第2話 きっかけ
夜の学校は昼の学校とは百八十度違う。騒がしかった廊下はシンッと静まっているし、足音だけが耳に届く。
「あぁ、早く帰りたい」
学校指定のブレザーとチェック柄のズボンに身を包んだ黒髪の青年が言う。
「壊れた窓から忍び込んだのは良いけど、怖すぎだろ」
自分の教室に向かって歩くが、暗闇と静かすぎる環境が教室までの距離を長く感じさせていた。
廊下をしばらく進むと「3年5組」と書かれたプレートが付けられた教室にたどり着く。教室の扉に手を掛け扉を開ける。幸いにも鍵はかかっていない。
教室に入り、自分の机を目指す。水(みな)上泉(かみいずみ)と書かれたプレートが貼られた机が目に入る。
「おっ、あったあった」
泉は机の中から数学のテキストを取り出す。
そして、教室から出ようとすると、
『ふふふ……ふふふ……』
女の笑い声がする。
「えっ?」
『ははは……ははははは』
「おい、これって……」
さっきよりも甲高い声が聞こえ泉は戸惑う。
泉は、学校で噂になっていた幽霊について思い出す。クラスメイトの奴らが騒がしく広めていた。
「いやいや。有り得ない。これはきっと編集した音だろう」
自分に言い聞かせるように泉は言う。あの時はあり得ないとバカにしていたが、いざ自分にこのような現象が起こると信じないわけにはいかなかった。
『問題、私は今どこにいるでしょう?』
「えっ?」
『分からない? なら正解を教えてあげる。後ろを見て』
「後ろ?」
泉の後ろには白いワンピースに身を包み、体が宙に浮いている黒い長髪の少女がいた。
「やっほー」
少女は笑顔で言った。
「あ……あ……」
「あら、私のあまりの可愛さに声が出ないのかし……」
「出たー!」
泉はその場に腰を落としてしまう。
「はぁ、あのね腰抜かしてるとこ悪いけど、ちょっと話を聞いてくれる?」
「……」
泉は声が出なかった。何せ自分が存在を否定していた存在が今目の前にいるのだから無理もなかった。
「おーい。生きてるかい? 泉君?」
「な、なんで俺の名前知ってんだよ!」
「だって、その本に名前が書いてあるんだもん」
「お、俺に何の用だ! 俺お前になんかしたか?」
「なんもしてないわよ。ちょっと頼み事を聞いてほしいだけよ」
「頼み事?」
「そう。ちょっとついてきて」
少女は後ろを向くと、スタスタと歩いていく。泉はそっと立ち上がる。少しの怪しさを泉は感じてはいたが、悪いことはされないと思い少女についていく。
少女の後ろを歩くこと数分で少し開けた場所に出る。そこは生徒が昼食や飲み物を買うのに使うラウンジだった。
「で、頼み事ってなんだよ」
「そこに何かいるでしょ?」
と、少女は目の前を指さす。
「何もいないじゃないか」
「ほんと、人間って不便ね」
呆れたように言うと、少女は泉の顔に触れる。
「はい。見えるようにしてあげたわ」
泉は先ほど指さされた方を見る。すると、そこには左腰に刀を二本下げた謎の人影があった。
「お、おい。あれって……」
「そう。私と同じ幽霊。でも私と違って人間に災いを起こす存在。いわゆる悪霊ね」
「悪霊……」
「そう。今はまだ気づかれてないけど、このまま放っておいたらいろいろと問題が起きるわ。あなた、最近変だなって思ったことない?」
「そう言えばここのテーブルが壊されたり自販機がよく故障するな」
「それはあの悪霊の仕業よ。だから、あなたにはあの悪霊を祓ってほしいの」
「もしかして、頼み事って……」
「そういうこと」
「無理だ! 無理に決まってる! 第一どうやってあの悪霊を祓うんだよ!」
「しー! 声が大きい! 気づかれ……あっ」
「なんだよ、急に黙って……」
と、少女が向いている方を見ると、謎の人影がこちらを睨みつけていた。
「ナんダ貴様ら。われのじゃまをしようというのか?」
「いえいえ、そんなこと全然……」
「われをじゃまするものは……コロす!」
そう言うと、人影はサッと泉に近づくと左腰に差した刀を泉に向かって振りぬく。泉はとっさに避けるが、チクリと右腕に痛みが走る。
「痛った……」
右腕を見ると、そこには血がタラりと流れていた。
