第4話 感謝――カンシャ
「…………」
あ……、そう言えば―論点がズレていた。
「その、昨日はありがとうございました。本当に助かりました」
「いや、気にしないで。目の前で倒れたら見捨てるわけ無いでしょ?それに初めてキミを見てから自然に気になっちゃたし」
一度その場から立ち、ぼくの目の前で手を後ろにやりくるりと回った。
「―気になった?」
「あ、いや気にしないで」
頬を赤くして、慌てて手を振り目を泳がせていた。髪が左右にバサバサ揺らされて整ってた髪が少しボサボサになり、ローズの香りがした。
「はあ……」
「その、何かお礼をしたいと思いまして、ぼくに出来ることがあれば頼んでください。佐々昏さん、あなたはぼくにとって命の恩人なんです」ぼくはハッキリと言った。ハッキリと伝えた。
佐々昏さんの人差し指が顎へと行き、少し考えていた。
―数分後―
「じゃあ、頼みと言うか……聞きたいことがある!キミの名前教えてほしい……んだけれど、その気になる!」
―え?
ぼくが思っていたのと全く違い、口が開きっぱなしになり、ポカーンと開いた。拍子抜けだった。
「な、名前ですか……その……えっと……」
戸惑ってるぼくを見て彼女の目が光り輝いていた。
……そんなに見つめないで欲しいのですが……
「その、誰にも言わないでくださいよ……」
チラッと彼女の方を見る。
「―わかった」
「名前は……、名前はぼくには無いんですよ」
ぼく少し
「えっ?」
ヘイホー顔になる彼女を見てぼくは驚いた。まあ、驚くのも当然だろうとぼくは思った。
「名前が無いってどういう事?」
困った顔でぼくの方をじぃーと見てきて、近づいてきた。
「ぼくが生まれた時に両親が他界してしまいました。そ、それで祖父母もいなく、血縁者も分からないまま、ぼくは保護室へ運ばれたんですよね」
ふと、少し昔話をすると毎回出てくるあの人誰なんだろうと思いぼくは少しぼぉーとする。
「可哀想……、名前が無いまま過ごして来たんだ……」
悲しげに言う佐々昏さんを見ていたぼくは沈黙した。……どうしてだろうか。ぼくには分からなかった。
「…………」
「その、あの―」
少し躊躇って心配そうに質問してきた。 佐々昏さんの表情は同情している感じでちらちらぼくの方を見てくる。
本当は言いたく無かったのだが、ぼくの不注意で気になってしまい恥ずかしいことをさせてしまった。
「……五、六年経ったら優しい人に拾われたんです。ただ、その人から名前で呼ばれたことが無いんです。それがずっと続いて、ずっと続いたんです。それにぼくと絡む人なんていなかったから……、その……困ったりはしなかったんですよね。だけれど、この学校を転入する前にいたところではイジメを受けてたんです。イジメと言うよりは阻害されてたのかも知れません。阻害してた人達はぼくには名前が無いからと言って阻害して遊んでましたね。っでその阻害してた人たちからはこう呼ばれたんですよ。cheerrioと呼ばれてたんです」
「さくらんぼ?」
疑問気に首を傾げる。
「そのcheerrioと言う意味はぼくには分かりませんでした。正直、名前には興味はなかったので、ぼくは名前の認識は飾りに過ぎないことに――」そう、チェリオ……頭文字はシー……――
――ぼくの説明が長々と続いた。その話を佐々昏さんはずっと訊いてくれていた。嫌そうな顔をせずに、熱心に訊いてくれた。
まるで、小さかったあの時のような感じがした。
よく覚えてはいないが何か――
「……そっか」
呆気なく、力が抜けたように、拍子抜けのように悲しげに言葉を零した。佐々昏さんは顔を下の方に向け黙り込み、スカートをギュッと力強く握り絞めて持っていた。
ぼくの話が余程悲しかったのだろうか、かなり落ち込んでいた。
それに接点があまり無い人の昔話を訊いて、そこまで感情移入するとは露ほども思わなかったし、それにこういう人を初めて見た。だが、そこはどうでもいい、どうでもよかった。
今後、ぼくのことを呼ぶ人なんて、
そう居ないし、
言われないし、
「いないんだから」と……
ぼくは自然に零してしまった。
気付かずに口に出してしまった。
「まあ、仲の良い知り合いは数人いましたけれど、その仲の良い知り合いは皆変わった人達でしたね。類は友を呼ぶみたいな感じですか、友は類を呼ぶって言うんですかね。その人たちからは《シーくん》と呼ばれてましたね」
「しーくん?何それ」
佐々昏さんは首を傾げた。
「多分、そのcherrioと言う単語の頭文字を取ったんだと思います。頭文字はCなので、シーくんと呼んだのだと思います。多分……」
場の空気を暖かくしようとしたが駄目だった。と言うかさっきよりも暗く重たい空気になった。
「…………」
佐々昏さんの表情が徐々に暗くなって行き、まるで暗雲のような感じだった。
「……ただ、キミの名前は有ると思うんだ!」
自信満々に顔を近づけてきた。
まあ、それはあるでしょうにと言わないばかりに……。だけれども、瞬時に否定すら肯定すらも出来なかったことにぼくは許せなかった。
「……そうですか」
ぼくは否定しつつ、そっぽ向く。
「だってだって、生まれてきたんだからキミの両親だって名前は決めてたと思うの!」
無邪気に言う彼女。
「……そうですけれど」
「だったら、私が決める!私が今ここで!キミの名前を!」
「いや、名前は――いーちゃんと言う名前が」
ソワソワするぼくに彼女はどんどん近づいてくる。目と鼻の先だった。
ぼくは少し焦ったが、彼女の瞳は真剣な眼差しをしていた。
「それは、先生が勝手に呼んでた名前で勝手に付けたことでしょ!」
「…………」
ご名答。何で知ってるんだ。
もしかして――いや……、ぼくはため息をついた。
「否定はしませんけど……」
佐々昏さんは胸に手を置いて深呼吸した。
「だったら、キミの名前は……」
急に汗ばんできて体が熱くなってきた。
そして、彼女は口にした。
「翠だよ!」
「すい?」
「そう、翠だよ!水色の方じゃなくて、難しい方の!」
自信たっぷりと言う佐々昏さん。
「ふうん。何で翠何ですか?」
「理由は言えない……」
彼女はスカートをギュッと持ち顔が赤く染まっていた。
「そ、そうですか……」
「……うん」
「そっか、言えないなら仕方ないですね」
何事も無かったようにいう彼女。そして、ぼくに向かって彼女は首を横に振った。
「今は言えないけど、いつかは言うよ。ごめんなさい……」
彼女は体をぶるぶると震わせながら謝った。いつかは言うか、その頃にはぼくはおるんかな……日本に。
「……いえ、大丈夫です。その時になったら教えてください」
彼女はコクリと頷いた。
「そして、名前を付けてくれてありがとうございます」
ぼくは少し嬉しがる表情で彼女の方を見た。
「んーんー」と首を横に振った。
「大切にしますね。名前を付けられる時ってこんな気持ちになるんですね」
ぼくは少し悲しい感情も有り、嬉しい感情もあった。
この混沌した気持ちを真っ直ぐな1本な矢印には表せれなかった。
だけれど、彼女はこちらを見てニコッとはにかんだ。それは純粋で潔白な表情だった。
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