第18話 新たなカノジョ

 このぼく、この学校へ来てたから約一週間が経っていた。

 自然に経っていた。

 当たり前のように経っていた。

 怖いくらいに経っていた。

 必然のように、……それとも偶然かのように、

 「はん――」

 全く……

 この一週間で本当に何があった?




 ――それは、初日に、助けてくれた彼女、

 ――佐々昏ささくらさな。

 そして――保健室の先生。

 そして――一里塚いちりづか白愛はくあ先生。

 そして、

 ――岸城樹きししろき駿我すいが……

 ――早代乃さしろの出澄いずむ……

 ――なっちゃんこと白柳しろやなぎ菜津未なつみ……

 ――弐華井にしろい彩華さいかちゃん……

 と、出会った。

 この出会いが必然的だったら、怖いものだよな。誰かの計画で誰かの計算で手のひらの上で踊らされているんだぜ?

 逆にこの出会いが偶然だと考えたら、ぼくはものすごく運が良いのだろうか、それとも運が悪いのだろうか。

 それは、ぼくには分からなかった。

 どちらにしたって――終わったことなんだよ……




 

 ぼくの目の前にいるカノジョ。一対一の状態。まるで、対峙するかのように向かい合い。それに、周りには誰もいない。カノジョとぼくは椅子に座っている。このハニカムカノジョを目の前にした人は何て思うのだろうか。

 それは、多分……。可愛い、キレイ、美しいと思うのだろう。

 だけれども、だけれども、ぼくにはハニカムカノジョを見て可愛いやらキレイやら美人とも思わなかったとは言わない。ぼくが決して鈍感でも無神経でも無感覚でも無粋なおとこでは無い。平然として生きているただの一般人。……ただ……ただ、唯一、美人だと少し、ほんの少し間違って思ってしまった。理由は知らないが、ぼくが見た第一印象は多分これだろう。……多分間違っては無いのだろう。だけれども、やはり、本当に第一印象が美人なのかはぼくには分からなかった。

 先程の話に戻るのだが。カノジョとぼくは、何故一対一の状態で向き合っているのだろう。何の意味で、何の理由で、何の都合で、何の経緯で、どうして…………何かの伏線なのだろうか。何かの因果関係なのだろう、か。……分からない。そもそも、カノジョはぼくのことを知っているのだろうか。先程からぼくのことを見ている。ぼくもカノジョのことを見ている。凝視している。されている。

 そして、カノジョは微笑み、笑窪えくぼを作る。何故、カノジョは微笑んだのかはぼくには分からなかった。理解できなかった。

 この世界は分からないことだらけだ。そして、この世界の安楽高醜ルールすらも……それにカノジョがぼくの目の前にいる理由もわからなかったし、カノジョのことも分からなかった。

「――キミってさ――いやっ――すいくんって……」

 カノジョは急にぼくの名前を呼び、口を閉じる。

「――いやっ何でもない――」

 無理に笑顔を作り微笑むカノジョ。

 何故無理してまで笑顔を作ってまでぼくの目の前にいるのだろう。

 そして、

 ……そして、

 その目の前にしたぼくはなにも感じなかったとは言わないが、カノジョの瞳の奥には少し哀しげに見えた。尚、まだ続いている少し哀しげな瞳がぼくをずっと見てくる。凝視してくる。なにを目的として凝視しているのだろうか。

 本当にわけのわからないカノジョ。謎の多い女性。そんなこと、どうでもいいことなのだけれども……、投げ売りたいのだけれども。今は、ぼくにとってはとても大事なことで大切なことだ。

 ……正直に言って迷惑だ。迷惑――極まりない。

「――ね……翠くんは――《佐々昏さん》のことどう思っているの?本当はウンザリしているんじゃないの?面倒くさいとかダルいとか関わりたくないとか、色々と思ってない?……本当に何も思ってないの?…………ふうん。タダでさえ《佐々昏さな》と言う存在は物凄く強いのに……強すぎるのに……まるでヒーローだね。いや?ヒーローだと男の子か。《佐々昏さん》は女の子……だからヒロインになるのかな。なっちゃってるんだよね。まっ、そんなことはどちらでも良いや……簡単に言うとアニメ場の主人公、小説での主人公だね。っで、キミは――翠くんは《マイナス》なことしか思ってないよね。そう、マイナス。マイナス思考しかしてないよね?スゴイよ。……うん。スゴイよね。スゴすぎるよね。驚きだよ。オドロキ。受賞ものだよ。賞状はいっ」

 ぼくは答えない。

 そして、目を逸らす。

「そう、キミは《佐々昏さん》のことを興味を持ったり、《付き合いたい》――いや、付き合っているのか、《本人》……《佐々昏さん》からすればそうなのかもしれないが、キミ――翠くんは一体全体どう思っているのかな?――話が逸れたね。それで、好奇心とか無いのかな?一般の男性なら……必ず、必然的に自然的に有るものだよ。だけれども、キミは――翠くんは何故か、どうしてか、何も思わない。どうしてなんだい?ねぇ、どうして?――本当に謎で謎で仕方ないんだよね。ねぇ?どうして?……もしかして、羞恥心と言うやつなの?もし、そうなら恥じることは無いよ。だってさ、誰もが誰しもが異性相手に興味を持つことは普通なんだもん。うん。……なわけ、……ないよね。……だったら、……だったらさ、……どうして?……私には、分からないよ。理解しきれないよ。意味不明だよ…………」

 ぼくは無視をする。

「――本っ当に何も思ってないの?……本当に謎だよ。……どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、キミは……」