「言っとくけど、このままだとあなたは死ぬわ」
少女が冷静に言う。
「じゃあ、どうしろって言うんだよ! 刀持った相手に素手なんて……」
「黙って聞きなさい。一つだけ解決策があるわ」
少女が話している間にも悪霊と呼ばれる人影は泉に向かってくる。
「あるなら早く教えてくれ!」
「いいわ」
少女は指を鳴らす。すると、悪霊の動きが止まる。
「一度しか言わないわ。ちゃんと聞きなさい」
「あ、ああ」
「私と契約して。そして、意識を融合させる
の。オッケー?」
「……は?」
「だから、私と契約しろって言ってんの」
「……断ったら?」
「死ぬ。でも私と契約すれば死ぬ確率はグンと減るわ」
「死ぬことに変わりはないってことか?」
「そうなるわ。でも私とあなたなら大丈夫」
「でも……」
「早く決めなさい。じゃないとあいつが動き出すわ」
「……分かったよ」
「契約完了。さっ、私と意識を融合させましょ」
そう言うと、少女は泉の体に入り込む。
「ぐっ……」
その瞬間、泉の頭の中にたくさんの風景が一瞬浮かび上がる。暗い部屋に明るい景色などが流れてくるが全てを認識する前に現実世界に意識が戻る。
「今のは……」
『良いから、今はあいつに集中する』
泉の中から少女の声が聞こえる。そして、活動を再開した悪霊が言う。
「ナにオした……」
『良い! あんたはこれから私たちに倒されるの。覚悟しなさい!』
と、泉の口を乗っ取って少女は言う。
「お、おい!」
『カッコイイでしょ~』
「そういう問題じゃないだろ!?」
そんなことを話していると、悪霊が走ってくるのが見えた。そして、刀を振り下ろす。それを泉の体は軽く避ける。
「すげー、体が軽い……」
『感心してないでこっちも攻撃するわよ』
「攻撃って、どうするんだよ」
『右手に光の剣を創るイメージをしてみて』
「右手に剣を創るイメージ……」
すると、右手に光の剣が創られる。
「おぉ、出来た」
『それで攻撃すれば悪霊を祓えるわ。動きのサポートとかは任せなさい』
泉は、昔習っていた空手の構えを取る。悪霊と数秒睨み合い、泉は一気に悪霊の体に近づく。だが、悪霊は短刀を左手で振りぬく。
泉はこれを強化された反射神経で避けるが、わき腹に一筋の血が流れる。
「ちっ」
泉は舌打ちをする。
『急に動きが早くなったわね』
「どうする?」
『私が動くからあなたは体を委ねなさい』
「……怪我させんなよ」
『分かってるわよ。私に任せなさい』
泉が体の力を抜くと、泉の目の色が黒から赤色に変わる。
「さぁて、あんたを切り刻んでやるわ!」
少女が乗っ取った泉は地面を思いっきり蹴ると衝撃で床の板に穴が出来る。
『おいおい、学校壊すなって!』
「良いから黙ってなさい」
泉の反論は虚しく終わってしまう。
泉の体は悪霊の間合いに一瞬で入り込むと、光の刃で両腕を切り落とす。
「ぐァアア」
「その耳障りな叫び声、やめてくれない?」
少女がそう言うと、悪霊の首が上空に飛ぶ。そして、悪霊の体は床に崩れて消える。
「いっちょあがり」
少女が泉の体から出てくる。
「すげー……」
「当然よ。でも、あなたにはこういう奴をこれから毎日倒してもらうんだからね」
「嘘だろ!?」
「嘘じゃないわよ。後片付け私がやっとくから、あんたはもう帰りなさい」
少女にそう言われ、泉はスマホの時計を見る。画面には「21時30分」と表示されていた。家を出た時間が十九時過ぎなのを泉は思い出す。
「やべぇ、怒られる……」
泉は急いで昇降口へと走る。泉の姿が消えるのを確認した少女は、
「あっ、名前言うの忘れてた。まっいっか。明日言えば」
そう言って、少女は煙のように消えていった。
◆
◆
街灯が等間隔にある道を泉が走っている。
「これから課題もやんなきゃいけないのにぃ」
泉は息を切らしながら言う。
学校に課題を取りに行っただけなのに、変な幽霊に絡まれた挙句、悪霊を倒させられることになるなんて思ってもいなかった。
目の前の信号が赤になったことを認識した泉は足を止め、少し考える。周りの景色は日常的なのに自分が今まで通ってきた学校が急に非科学的な空間になってしまったことに戸惑いが隠せなかった。
