第14話 侵入者

 私も響さんも、その日は興奮して、ミッションが成就できたことで舞い上がっていた。まだ明るいので、外のテラスで食事をすることにした。 


「ミッションが成功したお祝いだ。ワインで乾杯しよう。いいだろ早坂さん?」

「まあ、よろしいでしょう。肉料理によく合う赤を用意しましょう」


 早坂さんは、いつの間にローストビーフを用意してくれていた。


「乾杯、これで終わりだといいね」

「めぐると呼んで下さい!」

「めぐる! 早坂さんもたまには一緒に食べよう」

「よろしいですか?」

「そうしましょう。是非」


 私も勧めた。


「じゃあご一緒しましょう」


 テラスでの食事は、格別だった。食事を終えると三人で食器を中へ運び、私と響さんは部屋へ戻ることにした。夜が更けると、周囲に人家がないせいか、あたりは真っ暗になり、星が明るく瞬いていた。ベッドに入っても、あまりの静けさと暗さで、かえって目がさえて眠れなかった。


 カタリと音がして、ドアノブが回る音がした。ひょっとして、響さん。でも、何の前触れもなくこんな夜中に来るだろうか。私は、驚いてドアノブに注目した。すると、ドアはすっと開き黒っぽい服装をした男が入ってきた。はっとして、人を呼ぼうと口を開きかけた時、男の手に光るものが見えた。私は最悪の事態を予感し、ベッドの後方へ張り付いた。咄嗟に立ち上がることが出来なかった。すると男は小さいが低いだみ声で言った。


「声を出すな! おとなしく言うことを聞けば、手出しはしない」

「何がのぞみなのっ?」

「小判を渡せ! お前たちが見つけ出したことは分かっている!」


 男はさらに近寄り刃物をこちらへ向けた。いつの間に、誰からこのことが伝わったのだろうか。男の注意を他へ向けさせるにはどうしたらいいのだろうか。


「ここにはないわっ!」

「どこにある! 隠し場所まで案内しろ」

「わかったわ。だから刃物は締まって!」


 男は、パジャマ姿の私の腕を強く掴み、廊下に引きずり出した。ああ、何とか二人が気がついて警察へ連絡してくれないだろうか。カギを渡してせっかく苦労して見つけ出した小判を採られてしまったらどうしよう。自分の身が危ないとわかってはいても、小判を取られない方法を考えた。しかし、相手は鋭い刃物を持っている。結局私は何もできずに隣の響さんの部屋をノックした。私の口調で危険に気付いてほしい、と念じながら怯えた声で言った。。


「私ですっ! めぐるです。開けてくださいっ!」

「どうしたんだ。俺に会いに来たの、やっぱり」


 切羽詰まった声が聞こえて焦ったのか、ガタガタと音がして、すぐにドアが開いたが、響さんは無防備なパジャマ姿で、武器になりそうなものは持っていなかった。


「おい、彼女にケガさせたくなければ、小判を出せ!」


 男は私たちに見えるように再びナイフを振り上げた。私は至近距離で首にナイフを当てられた。さらに強い力で腕を締め上げられ、抵抗することは全くできなかった。


「ひっ、響さんごめんなさい。私のせいで……」

「わっ、分かった! 手出ししないでくれっ! 今鍵を出すから」


 響さんは、机の引き出しを開けて、鍵を出し男に見せた。その間もずっとナイフをちらつかせたまま。


「小判のある場所まで案内するから、乱暴はやめろ!」

「早くしろ!」

「一階まで、ついて来てくれ」

「さあ、もたもたするな。急げ!」


 男は、私の手を強くつかみながら廊下へ引っ張っていった。書斎のクロゼットを開け、響さんは金庫の鍵を開け、小判の袋をぎゅっと掴むと男の方へ差し出した。終始無言だった。


「ダメ! 渡さないでっ!」


 と、私が叫ぶよりも早く、男は袋を掴んだ。


「今までの苦労が、水の泡になってしまうわ!」


 男は、さらに私の腕をひねり、引っ張りあげた。書斎から外に出るドアを見て、私はそちらへ引っぱられ連れていかれた。脚を踏ん張って抵抗しようとしても、終始ナイフをこちらへ向けてくる。男は後ろ手にドアノブを回している。が、ノブを回し押しても、ピクリともしない。

 その隙をぬって、早坂さんが私の手を掴もうとしたが、男は早坂さんの腕にナイフを当て、すっと引いた。腕からすーっと鮮血が流れて、床に流れた。


「早坂さんっ。駄目よ、手を出さないでっ」


 私は、犯人に腕を掴まれたままドアの前でうずくまった。再び男は扉と格闘している。


 これも、からくり戸なんじゃ? 


 普通に開けたんじゃ開かないんだわ!


 どこかに仕掛けがあるはず!


 私は床にへたり込みながら戸をじっと見た。集中するのよ、何か手掛かりがある! 男は私の腕をつかみながらも蝶番の方をいじったり、力ずくで押したりしている。私はその時一番下の蝶番に秘密があるのではないかと思い、イチかバチか動かしてみた。それは、なんと、下へ動き、動き終わったところで戸がぐらりと動きそうになったのだ。


「向こう側へ押して出るんだ」


 響さんが、叫んだ。


 私は、思い切り、戸の下側を出口の方向へ押した。扉は、真ん中で横に停められているだけで、真ん中を軸にして上下が回転するようになっていたのだ。下の蝶番を外したことで、それが可能になったのだ。

 扉の下側を向こう側へ押したことで、上側は男の方へ思い切り振り降ろされた。こんな扉は見たことがなかった。


「あっ」


 がん、という鈍い音と共に男は崩れた。扉の上が手前に傾き、男は頭部を強打した。予期せぬ扉の動きに、男はなすすべがなかった。頭からは、鮮血が飛び散り、顔面は血まみれになっている。


「うーっ! 何だよ、この戸は……」


 男は唸り声を出し横たわったまま、気絶してしまった。


 早坂さんは、男に切られた腕の傷を押さえ必死で止血していた。私たちは、顔面血まみれで横たわっている男を見下ろし、警察に連絡した。男は、そのまま救急車に乗せられ警察官とともに、病院へ向かった。


 その後の取り調べで、男は東海道線の車内で、私たちが小声で話している小判の話を聞きつけて、後を付けてきたことが分かった。小田原からのバスにも一緒に乗り、私たちが下りて歩き出したのを見て、次のバス停から戻り同じ道をたどってきたそうだ。


 男は現在失業の身で、何かいい話はないかと思っていた矢先に、小判の話を聞きつけて後を付けてきたということだった。夕食を外で食べていたので、キッチンの扉から中へ入りナイフを持って人気のないところに隠れていたらしい。古民家で、暗いうえに死角となる廊下やトイレなど、隠れる場所はいくらでもあった。私と響さんは、もっと慎重に行動すべきだったと反省することしきりだった。


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