第8話 海辺のコテージ

 前回と同じ東京駅、東海道線ホーム。特急に乗り、伊豆方面に向かうことになり、約束の場所で響さんの姿を探す。響さんの性格は、前回の旅である程度つかめたつもりだったので、ラフな服装で軽いノリで反応しようと思う。


「いや、久しぶり! 元気だった」


 やはり、前回と同じ短パンにTシャツ姿だった。


「今回も、張り切っていきましょうっ!」


 私も、ショートパンツにTシャツ、サンダル履き、麦わら帽子を持ってきた。


「わっ、と今日はどうしたんだ。はっはー、ビーチで泳ぐつもりだね。準備がいい」


 響さんは、膝から剥き出しの足に視線を向けて、軽い感じで反応する。


「身軽な服装の方が、動きやすくていいと思って、今日は動きやすい軽装で来ました」

 二人の服装が釣り合っているようなので、それだけでほっとして胸をなでおろした。響さんの方は、私の足があまりにも露出しているのが気になるのか、ちらりちらりと視線をそちらへ向けている。

 特急列車に乗り込み、車窓を眺めていると、いくつかの川や田園風景を過ぎ、日の光に照らされて輝く太平洋が見え隠れしてきた。車内販売のアイスクリームに舌鼓を打ち、列車は海岸沿いの町を縫うように走り、二時間ほどで目的地に着いた。こんな車内販売は珍しいものになってしまい、とても贅沢な気持ちになる。


「着いたー! ここへ来るのは久しぶりだなあ。全然変わってない」


「まずはコテージに荷物を置いて、それから作戦を立てましょ!」


 私は響さんとは、もう古くからの仲間のような気持ちになっていた。商店街や旅館を通り過ぎた町はずれにコテージはあった。クリーム色の壁に、オレンジ色の南欧風の瓦が乗った温かみのある建物だ。扉を開けると、執事の早坂さんが迎えてくれた。


「お疲れになったでしょう。一休みしてください」


 荷物を置き、響さんの後に続いて窓辺に寄ると、外には大海原が広がっていた。


「ここら辺は、岩場が多いけど、ビーチの方へ行くと泳げるよ。商店街の向こう側にある」


 響さんは、またしても夏休みを過ごしに来たような余裕のある発言をした。


「聞き込みをするなら、商店街から回りましょうか?」


「あっ、もうその話になってるんだね? ちょっと休んでからにしない?」


 早坂さんが、うなずいて答えた。


「旅の疲れもあるでしょうし、少し休んでからお出かけください」


 用意してくれたケーキと共に、暖かい紅茶を飲んだ。お茶を飲み終わった頃あいを見て、響さんが言った。


「さあ、体力も回復したことだし、聞き込みに行こうか」


 甘いケーキを食べカロリーを補給し、体が元気になってきたのがわかった。


「なんだか刑事ドラマみたいですね。メモ用紙を持っていきましょう」


 二人が知り合ったとき、おじいさんの年齢はいくつぐらいなのだろう。幼かったけど名前を覚えられるぐらいということは、その子はやっと名前を覚えられるぐらいの年だったのかしら? だいぶ年下ということ?


「失礼ですが、おじい様の現在のお年は?」


「確か、七十歳、七十一才、まあそのくらいだと思う」


「そうするとお友達は六十代でしょうか?」


「そうだな。その前後位の人を対象に訊いてみよう」


 大きな商店街ではないが、聞き込みをするとなると大変だ。私たちはリュックを背負って、坂を下りた。商店街には、私たちから見るとまるで映画のセットのような昭和レトロなたたずまいの店が並んでいる。改装をしないまま現在に至っているのか、敢えて残しているのかはわからないが、丁度両親の時代にタイムスリップしたような感じだ。

 一件目の八百屋の店主は、奥でのんびりとテレビを見ていたて、呼びかけると店に出てきた。


「あのう、この辺りにカンタさんという方はいらっしゃいませんか。以前住んでいた人かもしれませんが」


 響さんが、部屋の奥へ声を掛けた。


「はいはい、お客さん? なに、カンタさんを探してるって? この辺じゃ聞いたことないなあ。商店街の名簿見てみようか」


 店主の男性は六十代ぐらいだろうか、名簿を一枚一枚繰って名前を見てくれている。ずっとここで商売しているのだろう。


「寛一さんならいるけど、カンタさんはいないなあ。もう亡くなってる人? それでも、商店街の人だったら名前ぐらいは聞いてるはずだ。なんせ俺生まれた時からここに住んでるから。聞いたことないな」


 はあ、もう最初で行き詰まってしまった。


「小学生の頃のじいちゃんの行動範囲だから、駅からコテージまでに絞られると思ったんだが……」


 響さんは、がっかりしている。一件目で手掛かりが見つかるとは思ってはいなかったが、古くから住んでいる人が知らないという返事を聞き、私も少しがっかりした。


「でも、六十代ぐらいの男性が、跡形もなく消えてしまうなんてありえません」


 響さんは、すでに足取りが重くなっている。私たちは次の店を探すべく、商店街を進んでいった。

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