「……」
泉は右手を見つめる。光の剣が出るイメージをもう一度するが、光の剣は出てこない。すると、信号が青になったことを知らせる音が鳴り、信号が青になっていることに泉は気づく。点滅しはじめていたので泉は急いで横断歩道を渡る。
十分ほど走ると泉の自宅が見えてきた。周りには一軒家が立ち並んでいるが、泉の自宅は一目でわかるぐらい豪邸だった。
泉はアルミで出来た門を開けて玄関を通る。
「ただいま」
「おかえり。遅かったわね」
エプロンに身を包んだ女性が正面の扉から出てくる。
「七時に家出たわよね。なんでこんなに遅くなったの?」
時計を見ながら女性は言う。
「……なんで母さんにそんなこと言わないといけないのさ」
「……まぁ良いわ。早くご飯食べちゃいなさい」
母親はキッチンに消えていく。
「はぁ」
泉はため息を吐き左の扉を開けリビングに入る。リビングのテーブルには、料理が置かれていた。
料理が何か確認しないで泉は口に料理を運ぶ。塩っぽい味がして少し喉が渇いてきたのでポットに入っている水をコップに注ぐ。氷水の冷たさが喉を通る。
早々と食事を済ませ、部屋に戻る。明かりをつけ、机のそばにある椅子に座る。
「ふー」
泉は息を吐き、目を閉じる。すぐに目を開け、泉は机に置いたテキストを開き、課題に取り組む。課題自体はそんなに難しくないが、いろいろなことが頭を巡りなかなか筆が進まない。
「寝よ」
泉はおもむろに制服を脱ぎ捨て、部屋着に着替える。ベッドに潜り眠った。
翌朝、泉はいつも通りに起きて学校へ向かう。学校に着いた泉は、昨日戦闘があったホールへ向かう。そこには、あったはずの傷がなくなっており綺麗だった。やっぱり夢だったんだと思い、泉が教室に戻ろうとした瞬間、
「あら、あの時の坊やじゃない」
と、あの時の少女の声が聞こえる。
「うわっ!?」
「ふふっ、面白い声出しちゃって」
「……」
「なんで幽霊がお昼に出てるんだ? みたいな顔してるわね」
「……」
「私はちょっと特殊な事情でね。お昼にも出れるのよ」
「聞いてねぇよ」
「酷いわね」
「俺、教室戻るから」
泉はその場から去ってしまう。
「あっ、ちょっと……人の話ぐらい聞きなさいよぉ」
少女は不貞腐れた顔で言い消えていく。
泉が教室に戻ると、HRの開始を告げるチャイムが鳴る。泉は急いで窓際にある自分の席に着く。
「あら、こんな時間まで何してたの?」
右隣から女子が話しかけてくる。
「なんだよ。三輪」
三輪と呼ばれた少女は笑う。
「なんでもないわ。ただ、いつも静かに座ってる泉君がいないんですもの」
「俺だって、たまには歩きたくなるんだよ」
「ふーん」
三輪は軽くあしらう。すると、教室の扉が開き、青いジャージに身を包んだ男性教師が入ってくる。
「HR始めるぞぉ。委員長、あいさつ」
「起立、礼、着席」
その言葉とともにHRが始まる。五分ほどしてHRは終わる。一限まではまだ十分ほどあったので、泉は用を足すために教室を出ようとする。
「泉君、どこ行くの?」
「トイレに行くのになんで、お前の質問に答えなきゃいけないんだよ……」
「ただの好奇心よ。なんでかなぁって」
「俺が知るか」
「……冷たいのね」
三輪が悲し気な表情を浮かべるが、泉はそれを無視して廊下に出る。
泉が用を足し教室に戻ってきたところで一限目の開始を告げるチャイムが鳴る。廊下にいた生徒たちが教室に戻ってくる。
「はい、授業始めるわよ~」
二十代ぐらいの若い女性教師が入ってくる。
また三輪が号令をし、授業が始まる。
「では、教科書の八十七ページを開いてください」
◆
◆
『キンコーン、カンコーン』
五十分が経ち、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「はい、これで授業を終わります」
女性教師が言う。すると、三輪が起立を促し、礼をする。その数秒後、静かだった廊下が騒がしくなる。
泉は、特にやることもないので机に突っ伏す。十分間だけでも眠りの世界に入りたかったからである。
