第4話 鬼はどこに

 朝の空気は冷たかったが、窓から差し込む陽光で目を覚まし時計を見ると、針は六時を指していた。窓を開けて外を見ると、小鳥のさえずりが聞こえ、木の葉が風にそよぎ、木漏れ日が差し込んでいる。

 支度をして食堂で響さんに会うと、昨日よりはだいぶ元気な様子だった。朝の光が私たちに少しだけ勇気を与えてくれたようだ。


「さあ行きましょう。お弁当と水の準備はいいですね」


 リュックを背負って山歩きの支度をする。響さんは背が高くほっそりした体形だったが、重いリュックを背負っても、ぐんぐんと進んでゆく。脚の長さが違うので、ついて行くのが大変だ。


「山歩き、慣れているんですね。私の二歩が響さんの一歩分ぐらいです」


「それほどでもないよ。結構君もいい歩き方をしている。たいしたものです」


「響さん運動やっていましたか。とっても足が速いです」


「ああ、中学生からずっと陸上とテニスをやってたから、走るのは早い」


 高校を卒業してからは全くと言っていい程運動していなかった私のほうは、すぐに息が上がり、息苦しくなってきた。


「ちょっと休憩しましょうか? だいぶ林の中へ入ってきたようだし、木陰は涼しいですよ」


 響さんは私のほうを見て、立ち止まってくれた。私はほっとして立ち止まり、ひと息ついた。気を使ってくれているのがうれしいが、足手まといにならないようにしなければ……


「あの手紙、まさか本気にしてませんよね?」


 響さんはいたずらっぽい目を私に向けてきた。


「えっ、君はあの手紙は僕たちをからかっていると思ったの。僕は、本気にしてましたよ。やる気十分です!」


 ここで、響さんのこんな言葉を聞き、どうしたらよいのかわからなくなる。


「あっ、そうですね。本当ですよね。きっと鬼はいますから、退治しに行きましょう」


 鬼とは、何かの動物を例えているのではないだろうか。休憩を終えて立ち上がろうとしたその時、森の向こうの方でかさかさという音がして、二つの小さな物体が光った。


「何か動物がいるのでしょうか?」


「ああ、あれは野生の鹿です。この辺によくいるんだ」


「響さん。鬼に似ている動物はいませんか。鬼とは何かの動物のことじゃないで

しょうか。それとも何か他の物を例えて言っているのかも……」


 良いひらめきだと、得意げに話しかけた。


「イノシシかコウモリかな?」


 響さんは首をかしげる。それもちょっと違うかもしれない。


「こっちへ来て。この沢の水冷たくて気持ちよさそうだ」


 響さんは嬉しそうに沢へ降りていき、水をすくい飛沫を上げた。


「待ってくださーい。あっ」


 私は尻もちをつき、地面にぺたりと座り込んだ。


「大丈夫。ほらほらつかまって」


 響さんのほっそりしているが力強い手が私の両手を掴み、ぎゅっと引っ張り引き起こした。思いがけず近寄った横顔にどきりとした。長いまつげと笑うときゅっと上がる口元が目の前にあった。そんな私の気持ちには知らん顔で、私は沢の水に手を触れてみた。ひんやりとした感触が伝わってきた。

 それから更に歩いたが、結局この日は、鬼らしきものとは遭遇することなく、別荘へ戻ることになった。


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