第13話 些細なコト
次の日、ぼくは重たい身体を起こして立ち上がらせた。
時間を見ると九時五十分だった。
「……え?」
ちょっと、いや、その、え、否、滅茶苦茶驚いた。もう一度時計を見たがやはり、九時五十分だった。ぼくは少しため息を吐く。
「……まあ、寝たのが午前四時だったからな。そりゃあしょうがないよな」
頭を掻くぼく。……えーと昨日何やったんだっけな。
「……えっと、学校の電話番号……学校の電話番号、なんだっけな」
学校へと電話をしようとしたが分からなかった。それに、まず、教えて貰って無いことに気づかされた。
そう、普通の学校、学園ならばネットと言うもので調べれば一発で出てくるであろうものが、ぼくが通っている学校は調べても出てこない。それに、年ごとに電話番号が変わっていてると……まあ、聞いた話によれば。
「うーん。どーしようかな」
しょうがない明日の朝にでも一里塚先生にでも言うか。
ようやくボケていた頭が回復し始める。
「そろそろ、始めようと――するか」
ぼくは寝室を出て一階へ向かう。そして、何も無い部屋、何も無い空気、何も無い気配に違和感を感じた。テレビリモコンを探し、適当に番号を押し、テレビを点ける。朝のお姉さんが今日の天気を説明し昨日あった事件を幾つも説明しだす。その説明を聴いていると気持ち悪くなり、すぐチャンネルを切り替えた。切り替えた先は適当だったので何が点いたかは分からず画面を見る。すると、小さな子供が踊っている風景だった。いかにも悪くない風景だった。見やすくて落ち着く。先程のニュースとは大違いの落ち着き。まあ、やっている内容が微塵も違うからなとウンウンと頷く。
とりあえず、家にいてもなにもすることないから外へ出てみるか。
「へぇ……この時間に外へ出たのはいつぶりだろうな。なんか、変な感じがする。悪いことをしているつもりは無いけれど、少し、ほんの少し罪悪感に包まれる」
ぼくはぼちぼちと歩き出す。朝の散歩と言うのはやはり良いものだ。……なんか、こう、スッキリすると言うか、それに早起きは三文の徳とは言うけれども、実際早起きして得することがあるのだろうか。まさに、今のことを言うのか。……分からない。だったら逆に遅く起きた場合は、損するのだろうか、それは人によって違うのかもしれないし実念や理念によっても変わる。
思考を切り替え前を向く。
うん……?何処かで見たことある後ろ姿。えーと誰だっけか。えーと……、うーんと、あ、思い出せれねぇ。
「よう、
ぼくに気づいたのか話しかけてきた。えーと。
「………………?」
「おいおい、もしかして忘れてしまったかよ。それは悲しいもんだぜ」
ケラケラと笑う男。
「……あっ。
ようやく思い出した。そう言えば出澄だったな。覚えておこう。
ぼくはチャンネルを切り替えて現実へ戻る。
「おう。そうだ。出澄だよ。やっと思い出してくれたか。それは良かった。良かった」
うんうんと腕を組みながら頷く。
「なんで、出澄がここにおるんだ?学校だろう?大事な時期じゃないかい?」
出澄が歩き始めたのでぼくも歩き始めた。
「それはお前もだろう。翠」
「いや?今日……は土曜か。なら、学校は無いはずだけれども、もしかしてある感じか?」
「イエス」と頷く出澄。
「あれ、昨日さなちゃんが休みだとか無いとか……」
壊滅的記憶力に思い出せって言われてもきついものだ。
「さなってあれだよな。今のことしか考えないやつだから、多分間違えてるよ。今日だけは特別さ」
「ふうん。まあ、ぼくの場合は大丈夫なんだよ。それよりも何故ここにおるんだい?」
出澄は首を傾げる。
「昨日、あれから駿我と遊んでてさ。俺だけ結構遅めに帰ってこのザマさ。それに、俺の両親は共働きだからバレないんだよなー」
共働きね。なんか珍しい家庭だな。普通はどちらか片方が働くイメージだけれども、たまに、ほんの少しほんの極僅か共働きをしている家庭があると聞いたことがある。それを目の前にした。
「ふうん。バレた時両親は悲しむぞ」
「そうかもな。でもよ。俺、両親いないんだわ」
……あ、……え?……どういうこと、だ?