「泉くーん。おーい、泉くーん」
三輪が泉の肩をつつく。
「頼むから寝させてくれ」
「釣れないわねぇ」
「何か俺に用でもあるのかよ」
「いいえ。特にないわ」
「なら寝る」
泉は本格的に眠りの世界に入る。
「……」
三輪は泉の肩を小突いてみる。
「すー、すー」
泉は寝息を立てていた。
泉の反応のなさに懲りた三輪は自分の席に座る。
「ったく。少しは構ってくれてもいいじゃない」
チャイムの授業とともに目が覚める。教室には生徒が戻ってきており、二時間目の担当である男性教師が入ってくる。
「ほら、始めるから早く席着け~」
と、優しい声が教室に響き渡る。
プリントを解くだけの数学の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。泉はまた、眠りにつこうとする。
「ねぇねぇ」
「嫌だ。寝る」
「まだ何も言ってないけど?」
「絶対、何か頼まれるから嫌だって言ったんだけど?」
「あら、私の考えてることが分かるの?」
「るっせぇ。寝かせろ」
「もしかして、照れてるの?」
「照れてない。」
「素直になったら?」
「別に素直になろうなんて思ってない」
三輪は少し残念そうな顔をする。
「俺はそういう顔する奴が好きじゃないんだ。やめてくれ」
「へぇ、初めて知ったわ」
三輪は残念そうな顔を笑顔に戻す。
「……分かったよ。昼飯は一緒に食べてやる」
「ありが……」
「だけど、今後休み時間、俺に話しかけないでくれ」
泉は遮って言う。
「……なら良いわ」
先ほどの笑顔が一気に暗くなり、三輪は廊下に出ていく。
「……」
泉は、まずいことをしたなと思いつつも眠りにつく。
チャイムと同時に目を覚ました泉は反射的に隣を見る。そこには三輪が何事もなかったかのように座っていた。
日本史の授業も憂鬱なまま五十分が終る。休み時間中、三輪は話しかけてこなかった。そして、四時間目の化学の授業が終わり、昼休みに入る。教室には弁当を食べる者もいれば、食堂に行く者もいるが、泉は食堂に向かう為に立ち上がる。
「なぁ、三輪」
「……」
「無視すんなよ……」
「……なによ」
「昼飯、一緒に行かないか? さっきのお詫び……のつもりなんだけど」
すると、三輪の顔が一気に明るくなり、
「良いわよ」
と、三輪はノリノリで食堂に向かっていく。
◆
◆
食堂には、多くの生徒と教師がいるが、まだ座れるぐらいだった。
「泉君は何食べるの?」
「別に、なんだっていいだろ」
泉はラーメンのセットの食券を購入する。
「私もそれにしよっと」
と、三輪もラーメンセットを選ぶ。泉はそれを不思議そうな目で見る。
「何よ。女の子がラーメン食べて何がいけないの?」
「いや、ちょっと意外だなって」
泉の言葉を聞いた三輪は特に何も言うことなく係員のおばちゃんに食券を渡す。おばちゃんは朗らかな顔でそれを受け取り、番号札を渡す。泉もそれに続き、おばちゃんに食券を渡し、番号札を貰う。
三輪を見失わないようにしながら、泉は歩く。だが様々な体格の人がいるのでなかなか進まない。なんとか三輪に追いつき、向かい合わせに座る。
「隣座ったって良いんだよ?」
「お断りします」
「えぇー」
「えぇー、じゃない」
その時、二人の番号が呼ばれる。
「俺が取ってくるよ」
と、泉が立ち上がる。
「いってらっしゃい」
三輪は手を振って見送る。泉はそれを黙って受け流してカウンターへ向かう。また人混みを掻き分けながら進みカウンターへたどりつく。
「はい、ラーメンセット二つ」
白いエプロンに包まれたおばちゃんがラーメンセットが乗った大きなお盆を渡してくる。泉は来た道を戻りテーブルにお盆を置く。
「ありがと」
「どうしたしまして」
「いただきます」
泉は割り箸を割って言う。
「いただきます」
三輪もそれに続く。
◆
◆
『ごちそうさまでした』
十分ほどが経ち、二人は同時に言う。
「俺が片付けてくるから三輪は先に戻ってていいよ」
「あら、ありがと。じゃあお言葉に甘えて」
