第6話 一つ目のミッションを成し遂げて
別荘に帰り着くと、本降りの雨になってきた。冷えた体に温かいお茶がありがたかった。
「この雨に打たれたら大変でした。ほんの少しの時間差でした」
執事の早坂さんが、心配そうに私たちの様子を見守っている。
「今日はいかがでしたか?」
私たちの表情をうかがっているが、二人が安どの表情をしているのでもうわかっているのだろう。
「鬼退治は、うまくいった。めぐるさんのおかげでね」
自分の手柄にしなくていいのだろうか。随分謙虚な人だ。私は彼の事が心配になる。
「響さんの勇気ある行動で、成し遂げられたんです。見つけたのは響さんでした」
私は、思った通りの事を言った。実際に彼の勇気がなければできなかったことだ。
「洞窟の中から鬼の顔が現れた時には、本当に恐ろしくて、足がすくんで動けなくなりました。響さんがいたから退治できたんです。もっともそれは自然現象によるものだと後で説明してくれたのですが……」
「めぐるさんもお優しいですね。ミッションをやり遂げたことは、旦那様にしかと報告します」
早坂さんは、私たちの事を観察している怖い人だと思っていたが、今の言葉で少し安心した。
「めぐるさん。一つ目のミッションはクリアできたようだね。明日は東京へ帰れるでしょう」
響さんは、ようやく温まってきたほほをほんのりと赤く染めて、手をすり合わせている。
「暗くなってきて、雷が落ちた時は正直ものすごく怖かったよ」
確かに自分のそばに落ちたら命の危険があるから、それが本音だったのだろう。
「響さんは慎重な性格なんですよ。危険を察知する感受性が強いだけです」
「めぐるさん、占い師みたいなこと言いますね。面白いな」
「鬼を見てパニックになって、沢に落ちたら流されていたかもしれません」
冷静でいられたのは、響さんのおかげだ。おそろいのウィンドブレーカーを着ていたのもよかった。
「本降りになってきました。僕、こんな雨の日に家で外を眺めるの好きなんです」
「どうしてですか?」
「自分が水の中にいて、その中を漂ってる感じがするでしょ」
ふーん、そうなのか。私は別の理由で、雨が好きだ。出かけるのがおっくうになり、家でゴロゴロして、まったり時を過ごすことができるからだ。バイトがない日だけ限定のお楽しみだったが。
「響さん、少々雨が強くなってきてます。まるで山小屋に避難しているような気分です」
雷鳴が轟き、雨粒が屋根に打ち付ける音が聞こえてくる。
「きゃあ、怖い! 今夜は暖かくして休んだ方がよさそうだ」
響さんは、ガタガタと震えだしている。彼はたくましいところがあると思うと、子供の様に弱気なことを言ったりする。そのアンバランスが不思議だ。次のミッションではどんなことが起きるのだろう。思案を巡らせていると、いつしか瞼が重くなってきて、次に目を開けた時は、明るい日差しがカーテン越しに差し込んでいた。ふーうっ、と伸びをして私は気まずくなった。
そこは、夜響さんと話をしていたダイニングルームだった。ソファの上で寝てしまったのだ。
「おはようございます。めぐる様。だいぶお疲れのご様子でしたので、声を掛けませんでした。響様がキッチンでお待ちです」
「ああああ、どうもすいません。急いでいきます」
私は顔を洗い、せめて着替えだけはしてキッチンへ行った。
「そのまま寝てしまったようです」
私は、響さんと目を合わせられなかった。
「気が付いたら寝てたんで、そっとしときました」
日ごろから寝相が悪いと言われているので、何と言われるのか、気が気ではない。
「あのう、私ずっとソファで寝てたんですよね」
「そうですよ。何かぶつぶつ言ってたんで、話しかけたんだ。そしたら、うるさいわねっ、て言われた」
「あああ、それは寝言ですから!」
「本当ですか。気に障ってることでもあるのかなあと思った。よだれも垂らしてたんで、拭いておいたよ」
響さんは、にやにやして私の顔を見ていた。たぶん本当の事なのだろう。面白い動物を見るような目つきをしていた。二人の好奇の目に晒されながら、朝食の時間が過ぎていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます