第43話 灰色の胸中

 教室に戻る途中、わたしは渡り廊下で人が何か言い争っているのが見えた。近づいてみると、それは清瀬灰音と撫子ちゃんで、今にも清瀬灰音は撫子ちゃんに手を出そうとしているように見えた。


「す、ストップ、ストップ! 暴力反対!」


 わたしは勇気を振り絞って二人の間に割って入る。


「ああ?」


 睨まれた! 怖い…………。でも、撫子ちゃんを守らなきゃ……!


「あ、茜ちゃん! ちがうの!」


 撫子ちゃんが慌てた様子でわたしに話しかける。


「?」

「灰音ちゃんはね、私に謝ったの。私を脅して茜ちゃんとの関係を壊したこと…………」

「え?」


 わたしは清瀬灰音を見る。本人は顔をそっぽに向ける。


「話はそれからでね、私、灰音ちゃんに言ったんだ、バレー部を抜けたいって」

「え? どうして…………」


「私、最近調子が出なくて、みんなの足引っ張っちゃうかなって思って。それに、部を辞めれば茜ちゃんといっしょにいられる時間も長くなるかな、って…………」

「撫子ちゃん…………。 !?」


 殺気を感じて振り向くと、清瀬灰音にすごい目で睨まれていた。わたしは静かに撫子ちゃんの方に視線を戻す。


「でも、灰音ちゃんが辞めるなって説得してくれて、さっきはその最中だったというか…………」


 わたしは改めて清瀬灰音を見る。


「撫子には、練習中ひどいことをたくさん言った。才能がないとか、運動神経がないとか…………。でも、それは本心じゃないっていうか…………その…………」


 わたしは、あれだけ自分が恐怖していた人間のしおらしい姿を見て、唖然としていた。


「お前の上げるボール、打ちやすいし、つまり…………。お前にはバレー部にいてほしいんだよ…………」


「灰音ちゃん……!」


 これって、ツンデレだよね。アオイの他にも使い手がいたとは…………。それはともかく…………。


「撫子ちゃん、わたしも、撫子ちゃんには辞めてほしくないかな」

「…………茜ちゃんも?」


「うん。わたし、知ってるから。撫子ちゃんがバレー大好きってことも、いっぱい努力してきたことも。1年生の頃、打ち込めるものがある撫子ちゃんが、わたし、とってもうらやましかったんだよ?」

「茜ちゃん…………」


「もちろん、撫子ちゃんといる時間が増えるのはうれしいけど、撫子ちゃんにはほんとに自分がやりたいことに打ち込んでほしいから…………!」


 隣から睨まれてる気配がビンビンするけど、気づかないふりをしておこう。


「……………………」


 撫子ちゃんはしばし沈黙して考えた後で、口を開く。


「分かった。じゃあ、灰音ちゃんが茜ちゃんに謝ったらバレー部に残る」

「「!?」」


 わたしたちは同時に同じリアクションをとる。

 清瀬灰音は一瞬何かを言おうとして、やめた。


「……………………わかったよ、ほら、こっち向け伏見」

「は、はい!」


 わたしは清瀬灰音に振り向く。


「その……悪かったな」


 清瀬灰音はわたしから目線を外しつつ謝る。


「もっとちゃんと謝る!」


 撫子ちゃんの大きな声にわたしがびっくりする。


「…………ごめん、伏見。今日の朝のお前の話を聞いて、自分がやってたことの大きさに気づいたっていうか…………もう、二度とああいうことはしねえから」


 まさか、こんな展開になるとはぜんぜん思わなかった。あれだけ怖くて、憎んだ人間が、こんなふうに謝るなんて…………。


「…………ここで、『はい許します』と言えるほど、わたしはできた人間じゃないけど。でも、わたしは清瀬さんとも仲良くなれるって、そんな気がするから…………」


 わたしは学んだ。人は、後悔する生き物だって。たぶん、根っからの悪い人なんていない。わたしはそう信じたい。


 わたしは清瀬灰音の前に手を差し出す。


「とりあえずこれで一件落着ってことで!」


 清瀬灰音はわたしの手を握って、握手をする。


「あ、ところで…………」


 わたしは気になっていたことを口に出す。


「清瀬さんがわたしをいじめたのって、わたしが撫子ちゃんと仲良くしてたのが……んぐっ…………!」


 わたしはほっぺを掴まれる。


「それ以上喋ったら殺す!」

「灰音ちゃん!」

「…………ああ、くそ!」


 昼休み終了のチャイムが鳴る。昼ごはんは食べ損ねちゃったけど、久しぶりに学校で友達と笑顔で話せた気がする。

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