頭の中がクルクルと回りに回りだし言葉にできなかった。
「…………それは悪かった。ごめん……」
あまりにも素っ気ない応対をしたことに少し気が引けたのかもしれない。 本当はどう言えばよかったのだろうかと少し後悔している。こういう危機感と言うか、なんと言うか苦手なんだよな。ありのままの自分を出してしまう。だから、周りからは嫌われる。嫌がれる。ふん。親ね……。
「ちゃんと、生きている」
……あ、そう言うことか。納得した。
「あ、うん」
「あのさ……、言いたくは無いんだけれど」
「言いたくなければ無理して言わなくていいよ」
「いや、やっぱり言わせてくれ。お前、さなといつから会ってたんだ?」
「……転校する時だよ」
……本当は初日だが、敢えて嘘を吐く。それは、出澄の前だからでは無く、さなちゃんのためでの嘘。決して、さなちゃんが悪いという訳ではなく、ぼくが悪い。
「ふうん。その日にさ、さなから言われたんだよね。《好みの人ができた!》って一人で騒いでたんだぜ。一人で本当に凄く喜んでてさ。本当に驚いたさ」
「……そう」
「それ、誰だとおもうよ?」
「………………」
「――翠のことだよ」
「そっか」
「あれ、喜ばないんだな」
「…………いや…………そうでも無いさ。話を続けてくれ」
「あぁ、俺が言うのもなんだけれどさ。学校の中では可愛い方だけれども?その、可愛い娘から好きとか言われたら誰だって喜ぶぞ?それを喜ばないって何か変だな。あ、悪い。変とか言ってさ。人それぞれだよな……」
「……いや、良いよ。そう言うニュアンスには慣れてるからさ」
「……ニュアンスね。で、どうなんだ?翠にとって」
「可愛い娘だとは思うよ。ただ、ぼくには喜べないだけだよ」
「うん?どう言う意味だよ」
怪訝そうに眉を顰める。
「ここに来る前色々あってね」
ぼくは敢えて詳しく説明はしなかった。
「……それって、あまり言ってはいけないやつだったのか?それだったら謝るよ。ごめん」
「いや、そう言う訳では無いけれども……まあ、あまり言えない内容だね」
「そうか。なら、ちゃんと、さなの気持ちには応えてやれよ」
出澄はぼくの肩にぽんぽんと叩く。
「………………………………」
正直、ここで答えを言えばそうとう楽になるのだろうけれども、だけれど、だけれども、今、この時、この瞬間言うタイミングでは無いとぼくは悟った。それはなんの前触れも無く、なんの前置きも無く、刹那の躊躇も無く、思った。
「出澄には好きな人。好意を抱いている人はいるの?」
「うん?今度は俺の方かよ」
ケラケラと笑う出澄。
「ふと気になってな」
正直、気になっては無いが話の流れと言うか何というか続けさせるためにはこう言うしか無かった。
「うーん。どうだろうな。俺にはわからないな。好きってのはさ、ライクなのかラヴなのかってのもわからないレヴェル何だよね。人として、友達として好きってのは分かるかもしれねぇけど、異性として、女性として好きって、気になるってのは無いな」
「それってぼくの知る彩華ちゃんでもなっちゃんでもさなちゃんでもか?」
ぼくは聞く。
「あー、あいつらをそういう目で見たことねぇなぁ。見ようとすれば見れるけれども、多分、すぐに、無くなっちまう。その人の素が分かってるからな。あいつらは友達としては好きだよ。大好きさ。ただ、異性としては見れねぇや」
ケッケッと笑う出澄。最初会った時とは大きく違う様に見える。それは出澄の素が見えたことにより見えたものだろうか。
「……そう。……そっか。そう言うものなのか」
「あぁ、そう言うものだよ」
「じゃあ、逆の質問だ。彩華ちゃんやなっちゃんから見て出澄のことどう思っていると思う?」
とんだ間抜けな質問にぼくは少しばかりため息を付いた。
「うん?それは、本人に聞かないとな。俺には分からないな。普通に接してくれてるぜ?それにさなもそうだと思うぜ」
出澄の言っていることはほぼ当たりなのかもしれないだろう。
「そうだな。そうだね」
「あぁ、」と、頷く出澄。
「……うん?」出澄は何故か独り言を吐く。それはぼくに向かってではなく、ぼく以外に向かってだった。そして、ぼくは出澄が見ている方へ見る。すると、女性が二人いたのだ。年齢的に、三十代から四十代ぐらいの女性。
「――あら、出澄くんじゃない!久しぶりね!」
眼鏡を掛けている女性が出澄に話しかけてきた。それに続き、ぼくにも話しかけてきた。
「どうもです」
何となく、理由もなく、礼をした。
「あぁ、そうか。翠は知らないだっけな」
頭を掻きはじめる出澄。
……うん?ぼくは知らない?知らないってどう言う意味だ。その言い方だと関わってて当然のように聞き取れるけれども?
