第10話 カンタを見つけた!
今日は朝から空はどんよりと薄暗く、ニュースによると台風が接近しているようで、雨や風が次第に強くなり、岩に打ち付ける波の音が聞こえてくる。窓から見える海は白くうねり、波しぶきを上げていた。
「台風が通り過ぎるのを待つのが賢明かと思います」
執事の早坂さんが空を見ては心配している。朝食を終え、手紙を取り出し三人で読み返していた。
「キーワードは、親友、カンタ、話したり遊んだり、幼かった、ということ。それと最後に写真を撮ってきてくれというミッションがあります」
響さんがうーんと唸り、もう一度声に出して繰り返した。
「なぜ写真を撮ってくれとしかないのだろう。親友を見つけ出したら、ふつうは連絡先を聞き、会う約束をするだろう」
私たちは大きな勘違いをしていたのではないだろうか。私と響さんはほぼ同時に声を上げた。
「そう、カンタさんは人間ではない!」
顔を見合わせて、うなずき合った。人間以外のもので、お互いを認識することができ、しかも言葉を発することができる動物。私はすぐにでも飛び出していきたかったが、この暴風雨では、聞き込みをするのは難しそうだ。
「台風が去ったら、行動開始だ」
「はいっ、そうしましょう」
執事の早坂さんは、紅茶をいれると自室へ戻っていった。私たちはソファに座り紅茶をすすった。
「めぐるさん。今回のミッションもクリアできそうな気がしてきました。僕たちいいコンビですね」
「そっ、そうですね。きっとうまくいきますよ」
「君もそう思うでしょう」
響さんは私の横にぴったりくっつくと、勝手に肩に手を回してきた。
「強い味方がいてよかった」
急な接近で驚いてはいたが、それほど気分は悪くなかった。二人は波しぶきが上げる音を聞きながら、ソファに体を沈めた。私たちは、いつしか強い仲間意識を持ち始めていた。
「私も、響さんのことを同士のように思えるような気がしてきました」
「じゃあこれからは、敬語を使わなくていいよ」
「そうします」
「緊張感が取れてきてよかった」
響さんは、私との距離を縮めようとしているようだった。でも、直接的な行動をとることにはまだためらいがあるのだろう。それ以上の事はしなかった。
コテージに閉じ込められてしまい、昼食は響さんが作ると言い出した。
「オムライスを作る。簡単そうだからな」
響さんは、キッチンに入り、エプロンをつけ玉ねぎを刻み始めた。
「簡単簡単、みじん切りだろ」
縦横方向に切れば、きれいに切れるはずの玉ねぎをあらゆる方向に切り刻む。水分も一緒にまな板の上で飛び散り、しまいには目が真っ赤になってきた。
「うわおっ、目が痛い!」
汁のついた手で、目をこすったからたまらない。
炒め始めてからは、恰好つけてフライパンをゆするものだから、玉ねぎが周りに飛び散っている。
「卵にはちょっと牛乳を入れてみよう」
ちょっとのつもりが、多量に入ってしまい、なかなか固まらずふわふわした卵焼きができた。それをぐちゃぐちゃの玉ねぎと炒めたライスの上に載せた。
「さあ召し上がれ、特製オムライス」
「いただきます。うっ、これちょっと塩辛いですよ。塩の入れすぎでは?」
しかも、べたっとして歯ごたえがなくなっている。昼食は調理実習で失敗した料理を食べたような惨憺たるものだったが、作った本人は一向にまずいとは思っていない。
「始めて作ったにしては、まずまずだな」
「今まで作ったことなかったんですか?」
「うん、いつも専門の料理人が作っているから」
その人に少しでも教わっておけば、少しは料理らしきものになったのに。今まで食べたことのない料理を平らげた。その日の夜半に、台風は北西方向に抜けていった。
朝になり外へ出ると、風で飛ばされた街路樹の葉が散乱していて、惨憺たる状態だった。そんな木々や枝の間を縫い、商店街の方向へ歩いてゆき、今度は空き地になっている家のことについて聞いた。食堂の隣が空き地になっていたので、店主に訊いてみた。
「私たち人探しをしていまして。カンタという動物を探しています。お隣は、どちらかに引っ越されたんですか?」
「隣のお宅は、高齢で、夫婦ともに施設に入りました。動物は飼っていませんでした」
こんなふうに何軒かをあたっていた。数件目の電気店の隣の空き地について聞いた時のことだ。
「隣の駄菓子屋のおばあさんが亡くなった時、飼っていたペットを動物園に持っていったようです。もうここは引き払うからと」
「ありがとうございます。響さん行ってみましょう!」
私は動物園に向かって走った。そうあの生き物、あれしかない! 私がかつて家で飼っていた……
「おーい、待てよ」
後ろから追いかけてきたが、さすが元陸上選手あっという間に追いつき追い越された。
私は、動物公園に入り、鳥類の檻の前に立った。名前を憶えているのね。
「しげるさん、しげる、しげちゃん」
思いついた呼び方で、鳥たちに向かって呼びかける。
「カンタ、カンタ!」
ここは、オウムや、インコなどが入れられている檻だ。
「おい、何してるんだ。呼べば答えるのか?」
「答えるんですよ! 一緒に遊んだぐらいですから」
一羽のオウムが首をかしげるような動作をしている。聞き耳をこちらへ向けて聞こうとしているのだ。
「カンター、カンター」
そのオウムは、声を出した。
「カンタ、しげちゃん、おはよう」
「響さん、あの子です。おじいさんの親友。近くに来たら写真を撮りましょうっ」
「よし!」
オウムは、長生きするものは六十年、七十年生きる個体もいるという。おばあさんは、幼い鳥を飼っていたので、亡くなって飼えなくなったことを知った息子さんが、動物公園で鳥を飼っていることを知り持っていったのだろう。飼育係さんに訊いたら、やはりオウムの名前はカンタということだった。
「カンタというのは鳥の事だったのか。わからなかったはずだ」
「名前を呼んでくれるというので、もしやと思ったんです。当たっていてよかった」
「今回は、めぐるさんのひらめきでカンタが見つかった」
「ミッションの二つ目も成し遂げられました。響さんのオムライスを食べたおかげだと思います」
「オムライスのお陰」
響さんは首をかしげた。
「そんなにおいしかったの?」
わたしたちは、写真を撮り終えると抱き合って喜び合った。
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