第5話 鬼の正体

 翌日もその翌日も朝早く起き、小鳥のさえずりを聞きながら朝食をとった。なにもなければこの上なく贅沢な時間なのだが、響さんの表情は今までの明るい天候とは裏腹に、日に日に曇っていく。


「今日こそは、きっと現れますよ。この天気、鬼が出そうじゃないですか」


 今日は、天気予報では所により雷雨がありそうで、朝から雲行きが怪しい。響さんが用意してくれたウィンドブレーカーを身に着けると、二人で顔を見合わせて思わず吹き出してしまった。


「黄色で、しかもお揃いなんて、目立ちますね」


 この色なら、少し離れてしまってもすぐ見つかるだろう。黄色は安全に配慮した色だ。


「暗い所でもすぐお互いがわかるように、こういう色の方がいいんだ」


 いつもより気温も低く、肌寒くなってきていて、雨が降らなくてもウィンドブレーカーを着て丁度よいぐらいだった。


 何度か歩いた道だが、薄暗くなるとやはり心細くなってくる。遠くの空がどんよりと暗い灰色の雲に覆われているのがわかる。


「山の上のほうでは雷雨になっているかもしれない」


 下流では雨が降っていなくても、上流で雨が降れば水かさは増してくる。目に見えない恐怖が胸の中に広がる。遠くの空に閃光が見え、雷鳴があたりを包んだ。ゴロゴロと地響きのような音がした。


「あと少し歩いたら、引き返そう」


 そう判断をしてくれてよかった。いつもの道を先頭で歩いていた響さんが叫んだ。


「おい、あれを見て! 沢の右側の窪み」


 いつもは全く水がないところに、今日は水たまりができている。


「鬼って、この窪みのことなのかな?」


 水たまりは、まさに鬼の顔をしていた。水がたまっていたから、鬼の顔だとわかったのだ。角もしっかり生えている。先ほどよりもさらに大きな雷鳴が聞こえた。


「近いな。急ごう」


 響さんは沢におり、お札を近くの木に張ろうとする。そのとき一陣の風が吹き洞穴から鬼の顔をした煙が立ち上り目の前に姿を見せた。

その顔は、牙をむき手にはカマを持ち襲い掛かろうとしていた。


「これでどうだ。お札だ!」


 リュックの中からお札を出し、鬼のほうに向けたが、びくともしない。


「これはどうでしょうか。水はこれには弱いはず!」


 私は持っていたタオルを、煙のような鬼をからめとるように振り回した。


「うわ、なんだ! やめろー!」


 地の底から響くような声がした。鬼の姿は、タオルに吸い取られて、タオルはびしょぬれになった。鬼の正体は、洞窟の中から現れた水蒸気の事だったのだろうか。私たちは中へ入って確かめてみることにした。

 慎重に木の枝につかまり、一歩一歩足場を確認して洞窟の中へ入った。思ったよりも内部は狭く、身を低くして湿った地面を一歩一歩進んでいった。すると、中には水の通り道があった。その流れてくる先を見て音のする原因が分かった。雷鳴や水の流れる音がこの洞窟の中で反射し、共鳴しているのだ。私たちを脅かした鬼の正体は、自然の作り出したものによって洞窟内に共鳴した音が作り出したものだった。響さんは内部の構造を調べてそんな説明をした。


「ああ、怖かった。もう鬼は退治できました」


「はい、鬼だと思っていた物を退治することが出来ました」


 タオルを絞ると、水滴が地面に吸い込まれていった。


「めぐるさんのおかげで、勇気を出して原因を解明することが出来ました」

 

 響さんは、お札を洞窟の中に置いた。その洞窟はちょうど鬼の顔をした池の、角が生えている方向にあったからだ。


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