第24話 暖色の涙

「それで、話があるんだろう、朱也。話してみなさい」

「なんだか、不思議な感覚ね。私は、朱也とまた話ができるってだけで、もう…………」


 二人の様子を見て、わたしの方も目頭が熱くなる。


「…………秋津くん、準備は大丈夫?」


 秋津くんの方を見て確認する。


「……ああ、大丈夫だ。伝えてくれ」


 秋津くんはまっすぐお父さんとお母さんの方を向いて答える。


「父さん、母さん。俺は、ずっと二人に謝りたかったんだ。右腕を失った俺を慰めて、必死で支えてくれようとしてくれた二人を、俺は裏切った…………」


 二人はわたしが伝える秋津くんの言葉を、噛みしめるようにして聴いている。


「俺の右腕は、当時の俺からしたら、俺自身だった。だから、右腕を失った俺は、俺じゃないって、そう、本気で思ってた。だから、死んだ」


 秋津くんの声に、力が入り始める。


「でも! でも……違った。俺は幽霊になった後、見たんだ。父さんの、母さんの、チームのみんなの顔を。みんな、俺が死んだことをあんなに悲しんで……まるで、自分のことみたいに……!」


「そうして初めて気づいた。俺の命は、俺だけのものじゃなかったんだ、って! 俺の死は、たくさんの人の人生に影響を与えるくらいのものだったんだって……! 俺が俺自身をどう思うとか、そんなことはどうでもいい。そのままの俺を受け入れてくれる人がこんなに……こんなにいるのに! 俺は……間違った選択をした…………それも、決して取り返しのつかない……」

「朱也…………」


 秋津くんのお母さんは、目から涙をあふれさせていた。


「謝ったからって、もうどうしようもないことだってのは分かってる。でも、それでもやっぱり、一度二人にちゃんと気持ちを伝えたかった! 本当に、ごめんなさい! 俺は、二人から大事な息子を奪った! …………そして、俺は、もっと父さんと母さんといっしょにいたかった!」


 泣きながら言葉を紡ぐ秋津くんにつられて、わたしも泣いてしまう。言葉に乗って、秋津くんの気持ちが伝わってくる。


「…………っ」


 秋津くんのお母さんは、涙で言葉を発することができなかった。


「…………朱也」


 お父さんが、口を開く。


「本当に、まったく……その通りだ。…………どうして、どうして! 一言だけでも相談してくれなかったんだ! 俺は、俺たちは、そんなに頼りない親だったのか!?」

「父さん……」


「俺たちはお前が死んだ後、何度も自分たちの弱さに打ちひしがれた……! あの時、何か気づけていれば、もっと朱也のことを考えていれば! こんな状況はなかったかもしれないと! 俺は、お前が死んでからただの一日も、お前のことを考えなかったことはない!」

「とう、さん……!」

「…………俺たちの方こそ、すまなかった。お前のことをちゃんと知っていたら、本当に思いやって、寄り添うことができたはずなのに…………」

「ごめん! ごめんね!…………朱也」


 お母さんは、泣きながら謝罪の言葉を絞り出す。


 …………お互いが、お互いのことをこんなに思いやって、自分のことを責めて、それでも、過ぎ去った過去は変えられない。わたしが……わたしが、もしあの時死んでいたら。わたしもきっと、それを後悔していただろう。


「父さん、母さん!」


 秋津くんは二人の元へ駆け寄る。


「…………え?」


 わたしは目を見張った。二人は、秋津くんの姿が見えないはずなのに……お互いに抱きしめ合って…………。


 わたしはアオイの方を見る。


「ボクはなにもしていないよ。理屈はわからないが、感情の高ぶりは時に説明のつかないような奇跡を引き起こす…………ということかな……って、どうして君までボクに抱き着いているんだい、アカネ?」

「わかんない…………わかんないけど、なんかそういう気分なの!」


 わたしは泣きながらアオイを抱きしめる。あったかい。人は、人に触れることであったかくなる。一人ではあったかくはなれない。それが、人が生きる意味、なのかな…………?


 とにかく、今この時間、この空間は、とっても…………あたたかい。


 ***


「ありがとう、伏見さん、アオイさん。」

「ええ、本当に……なんとお礼を言ったらいいか」


 帰り際の玄関で、秋津くんのお父さんとお母さんはわたしたちに頭を下げる。


「そんな……。わたしたちはただお手伝いをしただけで、秋津くんの想い…………そして、ご両親の想いが三人を繋げたんです。」

「これ、これから必要になるものなんだろう? 持って行ってくれ」


 わたしは、お父さんからグローブとボールを受け取る。


「はい、ありがとうございます!」

「朱也……お前ならきっとできる。チームのみんなに気持ちをしっかり伝えてこい!」

「がんばってね、朱也!」


 二人は笑顔でエールを秋津くんに送る。


「ああ、ちゃんと伝えてくるよ、父さん、母さん!」


 そして、わたしたちは秋津くんの家を後にした。

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