第41話 七色の喝采
学校に来る途中から、ずっと考えていた。ただわたしが学校に戻ったところで前と状況は変わらない。いや、撫子ちゃんがわたしと行動するとなったら、わたしだけじゃなくて撫子ちゃんがひどい目に合わされるかもしれない。それは絶対いやだ。
だから、クラスメイト全員がわたしに注目してるこの場面で、わたしはさらけ出す、わたしの気持ちを。
「…………。伏見さん…………。」
先生は複雑な面持ちでわたしを指名する。
「はい」
わたしは立ち上がる。
「わたしはこの前、自分で自分の命を絶とうとしました」
その瞬間、凍り付いたような静寂が解き放たれ、教室がざわつき始めた。
「わたしはもう、限界で、死んだら、死んだ方が、楽になると、そう思っていました」
前の席からこちらを見ている撫子ちゃんを見ると、涙目で震えていた。
「わたしがどうしてそうなったかは、みなさんは知っていると思います」
右の壁際の方を見ると、今にも清瀬灰音が何かを言い出しそうだった。
「でも!」
わたしはそれを制すように勢いよく声を上げる。
「わたしはみなさんを責めるために今立ち上がったわけじゃありません」
教室が静まり返っていく。
「少しの間だけ、わたしの話を聞いてください」
全員の視線がこちらに向いているのを感じる。
「…………わたしは確かに、死のうとしました。でも、ある人がわたしを止めてくれました」
「その人には直接言っていませんが、わたしはその時、とっても嬉しかった。もう、わたしに関心を持ってくれる人なんていないと思っていたから」
みんなの視線で頭が真っ白になりそうになる。わたしは呼吸を整えて続ける。
「ここ最近は、その人といっしょにいろんな人に会いました。我が子を愛す母親。妻を愛する夫。友達と両親を愛する少年。そしてわたしの…………」
わたしは拳をぎゅっと握る。
「とにかく、その人たちは後悔をしていました。それも、絶対に取り戻すことができないものを。」
わたしは少し表情を緩める。
「わたしはそんな人たちに触れて、とても温かい気持ちになるのと同時に、『ああ、あの時死ななくてよかった』と、心から思うようになりました」
ここで、いったん深呼吸をして、みんなを見回す。
「みなさんがわたしをどう思っているのかは知りません。わたしのことを本当に嫌っている人もいるかもしれませんし、本当は仲良くなりたかったけど、怖くてできなかったっていう人もいるかもしれません」
「わたしは、悔いのないように生きたい。そして、みなさんにも悔いのないように生きてほしい」
「だから、わたしはもう逃げるつもりはありません。学校にも、これから毎日欠かさず来ます」
…………あ、どうしよう。まとめ方がわからなくなっちゃった…………。
「え、えっと、わたしが言いたいことはそれだけです。時間、取ってしまってすいませんでした…………」
「…………」
どうしよ、どうしよ。みんな固まってる。もっと歯切れよくまとめればよかったかな? めちゃくちゃ恥ずかしいよ…………。
パチ、パチ…………。
え? 音がする方を見ると、撫子ちゃんが拍手をしている。わたしは泣きそうになる。…………ありがとう。撫子ちゃんがいてくれれば、わたしは…………。
その瞬間、他の方向からも拍手が聞こえた。そして、やがてたくさんの、大きな拍手が教室に鳴り響いた。
「あ…………」
わたしは涙をこぼしてしまう。全員が拍手をしてるわけじゃない。でも、わたしの想いが、こんなにたくさんの人に届いたのが、ほんとうに嬉しい。
それと同時にホームルーム終了のチャイムが鳴って、チャイムと拍手が静寂に変わると、クラス中の視線が先生に向く。先生はわたしの話を聞いた後もずっと無表情を保っていた。
「…………伏見さん。昼休み、生徒指導室に来てください」
先生は無表情のままわたしに伝える。
「…………はい」
たしかに、あの拍手の音は他の教室にも聞こえてただろうし、わたしの話が広まってしまうかもしれない。でもとりあえずわたしは、緊張の糸がほどけてくたくただった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます