第7話 ミッションその2

 朝食を済ませると、執事の早坂さんが、私たちに言った。


「会長からの伝言でございますが、まだお帰りにならないようにとのことです。これから指示があるそうですので」


「ここで待ってろってことか。じゃあ、暫く高原でゆっくりしていられるな」


 響さんは、夏休み最終日にもう一日休みを与えられた子供のように、笑顔になった。


「今日は、自転車でこの辺りを散策しよう。いいよね!」


「はっ、はい。私は初めての来たので、案内してください」


「僕もそんなに詳しくはないんだけど、大丈夫でしょ」


 別荘に用意してあった自転車に乗り、林の中の道へ出発した。自転車を飛ばすと、緑のフィルターを通って吹いてくる風が体に当たり、さらりと気持ちよく流れてゆく。ペダルをひたすらこぎ、林を抜け、商店が並ぶ街角に出た。


「ソフトクリームを食べよう」


「賛成です!」


 大きなソフトクリームの形の看板につられて、店先に自転車を止めた。私がゆったりとクリームの部分をなめていると、響さんはすでにコーンをぱりぱりとかじっている。


「慌てなくていいよ」


「あっ、はい」


「僕は、クレープも食べるから」


「そんなに食べるんですか?」


「美味しいからね」


 響さんは、クレープもぺろりと平らげた。帰り道も、自転車を飛ばし林を抜け、別荘にたどり着いた。

 着いてみるとやはり他の別荘に比べてもかなりの年月を経た建物のようで、風雨にさらされ、木目は黒っぽく変色している。しかし流石に怖いとは口に出せず、平静を装った。


「ここの別荘、どう見ても怖いよね。お化け屋敷みたいだよな」


 そんな気持ちを知ってか知らずか、響さんが口に出していった。


「ええ、まあそうですよね。ちょっと怖い気もしますが、今どきお化けは出ないでしょ?」


「いいや、出るんだ。僕子供のころ、ここへ泊っった時に子供の幽霊を見た。その子は、こっちへおいでと手招きしてた」


「やめてくださいっ! 滅相もない! 夜眠れなくなっちゃいますよ」


「まあ、最近は出なくなったけどね」


 私をからかっているのだろう。彼は、玄関を開け平然と中へ入ってしまった。


「響さま。お手紙が来ました。お読みしましょう」


『二つ目のミッションはこれだ。海辺のコテージへ行きなさい。私が子供の頃よく過ごしたところだ。以前そこで知り合った親友を探してほしい。彼とはよく話をしたり遊んだものだった。幼かったが私の名前を覚えて呼んでくれた。彼の名前は確か「かんた」といった。今でも生きているといいのだが、見つけ出して写真を撮ってきて欲しい。出発は一週間後だ」

 耳を傾けていた響さんは、手紙を受け取りじっと見つめている。


「手掛かりはこれだけか……場所と名前しかわからない。カンタさんの住所は書かれていない」

 

 雲をつかむような話だ。手掛かりが少なすぎる。私は、彼の眼をじっと見つめ返事をした。


「一週間後にまたお供します」


 行ってみてから考えるしかなさそうだ。


 別荘滞在最後の晩で、安心して寝付けるはずが、昼間聞いた子供の幽霊の話が忘れられず、何度も寝返りを打ち、目を開けた。トイレに行きたくなってしまった。部屋の戸を開けて廊下に出て、そろりそろりと進む。

 

 あっ、何か動いた! じっとしてみる。また、動いた! カサコソと横に動いている!


「幽霊がっ、出たー! こっ、こっ、子供の幽霊がいる――っ!」


 心臓の鼓動はバクバクとして、私は動けなりその場にへたり込んだ。一瞬目を閉じ、こわごわともう一度目を開けてみた。あれっ。また同じ動きをしている。人形が横にスライドしているような……


「そこに誰かいますかー?」


「いないよ――」


 廊下の隅の方から、響さんがそろそろと現れた。


「なんだ、もうばれちゃいましたか? 怖かったでしょ? 僕が作ったんだ。うまくできてるでしょ?」


 近づいてみると、人形の背にひもがつけられていて輪のようになっている。廊下の端に置かれた棒にひもが掛けられていて、紐を引くと人形が横にスライドするのだ。


「もう、こんな子供みたいな悪戯をして、怖いじゃないですか! 最初見た時は、本物の子供の幽霊かと思いました」


「怖かった? 昼間脅かしちゃったからね。大成功。さあ、もう幽霊は偽物だとわかったことだし、おやすみなさい」


 はあー、幽霊が出そうなほど古い別荘で、幽霊を出すなんて、何といういたずらだろう。幽霊が偽物だったことがわかり、ほっとしてベッドに入り眠りに落ちた。

 再び廊下でガタガタと物音がして目を覚ましたのだが、じっとしていると物音はやんだので寝てしまった。翌朝、響さんにそのことを話すと、全く気が付かなかったということだった。後から聞こえてきた音は一体、何の音だったのだろう。その音の方が気になり恐ろしくなった。私たちは荷物をスーツケースに詰め、幽霊屋敷のような別荘を後にした。

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