第47話 碧の過去2
『私、男の子と遊ぶから』
ボクは転校初日に集まってきた女の子たちにこう言って、男の子のグループに交じって遊ぶようになった。男の子なら自分の見た目をうらやましがらない、いやな思いをしなくてすむ。そう思ったからだ。実際、男の子たちはボクをすんなり受け入れていっしょに遊んでくれた。
後から思えば、それはきっと、ボクの見た目が大きかったのだろう。とても、皮肉なことだと思う。
とにかく友達ができ、ボクの学校での平穏が確立されたかのように見えたが、それは束の間のものでしかなかった。学校での休み時間はみんな校庭でドッジボールやサッカーをしていたが、運動神経の悪いボクは全然みんなについていけなかった。
放課後は集まってカードゲームや携帯ゲーム機で遊ぶことが多かったが、ボクはカードゲームのおもしろさがよくわからなかったし、生活がぎりぎりだったのでゲーム機などはもちろん買い与えてもらえなかった。そして、遊びに誘われることも少なくなっていった。
『お前とろいし、女子だし、いっしょに遊んでてもつまんないんだよな。そもそもなんで俺たちといっしょにいるんだよ。女子は女子どうしで遊べばいいんじゃねえの?』
『そんな…………。そんなの、今さら…………』
そう、今さらそんなことができるはずなかった。女子からの誘いを断って男子と遊んでいたボクは女子からの印象は悪く、話しかけても無視をされるようになっていた。そしてボクは結局、どのグループに交じることもできずに小学校を卒業した。
『はあ? どうしたの、それ?』
母はボクの髪を見て目を丸くしていた。ボクは中学校入学を機に、背中まで伸びていた髪を自分で切り、ショートにして肩にかからないようにした。その上で、一人称を「僕」に、二人称を「君」にした。これで女子からはうらやましがられない。男子にはなめられない。そう思った。でも…………。
『久米川さんって狙ってやってるのかなー?』
『ああ、ボクっ子ねー。小学校じゃやってなかったらしいよ』
『え? じゃあ中学デビューってやつ? ウケるんだけど!』
ここでもボクは、居場所をつくれなかった。
そうしてボクは中学三年間、一人で過ごすようになった。心が落ち着くのは、もらった少しのお小遣いでコンビニで買い食いをしている時と、通学路の猫に話しかけている時だけ。この時は、自分はずっとこうして孤独なまま生きていくんだと思った。
でも、その予想は高校入学とともにいい意味で裏切られた。
高校では中学時代までの知り合いがほとんどいなかった。だから、髪を伸ばしていたボクは入学早々注目を浴び、人が寄ってきた。
『久米川さんの髪ってきれい!』
『ハーフなの?』
『いつからボクっ子なの?』
相変わらず自分の見た目は嫌いだったけど、好意を向けられるのは久しぶりでとても嬉しかった。コミュニケーションは苦手になっていたけど、これならきっと上手くやっていける。そう思っていた矢先のことだった。
2年生の先輩からの告白を断ったことで、その先輩を好きだった女の先輩に目をつけられたのだ。話したこともない、見た目で告白されただけ、だから断った、それだけなのに。
『ちょっと顔が良いからって調子乗ってるでしょ!』
服の上から殴られたり、物を隠されたり、とにかく辛い日々が始まった。最初は話しかけてくれたクラスメイトも、先輩を怖がってボクに近づいてこなくなった。先生に相談しようとしても、なんだかんだ理由をつけて相手をしてくれなかった。そして母は…………。
『頼むから、私に顔を見せないで』
成長したボクの顔が父を思い出させる、という理由で顔を突き合わせることすら少なくなっていた。母には何も相談できない。
誰も、ボクを理解してくれる人はいない。近づいてくるのは自分の容姿に興味を持った人間だけ。そして大抵は、その容姿が原因で良くないことが起きる。きっと、これからもそうなんだろう。
…………もう、こりごりだ。
その日、ボクはいつものように放課後に屋上で暴力を振るわれた後、そのまま仰向けになって倒れていた。痛い、辛い、涙がとめどなく流れる。
そのうち屋上には雨が降り始めた。雨はやがて、屋上の床に水たまりをつくる。水たまりを覗き込むと、そこには自分の嫌いな自分の姿が映っていた。そしてボクは、自分の頭を、顔を、血が出るまで掻き毟った。
もう、誰にもきれいだなどと言わせないほど、醜い見た目にしてやった。雨水が傷口に染みる。痛い、辛い。そうしていつの間にか、夜になっていた。
帰らなきゃ…………。この状態で帰ったら、母は何と言うだろうか? 心配、するはずないか。気味悪がられるに決まっている。クラスメイトも、きっと同じ反応を見せるだろう。
…………もう、誰にも会いたくない。疲れてしまった、生きることに。逃げ場はないのか? 逃げ場…………あ。あの柵を超えて、飛び降りれば…………。
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