第25話 朱い亡霊へのメッセージ
帰り道、わたしたちは三人で歩いていた。
「秋津くん…………大丈夫?」
まだ泣きそうな顔をしている秋津くんに問いかける。
「! お、おう……そもそも死んでるのに話せただけで儲けものなんだ。これ以上泣くわけにはいかないからな!」
秋津くんは立ち止まって、わたしたち二人に向き直る。
「二人とも、本当にありがとう。俺……」
「ストップ!」
わたしは秋津くんの話を遮る。
「まだ、お礼を言う時じゃないよ! まだやるべきことがあるんだから!」
「そうだね。それに、ボクは今回大したことはしていない」
「! …………そうか、じゃあ礼を言う代わりに、改めてよろしく頼む、二人とも!」
秋津くんは泣き腫らした顔で笑顔を作る。
「うん!」
「ああ」
わたしたちも笑顔でそれに返す。
そう、まだ……終わってない。むしろ、わたしが頑張るのはここからなのだ。
「まだ、暗くなるまで時間あるよね…………」
わたしの発言に二人は再び頭に疑問符を浮かべる。
「今日……今から、わたしにピッチングを教えて!」
「伏見…………」
秋津くんは一瞬、驚いた表情をした後、また笑顔に戻る。
「ああ、もちろんだ。でも、俺の特訓は厳しいから覚悟しとけよ!」
「うん! よろしく頼むね、先生!」
人の繋がりの温かさに触れ、少しでも早く、少しでも良い結末が待っているように。わたしはもっと頑張りたいと思ったんだ。
***
「じゃあ投げるね!」
「おう!」
わたしたちは、公園に戻ってさっそくわたしの特訓を始めていた。
「あ!」
ネットに向けて放った球は、あらぬ方向に飛んでいく。
「思ってたより難しいなあ…………」
「もう一度確認するけど、俺のピッチングを真似たいからって、わざわざ硬球を使う必要はないんだぞ」
「ううん。こっちのが気持ちが入るっていうか…………よりチームのみんなの気持ちに近づけるかなって思って」
「そうか、わかった。続けていくぞ!」
ほんとはキャッチボールで慣れていきたいところだけど、秋津くんはボールに触れないし、アオイとわたしでいきなり硬球でキャッチボールするのは危ないうえに、そもそもアオイの運動神経が絶望的すぎてアオイはこの件に関して活躍できない、ということになってしまったのだ。
「……よし」
最初に秋津くんが見せてくれたフォームを意識する。大きなテイクバックに、全身の体重を乗せるような豪快なリリース。素人のわたしでも秋津くんは上手なんだ、とわかった。
「もっと力抜いて!頭より体で覚えろ!」
「はい!」
不思議な時間、だった。きつくもあり、楽しくもある。わたしに兄弟がいたら、こんな感じ、だったのかな。
小一時間ほど練習した後、わたしたちは公園のベンチに座って休んでいた。
「つ、疲れた~」
「お疲れ! 最初よりはまあ、ちょっとは良くなったんじゃないか?」
「はいアカネ。飲み物を買っておいてあげたよ」
「ありがとアオイ。って、いつの間にわたしの財布の所有権はアオイに移転してたの……?」
「アカネが散財しないようにボクが預かっているだけだよ。感謝してくれ」
「散財してるのはアオイでしょ!? 没収です!」
アオイから力ずくで財布を取り返そうとしていると、隣から笑い声が聞こえてくる。
「ははは!」
「秋津くん?」
「いや、なんか、楽しいなー、って。…………こういう時間が、いつまでも続けばいいのにって、思っちゃってな」
「秋津くん…………」
「もちろんわかってる。俺は生きるためじゃなく、生きることと決別するために今ここにいるんだからな…………でも、お前たちと行動したり、家族と話したことで思い出したんだ。生きるって、なんだかんだ楽しいことがいっぱいなんだ、って。」
「…………」
「伏見、ありがとう」
「え? 急に何?」
「俺のピッチングを見せるって作戦は、俺を最後に少しでも野球に触れさせるために考えてくれたことなんだろ?」
