第38話 茜の違和感

「わたし、自分の人生を生き抜くから。ちゃんと見ててね、お父さん、お母さん」


 次の日、わたしたちはお父さんとお母さんのお墓の前に来ていた。わたしは毎年足を運んでたけど、今わたしは、これまでとはまったくちがう気持ちで二人のお墓の前にいる。


 昨日初めて知った事実……お母さんがわたしを殺そうとしたこと、それを止めようとしてお父さんがお母さんを殺してしまったこと、そのせいでお父さんが自殺したこと、そして、わたしが二人の実の子じゃなかったこと……は、今ここにいるわたしには何も影響しない。

 わたしはわたしだから…………なんて、頭の中でいくら思ってても、わたしの心は簡単には受け入れてくれない。


 それどころか、考えてしまう。もしもわたしが二人と血のつながった子どもだったら、そうしたら、お母さんもお父さんも死ぬことはなかったし、わたしは二人の愛をもらって、今この時も家族三人で幸せに暮らしていたのかな、って。


「…………いけないいけない!」


 そんな「もしも」のことを考えてもしかたない。現実は、ここにあるだけ。時間は、前に進むだけなんだから。それに…………。


「アオイ、付き合ってくれてありがとね」


 そんな「もしも」の世界だったとしたら、きっとわたしは、アオイに出会えていなかった。それは絶対いやだ。


「二人への挨拶は済んだのかい? アカネ」


 アオイは初めて会った時よりも、確実に柔らかい表情でわたしの前に立っている。


「うん。お父さんとお母さんには、わたしにしたことの埋め合わせで、しっかりわたしを見守ってもらわなくちゃいけないんだから!」


 わたしは冗談っぽく笑う。


「ふっ、そうだね」

「…………!」


 突然、アオイの顔が蒼くなる。


「? どうしたの、アオ…………きゃっ!」


 アオイはわたしにすごい勢いで抱きつく。…………この感じは…………。


「もう、びっくりさせないでよ。能力(チカラ)を貸し与えるんだったら、先に言ってよね!」

「…………ああ、すまない」


 ? やけに素直だな。穏やかになったといっても、しおらしくなりすぎてもそれはそれで困るというか…………。


「…………あれ? 今日は依頼はないって言ってなかったっけ?」

「あ、ああ。そうだったね。毎日のようにしていたから、癖になっていたみたいだ」

「…………もう、そんなこと言って、実はわたしに抱きつきたかっただけとか!」

「そ、そんなわけないだろ! それはキミの自意識過剰だ!」


 いつもの会話。いつもの笑顔。わたしはこの時が一番楽しい。


「アカネ」

「なに?」

「今日は、その……二人で遊びに行かないかい?」

「…………」


 一瞬、わたしは停止する。


「い、行くよ! もちろん! …………まさか、アオイから誘ってくれるなんて、さてはわたしに惚れたな?」

「! そういうのはいいから! 早く行くよ!」


 アオイは一人でずんずん歩いていく。


「あ、ごめんってアオイ!」


 嬉しい。楽しい。はずなのに、なんだろう。わたしはほんの少しの違和感を抱いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る