第48話 杏との邂逅
「もういい! もういいよアオイ!」
わたしは気づくと、アオイを強く抱きしめていた。
「ごめんねアオイ! わたし、まさかアオイがこんな…………」
アオイは何も言わずに、優しい笑みを浮かべながらわたしをゆっくり引き離した。
「…………アオイ?」
「大丈夫。大丈夫だから、もう少しだけ、続きを聞いてくれ」
「でも…………」
「ここからが、ボクの幸せへ続く話だから」
わたしは少し間をおいて、頷いた。
―――
ボクはあの日、屋上から飛び降りて死んだ。
そして気がついたら、なぜか自分の家に立っていたんだ。
母に話しかけても返事はない。最初は無視をされているのかと思ったけど、それは違った。母についていくと、母は、ボクの写真の前で手を合わせて泣いていた。
そこでボクは初めて、自分が死んでいるということに気がついたんだ。しかも、幽霊になっていまだにあれほど憎んだこの世にとどまっている。でも、一番驚いたのはそこではなかった。
母が、自分を悼んで泣いているのだ。あれほど嫌われていると思っていた母が。何を今さら、という気持ちもあったが、それ以上に、単純にその事実に嬉しく思った自分がいた。
でも、もうボクは死んでしまっている。どれだけ話しかけても、母にその声が届くことはない。
そしてボクはそれから実に2年間、あてもなく歩き続けた。腹は減らない。のども乾かない。でも、この世界の何にも干渉できない。ただ、心だけが乾いていった。本当の孤独がそこにあった。
しかし、あれは2年経ったある日のこと。
『かわいそうに。その若さ……いや、幼さというべきかしら……で、この世に未練を持ったまま死んでしまったのね』
そこには、自分より20歳ほど年上に見える女性が立っていた。
『どうして、自分のことが見えるのかっていう顔をしているわね。私は狭山杏(あんず)。幽霊だけど、今は生者としての体を得ている。そして、あなたのような幽霊の未練を断ち切る仕事をしている。…………まあ、急にいろいろ言われても混乱するわよね。ゆっくりお話しましょう』
ボクはそこでいろいろな話を聞いた。彼女が魂浄請負人(ソウルパージャー)という仕事をしていること。魂浄請負人の能力(チカラ)は別の人物から譲り受けたものだということ。そして、魂浄請負人になることで現世での肉体を一時的に取り戻せること。
そしてボクは、ボクの今までを彼女にすべて話した。2年もの孤独で、ボクは話すことにとても飢えていた。
『なるほどね。事情は分かったわ。私はあなたの未練を私の能力(チカラ)で断ち切ることができる。でも…………』
『でも?』
『あなたには例え、仮初であっても、束の間であっても、幸せな人生を経験してほしい。経験しても、きっとばちは当たらないわ…………。碧、あなた、魂浄請負人になりなさい』
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