第3話 ミッションその1

 一週間後の東京駅、新幹線ホーム。もらった乗車券を片手に長野方面へ行く車両の乗車口を探す。そして響さんはどこに?


「やあ、待った? なんだか遠足に行くみたいだよね」


 私は重大なことを決め、かなりシリアスな気分で来たのに、この軽いノリは何、と彼の格好を見ると、短パンにTシャツ、サンダル履き、リュックを背負い、スーツケースを転がしている。頭には野球帽が斜めに乗っている。

 私は、ワンピースにハイヒールを履いてきてしまった。


「そんな恰好で疲れない?」


 私は前回スーツで決めていた響さんに合わせようと、バイト代をはたいておしゃれをしてきた。


「なんだ、そういう服装でよかったの?」


「ハイヒールじゃ、歩くの大変だよ。うちの別荘山の中だから」


「前もって言ってください」


「何も聞いてこなかったじゃないか」


「そうでしたね……」


 新幹線の中で、響さんは紙袋の中からダブルバーガーを取り出して頬張り始めた。


「君も食べる? 一応もう一個買ってきたから」


「朝からダブルバーガーですか。ボリュームありますね」


「嫌ならいいよ」


 差し出した紙袋を引っ込めようとしている。


「ああ、やっぱりいただきます。スタミナ付けとかないとね」


 私は、少々無理をして平らげる。


 車窓の景色は、高層ビルから住宅、畑、森林へと変わっていった。一時間ほどで、別荘のある駅へつき、神妙な心地で下車する。標高が高いのだろう、清涼な空気が心地よい。


「着く前に行っとくけど、とっても古いから驚かないでね」


 タクシーに乗り込み、十分ほど林を進んだあたりまで来た。荷物を持っており立つと、樹木の陰に古びた建物が見えた。


「ここだよ。気をつけてね」


「ここが別荘……」


 別荘というよりお化け屋敷のようで、幽霊や妖怪がいるとしたら、こんなところに住み着いているのだろう、というような場所だ。


「ここね、我が家の別荘の中では一番古いんだ。中は外見ほど傷んではいないから安心して」


 響さんは、別荘までの道をすたすたと進んでいく。私は、スーツケースが土の中にめり込まないように持ち上げて運んだ。


「よいしょ。重いなあ」


 靴のヒールも土の中に食い込むみ、ワンピースにハイヒールを履いてきたことを後悔した。

 呼び鈴を押すと、この間家へ来た執事の早坂さんが迎えてくれた。


「響さま、めぐるさま、お疲れさまでございます。お手紙が来ております」


「ああ、ありがと」


 荷物を置くと、響さんは封筒の端を手で切りとる。


『裏山の沢には鬼がいて、かつてこの屋敷にもやってきて人間に危害を加えた。先代の執事は鎌で切り付けられて大けがを負ったことがある。その鬼を退治して頭の上にこのお札を張ってくるのだ。これは神社で鬼払いのお祓いを受けたお札だ。必ずこの地図を持っていきくれぐれも道に迷わないように気を付けるように』


「今までに聞いたことなかったなあ。とんでもないミッションだ。現実的じゃないし、できる気がしなくなってきた」


 響さんは弱気な発言をしている。鬼がいるなんて、本当にこのミッションは成し遂げられるのだろうか。ミッションそのものが、怪しいのではないか、と勘繰ってしまう。 


「ねえ、ひとまず部屋に入って作戦を練ろうか。何かいい考えが浮かぶかもしれないから」


「はい、了解です」


 執事の早坂さんがスーツケースを持って二階の部屋へ案内してくれた。廊下を歩いて行くと床の掃除はしてあるようで塵一つ無いのに、端の方をよく見ると蜘蛛の巣が張っていて、十センチ以上ある大きな蜘蛛がカサコソと動いている。


「ギャッ、俺虫苦手なんだよ。退治しといてくれなきゃ」


 響さんは私の後ろに隠れてしまう。先が思いやられるなあ、育ちが良いから虫を触ったことがないのか、と私はつまんで窓の外に放り投げた。


「げっ、君は虫を平気で触れるんだ。すごいなあ」


 変なところに感心している。しかも目じりを下げている。


「お部屋はこちらです。婚約者同士ですが、別々のお部屋をご用意していますのででご安心ください」


 婚約者? まだ婚約をしたつもりはないんだけど。早坂さんはこちらを向いてニコリと笑うが、笑うところじゃないと思う。


 部屋は、できた当時はしゃれた洋間だったのだろうとは思う。しかし、ベッドは古く、座ってみるとぎしぎしと音を立てた。クロゼットなどの家具も磨いてはあったが、かなりの年代物なので開けて見るとガタガタ音を立て、かび臭いにおいもした。部屋の中にも蜘蛛がいるのかと隅々を点検したが、もう蜘蛛は出てくることはなかった。しかし、蜘蛛以上に怖いものがいるような気がしてくるほどの古さだった。

 

 夕食後二人でテラスに出て外を見ると、暗闇の奥から不思議な力が働きかけて来るような気がして、さらに恐怖感が増した。


「俺のせいで、とんでもない話に巻き込まれちゃって驚いてるだろう? なんか迷惑かけちゃったね」


 申し訳なさそうな顔をしている響さんを見て、逆に気の毒になってしまう。彼は彼なりに家のプレッシャーがあって大変なのだろう。


「いいえ、響さんの方こそ大変です。私は失敗しても失うものはないから」


 響さんの表情が少し曇り、今までの気楽さが消えていくようだった。


「明日鬼退治に行くから今日はゆっくり休んでおこう」


 嘘のような言葉を発して、響さんは私を励ます。


「明日は頑張りましょう。鬼を見つけましょう」


 鬼退治なんて半信半疑だったが、できるだけ気持ちを平静に保ち、執事の用意してくれた夕食を摂った。


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