 …………。――――。…………――。

「――キミは《佐々昏さん》のことが本当は嫌いじゃないの?」

 カノジョは何の前触れもなく、なんの躊躇いもなく言った。

 そして、ぼくは黙ってカノジョを見続ける。

「――喋らないんだね。キミは《佐々昏さん》の話が出ると良く我を忘れてしまうよね。それってどうしてなのかな?どういうことかな?それは――《佐々昏さん》のことを考えている。想っている。大事な存在。隅に置いておけない存在。大切な存在。唯一無二の存在……だと思うなっ。私もそんなことが幾つかあったからさ。分かるよキミの気持ちはさ。分かるよキミの考えは。分かるよキミの行動は。全部が全部分かるよ。だけれどね、唯一本当にキミの分からないところが一つ……一箇所あるんだ。それは、さっきも言ったように、どうして、キミは《佐々昏さん》と関係性があるのかってことだね。どうして、キミは《佐々昏さん》と仲がいいの?どうして、キミは《佐々昏さん》と喧嘩しないの?どうして、キミは《佐々昏さん》と気が合うの?……」

 ぼくは答えない。

「キミの過去……は《佐々昏さん》に知られてはならない、不味いと思い。毎回毎回他人に関する時の自分の価値観ってやつをわざと意図的にズラしているよね?どうして?なんで?……いつか、キミは後悔するよ。この後、後悔しかないよ。それでも良いの?」

 ぼくは答えない。

「――では、最後に、最後なのかもしれない。キミは、何で《佐々昏さん》と仲が良いの?きっかけは?出会いは?」

 ぼくは答えない。

「……それに、いつまで《佐々昏さん》と居続けるんだい?」

 ぼくは無視をする。

 ……最後じゃねぇのかよ。

「フフっ」

 笑い出すカノジョ。いま先ほどまでの表情とは大違いに……変わっていた。

 カノジョは前髪をクルクルと少し回す。

「例えば美しい女性――《佐々昏さな》を意味するのならば、それは誰しもが納得するよね。……私も納得するよ。うん。そして、《美天使》――《女神》――《四天王》と色々と呼ばれているけれども、この言葉……この意味も誰しもが納得するよね?――あっ、《この人》だ。ってね。そして、そう、呼ばれていたら呼称されていたら、振り向くし、目を合わせようとする。自然にごく自然に必然的にね?やっぱり必然的に振り向くってのは人間の本能なのかな?それに、贅沢を言えば付き合いたいとまでなるよね?」

 ……このカノジョは結局、なにが言いたいんだよ。

 ……本当にカノジョは一体……

 それに、最後と言いつつも話を続けるカノジョ。どう言う理由で、どう言う意味で、どう言う意図で、ど……――言う感情で話を続けてるんだ。

「……そう、それと同じでね……」

「――私は好きだよ。キミのこと、いやっ翠くんのこと……さらに、言うのであれば付き合いたいな」

 唐突の告白にぼくは少しゾッとし背筋が凍りついた。

 ?………………………………………………………………………………………………………………。

 カノジョはぼくのことを知っているのか。それとも知ったのか。どちらにしたって同じだろうけれど。ぼくのことを好きだなんてな。

 この流れ何処かで……?……?気のせいか。あぁ、気のせいだろう。同じことが二度起こってたまるか。

 ……………………どうしたものやら。

 それにぼくとカノジョとの関係がここまで馴れ馴れしかったけ?……ぼくが忘れているだけかもしれないけれど。それは、無いと思いたい。

 それに……ぼくのことを翠くんと呼んだ。呼称した。ぼくの名前をいつ知ったんだろうか……?それともぼくが忘れているのだろうか。いや、このカノジョとは初めてここで会ったはずだ。なら何故?

 まあ、いいや。こんなくだらない戯言を考えても答えは見つからないだろう。

 そして、ぼくはようやく口にする。

「……やめてくれよ」

 ぼくは拒否した。

 ぼくにと言うがいなかった場合は多分……いや、断っていただろう。絶対にして絶対。

「フフっ」

 今、この瞬間、振られたのに目の前で振られたのにカノジョは、カノジョは……笑う。そして、ニコッとハニカム。カノジョの瞳の奥には何か裏があるように感じた。……それは想像を絶する事だろう。ラヴなのか、ライクなのか、それともライクなのか、ラヴなのか。それと同じでカノジョはどちらの意味でぼくに《好き》だよ。と言ったのだろう。

 ――はん。

 ――…………。

「初めて話したね。翠くん。初めまして、ヨロシク――いや、ごめんなさい。初めましてじゃなかったね。何度か会ってたね。そう言えば、私、あなたに、翠くんに私の名前を教えてなかったね。今から言うね。私の名前はね――――――」

 ……何度か?

 ……え?どういうことだ?訳がわからない。こんなカノジョを目の前にしているぼくがこのカノジョのことを忘れている。いや、単純に何処かで出会したのか、それとも通り過ぎた時に出会ってたのか――どうだろう。まあ、どちらにしたって同じだ。よく、あの人から《壊滅的記憶力なオマエが何で覚えているんだ》と言われたものだからな。

 そして、カノジョはいきなり自己紹介を始め、最後にカノジョの名前らしきものを発表した。

「ねっ――キミの……翠くんの本名を教えてよ」

 ぼくは答えない。

「……そっか」

 カノジョは嘆息する。

 そして、目の前から徐々に消えていくカノジョ。カノジョはぼくに向かって手を振る。ぼくは手を振らず無視して数秒見て席を立つ。

「……………………………………………………」

 果たして、カノジョの瞳には、ぼくは一体どういう風に見えているのだろうか。



 そして、真っ赤なお伽話の幕が開けようとしている…………。


 ……………………ぼくと、

 新たなカノジョ。

 そして、

 ……そして、

 佐々昏さな。

 との、

 新たな物語げ始まろうとしている。

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