「こちら、眼鏡を掛けている方がさなのお母さんで、その隣にいるのが彩華のお母さん」
出澄は礼儀良く、正しく説明してくれた。それに伴い「あ、はい」としか言えなかった。言うことしか無かった。
「――あ、あなたが翠くんね!さなからは聞いたのよ!新しい友達が出来たって!物凄く喜んでたわ!」
……さなちゃん。一体何を話したんだろう。それが気になって気になってしょうがない。
「そ、そうですか」
「これからもよろしくね」と言い、さなちゃんのお母さんと彩華ちゃんのお母さんはその場を後にした。
これからもよろしくね、か。……とんだ、きついことを言われたものだな。それに相当ぼくのことを信じている。ふん、そういう者なのか。
「……いえ、こちらこそ」
ぼくは少々小声目で言葉を返した。それは、今後、将来さなちゃんと関わることは無いとぼくは何となく察したのだ。そして、さなちゃんのお母さんとも。
……多分、
その隣にいた彩華ちゃんのお母さんもだ。
そして。
そして、
ぼくの隣にいる。
出澄もだ。
ものすごい虚無感に唖然し漠然としている。そんなものには価値はありませんよ。って言っているものではないか。
それに、さなちゃんのお母さんはほんの少しの関わりでどう思ったのだろうか。見た感じ、無理に笑顔を作っているとは思えなかった。さなちゃんは本当にぼくのありのままを話したのだろうか。
ぼくは周りをダメにする。……いや、ダメにしてしまう。自然的に必然的に破壊してしまう。壊滅してしまう。……そんなぼくを本当にどう思ったのだろうか。
「ピエロじゃねえかよ……」
ぼくは肩を竦めた。
「……なんとも言えない、タイミングの悪さ……それとも良いのか」
ぼくはため息を吐く。その隣で出澄は首を傾げる。
「うん?タイミングって?」
「いや、何でもない。ただの独り言さ」
「――ふうん。本当に変わってるな」
「よく言われるね」
「――良くね……」
出澄は口元をニヤリとしてぼくの方を見る。
「まあ、変わっていると言っても、ほんの少しばかりだからよう、気にするな気にするな」
面倒くさそうに言う出澄。だったら、言わなくても良いのに、と肩を竦めるぼく。
「この世界は本当に変わってるし、俺らも変わっている。そんなことに俺らは憎んでいる。恨んでいる。そんなちっぽけなことかもしれないけれども、そんな変なことで世界は動いてんだぜ」
シニカルに歯を見せる。
……世界、ね。いや、響きだな。
「………………」
「おーい、大丈夫か?結構暗い顔してるぜ」
心配そうにして伺う出澄。そして、目を覚ますぼく。うーんと少し唸り。自分の頬をバシバシと叩く。
「おいおい、本当に大丈夫なのかよ?」
「あぁ、大丈夫さ。今ので目が覚めた。まあ、何だ。世界って言葉に弱いんだよね。ぼく。なんだろうね。昔が原因なのかもしれないけれどさ」
……まさに因果関係。
「パーティーの時も言ってたな。そこまで酷い感じだったんだな」
少し声を下げながら話を進める出澄。
「まあ、ね。……嫌な思い出だよ。全く、……」
ぼくは大きくため息をつく。本当に全く……何なんだよ。自分の過去に文句を言いながら空を見上げる。
「そう言えばさ、今日暇か?」
「何もしない時間を暇と定義するなら暇だね」
「ふうん」
「なんだよ」
「いや、何となく聞いてみただけさ」
後ろの方に手を組んで大きく欠伸をする出澄。
「あっそ」
ぼくは時間を見る。見ると十一時四十分だった。もうすぐ昼か。
「じゃあ、ぼくはここで失礼するよ」
出澄も時間を確認してうんと頷く。
「あぁ、そうだな。また、明後日会おうな」
「あぁ、また」
ぼくは出澄と別れ家へと向かう。
「あ、そうだ。さっき嘘ついたわ」
出澄が話しかけてきた。
「何のこと?」
「俺、好きな人いないとか何とか言ったけれどよ。やっぱり――いたわ」
何故か気難しそうに言う出澄に同情は出来なかった。
「おう、それは良かったな。ぼくは応援するよ。ここにいるまで、さ――付き合うよ」
うんっと元気よく頷いて、振り返る。
「ありがとうよ」
好きな人か、
ぼくにとって、好きは一体なんだろう。それは、それは、……、そうと理解していればそうと知っていれば、既に分かっていれば、楽になるだろう。だけれども、考えても、足掻いても無理だった……分からなかった。
ぼくにはやはり無理なのだろうか。
「応援するよ、ね。このぼくにそんなことが出来るんだろうか」
さっき、出澄が言っていたことが頭の中で蘇る。
「帰るか……」
昼食は何を食べようか。進ませていた足を止める。
やっぱり、楽なものが良いよな。
……あっ、あれでいいか。あれで。
「……よし」
ぼくは、止めていた足を進ませ帰路へと向かった。
まさか、自分の家にあの人がいるなんて思いもしなかった。
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