あ、と心の中でつぶやく。とっくにばれてたんだ…………。
「うん…………。一度死んだら生き返ることはできない。それでも、好きなものにもう一回関わるくらいは、許されてもいいんじゃないか、って、思ったから」
「わたしは死ぬ前に生きることにも楽しい要素があるってことに改めて気づけた。秋津くんはその前に…………それだけのことだと思うから…………」
言葉は出てくるけど、うまくまとめられない。
「えっと、ごめん。とにかく、わたしたちは絶対に秋津くんの未練を断ち切る! そのためにわたしは頑張る! そういうこと!」
「…………ああ、ありがとう!」
そうだ。わたしは今生きてるんだ。そして、わたしだったかもしれない人たちを助ける力がわたしにあるなら、やるべきことはただ一つ……救うだけだ。
***
それから三日間、わたしたちの特訓は続いた。わたしは筋肉痛に苦しみながらも着実に成長を重ねていった。そして、三日目の夜。
「よし、今日はここまでだな。おつかれ!」
「う~、体が悲鳴あげてる……」
わたしはベンチに倒れ込むように寝転ぶ。
「だんだんフォームも様になってきたじゃないか。思ったより呑み込みが早くて安心したぜ」
「良かった……くたくただけどね…………」
わたしは毎日の恒例となったアオイからのスポーツドリンクの差し入れを受け取る。
「そろそろ、チームのみんなを集める方も進めていかなきゃかな」
「できるだけ多くのチームメイトを集めるためには休日に呼んだ方がいいだろう」
アオイは自分用に買ったコーラを両手で持って飲みながら提案する。アオイがわたしの財布を私物化していることにはわたしはもはやツッコまなくなっていた。
「うん……よし。じゃあ今から今週末にみんなを呼ぶための文面を考えて送ろう。秋津くん、メッセージアプリのアカウントにはログインできる?」
「ああ、大丈夫だ。父さんたちも俺のアカウントは消してないって言ってたしな」
「オッケー。じゃあとりあえずわたしの携帯でログインするね」
「頼んだ。IDとパスワードは…………」
「うん。あ! わたしが先に見ちゃったらまずいよね。先に秋津くんが確認して」
「あ、おう……。そんな隠すようなこともないと思うけどな…………。 !」
秋津くんはメッセージを見て、驚いた後、少し、悲しそうな顔をする。
「どうしたの?」
「いや…………」
秋津くんは、携帯の画面をわたしに見せる。
「これ……って…………」
そこには…………秋津くんが亡くなった後の日付に届いたチームメイトからのメッセージがたくさん並んでいた。
『朱也、ごめん。俺たちはお前の抱えてるものに気がつけなかった。本当に、ごめん』
『朱也、お前はこのメッセージをもう見ることはできない。でも、これだけは言っておきたい、俺たちにとってお前は一緒に野球をする仲間である以前に、一人の友達だった。それに間違いはない』
『秋津先輩…………。俺、もっと秋津先輩に野球教えてもらいたかったです……!』
『朱也。お前が俺の最高の相棒だったことは、この先もずっと変わらないからな』
わたしの目から涙がこぼれる。
「秋津くん……」
わたしが秋津くんの方を振り向くと、秋津くんは顔を伏せて震えていた。
「…………わたし、チームのみんなを呼ぶためにどんな文面を送ればいいのかって、ずっと悩んでた。思わず行きたくなるように、第三者を装って挑発するとか、そんなことも考えてた」
「わたし、そんな自分が恥ずかしいっ……!」
わたしは秋津くんの肩を掴む。
「秋津くん。みんなに送るメッセージは、秋津くんの心からの言葉だよ! それ以外は絶対あり得ない!」
秋津くんは袖で涙をぬぐう。
「ああ、絶対届ける。三年越しの、俺の想いを……!」
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