第42話 橙の猛省

 わたしは一人で廊下を歩く。昼休みになって、先生に言われたとおり生徒指導室へ向かっている途中だ。


 先生が教室を出た後、撫子ちゃんはすぐにわたしのもとに駆け寄ってきて、わたしを抱きしめた。その後恐る恐るでクラスメイトが来て、泣きながら、あるいはわたしからは目を逸らしながらも謝ってくれた。

 …………中には、清瀬灰音のようにおもしろくなさそうな顔をしてる人もいたけど…………根拠はないけど、きっとこれから仲良くできるんじゃないかと思う。


 そうこうしているうちに扉の前にたどり着く。…………先生は、わたしのことをどう思ってるんだろうか。とにかく話を聞いてみるしかない。わたしは扉をノックする。


「どうぞ」


 中から声がする。


「失礼します……」


 わたしは少し緊張しながら中に入る。先生は一人で奥の方に座っていて、机をはさんでこちら側に椅子があった。


「どうぞ、かけてください」

「…………はい」


 無表情で淡々としている先生を見てわたしは少し萎縮する。


「伏見さん、あなたをここに呼んだのは二人きりで話をするためです」

「はあ……」


 やっぱり朝のこと、怒られるのかな…………。


「伏見さん…………」

「はい…………」

「本当に、すいませんでした!」


 先生は勢いよく立ち上がって、わたしに深々と頭を下げる。


「…………え?」

「私があなたにしたことは教師として最低、恥ずべき行為です! 謝っても謝りきれません……!」


 先生のあまりの勢いにわたしは慌てて立ち上がる。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください! 顔を上げて、とりあえず座ってください!」

「座る……。そうですね、立っているなどおこがましい。土下座で謝罪します!」


 先生は椅子をどけて床に座ろうとする。


「待って、違います! 椅子に座ってください! お願いですから!」

 わたしの必死な説得により、先生は椅子に座って少し落ち着きを取り戻した。

「落ち着いて、話をしましょう」


 わたしは苦笑いで先生に語りかける。拝島先生って怖いイメージあったけど、もしかしたらただ真面目なだけなのかも…………。


「私、知っていたんです。伏見さんへのいじめのこと。それなのに、私は知らないふりをし続けてしまった…………。しかも、伏見さんに相談されてもお…………」

「…………」


「伏見さんも知っているとおり、私は今年この学校に来たばかりで、そんな私が受け持ったクラスでいきなりいじめが起きたとなれば、私は立場を危うくしてしまう。私は我が身かわいさに、あなたを突き放してしまった」


「…………」


「今日の、ホームルームでのあなたの話を聞いて初めて、私は自分のしたことの愚かさに気づきました…………伏見さんの自殺を止めるのは、私の役目だったはずなのに…………」

「だから本当に、すいませんでした。謝って、どうにかなることではありませんが…………」


 今度は先生は座ったままでわたしに頭を下げる。


「…………たしかにわたしは先生がわたしの相談を真摯に聞いてくれなかった時は、本当に辛かったです。一番身近で頼れる大人が、先生だったので…………」

「でも…………」


 わたしはここで先生に笑顔で向き合う。


「結果オーライ、なんて簡単には言えないですけど、わたしは今生きて、こうして学校に来ています。…………それに、先生はちゃんと反省して、ちゃんとわたしに謝ったんです。しかも、わたしが先生を責めづらくならないように、涙を必死にこらえて…………」


「! 伏見さん、あなた…………」


「気づきますよ、先生、実は分かりやすい人だったんですね!」


 ここで初めて、先生の目から涙がこぼれ落ちる。


「わたしは先生を許します。もちろん、クラスのみんなも。だから、先生。先生は、もしもわたしが間違った方に進みそうになったら、今度はちゃんと向き合ってくださいね。わたしが先生に言うことは、それだけです」


「伏見さん…………うっ…………」


 先生は泣くのをさらに我慢して、自分の顔をパンッ、と叩く。


「職員会議で、すべて話します。伏見さんへのいじめのことも、私の対応のことも。もう二度と、私の目の届く範囲で、悲しむ生徒は出しません!」


 先生の笑顔を初めて見て、わたしは生徒指導室を後にした。

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