三輪は席を立ち食堂を出ていく。泉は器をお盆に乗せ、返却口へと持っていき、カウンターにいるおばちゃんに渡す。
泉が食堂を出ると、入り口近くの壁に三輪が寄りかかっていた。
「先に戻ってたんじゃないのかよ」
「別に。一人で戻るのが嫌だっただけよ」
そう言って三輪は歩き出す。泉もそれに続く。しばらく、沈黙が続いた。騒がしい廊下だったが、二人の足音が鮮明に聞こえてくる。泉は声をかけようとするが、話題が何も出てこない。
「……」
気まずい雰囲気を感じながら歩く。教室までの道のりがやけに長く感じた。教室に戻ると、三輪は自分の席に座る。泉もそれを見ながら席に座る。すると、前の席に座っていた菅原が話しかけてくる。
「なぁなぁ」
小声できたので泉も小声で返す。
「なんだよ」
「お前、三輪と飯食ってたの?」
「そうだけど?」
「羨ましいねぇ」
「はいはい」
その後は何もなく一日が終わった。
◆
◆
夜になり、昨日戦ったホールに泉はいた。
「出て来いよ。いるんだろ?」
すると、目の前の柱の陰から少女が出てくる。
「で、今日の敵は誰なんだ?」
「……今日は、一年生の教室よ」
すると、少女は泉の左肩を掠めるように通り過ぎていく。
「お、おい! ちょっと待てよ!」
泉は少女を追いかける。
「なぁ、聴きたいことがあるんだけど……」
「なに? 悪霊倒してからじゃダメ?」
少女は止まり、泉の方を向く。
「いや、別に構わないけど……」
「そう。なら行くわよ」
そう言うと、少女は再び前を向き歩き出す。
ホールのある校舎の下の階に一年の教室がある。少女は「1年2組」とプレートが下げられた教室に入っていき、泉もそれに続く。
教室には、両手がハサミになっている、人型の影がいた。
「これが、今回の敵?」
「そうよ。さぁ、今日も意識を融合させましょ」
少女が泉の体に入る。その瞬間、またあの景色が浮かびあがるが、また全てを認識する前に現実世界に意識が戻る。
『よーし、今日も行くわよ!』
少女が泉の意識の中で言う。泉は右手に意識を集中させて光の剣を発生させる。
「ぎぃああああああ!」
悪霊は、奇声を発して机を薙ぎ払いながら泉に向かって突進してくる。
「ほっ」
泉は悪霊が体がぶつかる瞬間に飛び上がり悪霊の後ろに回る。そして、光の剣が悪霊の胴体を切り裂く。
「ぎゃああぉおおあああ!」
全身が半分になった悪霊は凄まじい奇声発する。それに泉は思わず右手の剣を消して耳を塞ぐ。
それを見た悪霊は最後の力を振り絞り、左手のハサミで右手を切断し左手を使い投げ飛ばしてくる。
泉はそれを認識すると、とっさに体を反らし回避する。ハサミは窓に当たる瞬間に消え去り、悪霊の体も消滅する。
悪霊の消滅を確認すると、少女は泉の体から出てくる。
「今日もご苦労様。ありがとね」
「……なぁ」
「何?」
「名前、教えてもらえないかな」
「えっ、なんで?」
「……その、なんて呼べばいいか分からないからさ」
「それもそうね。……私はコユキ。気軽にコユキちゃんと呼んでね」
コユキはクルクルと周り、白いワンピースがふわりと浮く。
「……」
「何よ。あんたが教えろって言うから教えたのに。早くコユキちゃんと呼びなさい?」
「コ、コユキ……ちゃん」
泉は顔を赤らめて言う。
「あはは! 面白いのね。あんた」
「そうだ、もう一つ良いかな」
「良いわよ」
「昼、素っ気ない態度取って悪かったな。謝るよ」
「別に良いわ。気にしてたの?」
「ま、まぁ」
「意外に可愛いところもあるのね」
「なっ……!」
「まっ、今日はこれくらいにしてあんたは帰りなさい。後片付けは私がしておくから」
「あっあぁ、また明日」
泉が教室を出たのを確認したコユキは右耳に手を当て、
「本部、コユキです。明日、水上泉を本部に入れます。……はい。了解しました」
コユキは右手の人差し指をクルクルと回す。すると、散らばった机や椅子がもとに戻り、傷も修復される。教室の復元を確認したコユキはドアをすり抜け、消えた。
そして、夜が明けた。
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