。

「どうしよう」

「別に良いわよ。無理しなくても」

「無理なんて……」

「明日からまた忙しくなるんだから、早く帰って寝れば?」

「……」

「おやすみ」

 コユキはそう言うと、消える。泉はため息を吐き、学校を後にした。

       ◆

       ◆

「泉君、ちゃんと寝てる?」

 翌日の放課後、三輪が話しかけてくる。

「まぁ、ちょっと勉強が……」

「無理しないでよ?」

「分かってるよ」

「じゃ、私帰るから」

 三輪は教室から出ていく。泉も、夜が来るまで家で寝ることにした。

 昇降口で靴を履き、校舎を出ようとしたとき、泉の体を眩暈が襲う。幸い、倒れることはなかったが、泉は頭を押さえる。

「疲れてるのかな……」

 泉は再び歩き出した。

 場所は変わってリペル基地。塚地は自分の部屋で作業をしていた。

 誰かが、扉をノックする。

「誰だ」

「里美です」

「入れ」

 すると、里美が扉を開けて入ってくる。

「どうした。急用か?」

「少し、伝えたいことが」

「話せ」

「試作型との融合による副作用の侵攻が予想より早いのは伝えた通りですが、ついに腕以外に異常が見られました」

「……そうか。では早急に人員を選出せねばならないな」

「人員はこちらで選定してあります」

「分かった。泉君についてはまた報告してくれ」

「分かりました」

 そう言って、里美は部屋を出ていく。

       ◆

       ◆

 その日の夜、泉とコユキは、視聴覚室にいた。視聴覚室には小さな階段が設置されていて悪霊は階段を下りた先にいるプロジェクターの前に立ち二体に分裂していた。その内の一体は斧を持っており、右肩に乗せて持っている。

「どうする?」

「どうするって、倒すに決まってる」

「分かってる。……さっ、私と意識を融合させましょ」

 コユキは泉の体の中に入る。泉の頭の中に無数の景色が映りこむ。すると、またあの時の景色が見える。コユキが泣いている。あの景色が。

『暗いよ。出してよ』

 と、今度はコユキの声が聞こえた。

 泉はコユキに手を差し伸べようとした瞬間、現実に引き戻される。

『どうしたの?』

「大丈夫。ごめん」

『……また見えたの?』

「今は問題ない。行こう」

『そうね』

 泉は、右手に剣を作り、机を蹴ってプロジェクターの前に降りる。すると、悪霊は二体同時に泉に向かって持っている斧を振り下ろす。泉は屈み、左側の悪霊の足を払う。そして、右側の悪霊の斧を受け止め、弾き飛ばす。

 弾き飛ばされた悪霊は、壁に当たり動きが止まる。転んだ悪霊は立ち上がり、泉に斧を振り下ろす。泉はそれを避け、悪霊の首を飛ばして、悪霊を消滅させる。

『そろそろ代わって』

「分かった」

 泉は目を閉じ、開ける。泉の目は黒から赤に変化する。

 壁に飛ばされた悪霊は活動を再開し、泉に向かって突進する。

「ほっ」

 泉の体は、悪霊の攻撃を避け、机の上に立つ。悪霊は泉を切る為に、階段を上がる。それを見て、泉の体は机を蹴り、悪霊の首を切り飛ばし消滅させる。着地した体から、コユキは出てくる。

「今日もお疲れ様。あとはゆっくり休んで……」

 コユキは泉を方を見る。そこには、倒れた泉の姿があった。

「えっ、大丈夫? ねぇ! ねぇ!」

 コユキの連絡により、泉はリペルの医療室へ運ばれた。

       ◆

       ◆

「ここは……どこだ?」

 泉はどこか分からない空間にいた。どこを見ても白い部屋。どこが果てかも分からないぐらい広かった。

「君が、水上泉か」

 と、どこかで少女の声が聞こえる。

「だ、誰だ!」

「私は私だよ」

「は?」

「分からないの?」

 すると、泉の目の前に、コユキと同じ格好をした少女が現れる。

「お、お前……」

「やっと分かった? 私は、死ぬ前のコユキ」

「ど、どういうことだ?」

「今君の前にいるコユキは私をベースに作られた存在。オリジナルは私」

「……オリジナル」

「うん。でも、この意識ももうすぐ消える」

「ど、どうして……」

「いつまでもこの世にいちゃいけないから。そろそろ天国に行くの」

「……そうか」

「うん。だから、最後にあなたにお願いがあるの」

「……」

「仕事が終わったら、新しい私に外の世界を見せてほしいの。そうすれば鍵から解き放たれるから」

「鍵?」

「ええ。でも今は大丈夫。……お願い出来るかしら」

「ああ」

「ありがと。じゃあね、泉君」

 そう言って、オリジナルのコユキには消えた。

「……約束か」

 そして、泉は目覚めた。

       ◆

       ◆

 目を覚ますと、見たことのない天井があった。

『ここは……?』

 泉は朦朧とする意識の中で思う。すると、この部屋の扉が開き、里美が入ってくる。

「大丈夫かい? 泉君」

「あっ、里美さん」

「どこか痛いところとかある?」

「いえ。特に」

「なら良かった」

「里美さん、俺どのぐらい寝てました?」

「三時間ぐらいかな」

「そう、ですか」

「どうしたの?」

「いえ、なんでもないです。あっ。俺家に帰って良いですか?」

「まぁ、君が大丈夫なら……」

「分かりました。ありがとうございました」

 泉はベッドから起き上がり部屋を出ようとするが、里美が止める。

「あっ、待って泉君」

「は、はい」

「明日、塚地さんのところに来てほしいんだ」

「分かりました」

 そう言って泉は部屋を出た。

 そして、夜が明けた。

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