第15話 ミッション・コンプリート
強盗が押し入ったその夜は、警察の事情聴取があり、再びベッドに入ったのは明け方だった。じっと横になると、疲れが襲ってきていつの間にか眠りに落ちていた。ノックの音がして、ぎくりとした。
「おはようございます、早坂です。朝食の準備が整っています」
昨夜の怪我の治療のため、病院で八針も縫ってもらったのに、この人の仕事に対する誠実さはすごいものだ。
「ハイ、今行きます」
私は、急いでパジャマを脱ぎ、Tシャツと短パンに着替え、階下に走った。
体はだるかったが、気持ちは晴れ晴れとしていた。
「おはようございまーす」
「おはよう。疲れたね。僕はほとんど眠れなかった」
「また強盗が押し入ってくると思いましたか?」
「そうじゃなくて、自分の不注意で二人を危険な目に合わせてしまい、申し訳なくて……」
「響さんのせいじゃないですよ。私が軽々しく電車の中で話をしたからです」
早坂さんが、片腕に包帯を巻いた手で、ベーコンエッグにサラダの付け合わせの付いたお皿を置いてくれた。
「お皿洗いは私がやります。気が付かなくてごめんなさい」
「いいえ、大丈夫ですよ。もうすぐ会長がお見えになります」
パンを頬張っていた響さんの手が止まった。
「何、爺ちゃんが来るって!」
口の中に食べ物を詰めたまま、喋っている。
「ハイ、さようでございます」
早坂さんが答えた。
私たちはミッションが終わるのではないかと、淡い期待をしながら、箱根の清涼な空気を味わいしばらくのあいだ、再びからくり家具をいじりながら過ごした。
部屋へ戻り、持ってきた中で一番きちんとした服を選んだ。たった一枚だけ持ってきたワンピースだ。クロゼットを開け、ふと中を見てあちこち触ってみた。ほんのちょっとだけ木目がずれているところがあり、ぐっと押してみると動き、何と壁だと思っていたところが向こう側に開いたのだ。そこには、響さんの姿があった。
「あれ、なにしてるの? このクロゼット、通路になってたの?」
「ここもからくり戸だったのよ」
「よくできてるなあ」
「響さん、これで本当に一安心です」
私は、昨日の恐怖と、これまでのことが頭の中にフラッシュバックして、熱い思いが込み上げてきて、涙がこぼれた。
「めぐるさん、怖かったでしょう。もう大丈夫です」
響さんが私を抱きしめてくれた。響さんの腕は暖かく、私を包み込むようだった。胸に顔をうずめていると、涙が溢れ出てきた。
「怖かった……。昨日は、死ぬかと思いました」
「めぐるさんとこのミッションが出来てよかった。最高のコンビでした」
「わたしも! 今までの自分が、変わったような気がします」
私たちは、暫く抱き合っていたが、私がワンピースを着ているのに気が付いた響さんは、じっと上から下まで眺めていた。
「あれ、着替えたんだね」
「会長がいらっしゃると聞いたので」
「最初のミッションの時に着てきたワンピースでしょ?」
「そう。あの時は、山の中なのにハイヒールを履いてきたしまい大変でした」
「そうだった。もうずいぶん前の事のような気がするけど三週間しかたっていないんだね」
「私にとっては、ものすごい経験でした。まだミッションがあるとしても、響さんとならやれそうです!」
「僕は、初めからめぐるさんとならできると思ってた」
私の眼からは、再び涙が溢れた。
会長がやってきた。
「めぐるさん、響、早坂さん、三人にはとんでもなく危険な目に合わせてしまった。こんな事態になるとは予測できなかった。しかし、三人で力を合わせて、よく三つのミッションをやり遂げた。お疲れさま」
会長は、ひと呼吸して三人を見回した。
「ミッションは、これで終了だ! ご苦労だった。初めから三つだった。二人には言わなかったけどな」
「えっ、じゃあ早坂さんは知っていたの?」
「いえ……はい、実は私は存じておりました」
「なんだ、水臭いな。僕には言ってよ」
「それは、会長から、口止めされておりましたので」
「で、結婚のことは? どうなるの?」
響さんは、会長の顔をじっと見ている。
「それは、爺さん同士が勝手に決めるのは、もやはり時代錯誤だな。お前たちに任せる! 二人で考えなさい」
「はっ、そう言うことだったの?」
響さんは、虚を突かれたような顔をして、私の方を向いた。
私も、そんなもんなのかな、身分違いだし、分かっていたはずだと思い、納得していた。
「もう一度だけ言う。お前たちに任せる。初めにもそう言ったはずだが」
そういえばそうだった。
「私、自分の勉強不足が、つくずく分かりました。知らないことが多すぎます。これから勉強することにします」
「えっ、めぐるさんはそのままでもいろいろなことを知っているのに。それに勘がいいから何とかなる。これまでも勘だけで何とかなったじゃない?」
「勘だけじゃ不確かでしょ。私は身に沁みてわかった」
「じゃあ、めぐるさん、改めて僕と付き合ってくれませんか。暫く婚約の事は置いといて。それでいいでしょう」
私は、その言葉を聞きしみじみと嬉しくなった。
「はい、よろしくお願いします!」
私たちは、親同士が決めたからではなく、これからは自分たちの意思で付き合うことにした。
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