第20話 撫子色に光る夜
撫子ちゃんはひとしきり泣いた後、いつも通りの優しい笑顔を取り戻し、わたしたちはそれぞれブランコに座り直して横に並んでいた。
「茜ちゃん、私、ずっと謝りたかったの。私のせいで、茜ちゃんはたくさん辛い思いをして、ついには学校にも来なくなって…………。だから、私にはこんなこと言う資格はないと思うけど、今日、昼に茜ちゃんの姿を見て安心したんだ。勘違いだったら申し訳ないけど、茜ちゃん、学校にいた時より明るい顔になってたから。」
「…………」
明るい…………。自分では気づかなかったけど、アオイと出会って、わたしはちゃんと変われていた、らしい。
「あ、ごめんね…………。元はと言えば私のせいなのに…………その…………」
「ううん。単純に、そういうふうに見られたのが嬉しかっただけだよ。それに…………」
わたしは下を向いている撫子ちゃんの顔を覗き込む。
「わたしはもう撫子ちゃんをとっくに許してるんだから、『ごめん』って言うの禁止!」
「茜ちゃん…………ありがとう」
撫子ちゃんは顔を上げて、一度深呼吸する。
「でも、それとは別に、私は茜ちゃんにきちんと話さなきゃいけない、どうしてこんなことになったのか、っていうことを」
「聞いてくれる?」
撫子ちゃんは真剣なまなざしをわたしに向ける。
「うん…………聞かせて」
「茜ちゃん、あの日のこと、覚えてる? ここで、いっしょに夢について話した日…………茜ちゃんへのいじめが始まる前、私たちが話した最後の日」
「うん…………覚えてるよ」
あの時の撫子ちゃんの複雑な表情は、今でもはっきりと記憶に残っている。
「あの日、部活を終えた時に、話は始まったの…………」
―――
『なー、梅子。あたし最近気に食わないやつがいてさー』
『え? だれだれ? 灰音ちゃん』
『伏見だよ、伏見茜。あいつあたしとすれ違うといっつも目そらすし、基本ぼっちだし、そのくせなんかえらそうでむかつくんだよな』
『!』
『ん? どうした撫子? …………あー、お前伏見と仲いいんだっけ? …………あたし、明日の新学期から伏見ちょっとからかってやろうと思うんだけどさ、お前はどうする?』
『私……そういうの、良くないと…………』
『聞こえねーよ、こっち見てしゃべれ』
『…………っ!』
『…………まあ、お前が伏見をかばうってんならそれでもいい。そしたらお前をいじってやるよ。』
『…………』
『明日、伏見が話しかけても無視しろ。無視できたら撫子、お前はあたしの友達だ。できなかったら、標的はお前にチェンジだ』
『…………』
『じゃあまた明日、楽しみにしてるよ。…………あ、たぶん誰かにチクっても無駄だぞ。勉強もスポーツも優秀、外面いい優等生のあたしと、教室の隅っこでかたまってるお前らで、どっちが先生や先輩の信用があるかなんて、すぐにわかるだろ?』
―――
「…………私はその後、茜ちゃんと話した後もずっと、迷ってた。そして朝には、茜ちゃんに挨拶をちゃんと返そうって、決めたんだ…………でも」
撫子ちゃんはわたしから視線を外す。
「できなかった…………。遠くから見てる灰音ちゃんたちの視線を感じたら、私、怖くて…………」
「そう、だったんだ…………」
「茜ちゃんへのいじめが始まった後も、私は何もできなかった…………。きっと、数日たてば灰音ちゃんも飽きるだろうって。そんな勝手な希望を信じて、ただ縮こまってガタガタ震えることしかできなかった…………」
「でも、そんなことはなかった……!」
撫子ちゃんの声に力が入り始める。
「茜ちゃんへのいじめはどんどんエスカレートしていって、止まる気配もなかった! …………私、あの頃は帰った後ずっと家で泣いてたの。茜ちゃん、ごめんねって。…………本当に辛いのは、泣きたいのは茜ちゃんのはずなのに!」
「撫子ちゃん…………」
「そして夏休みになって、バレー部のみんなも部活中には茜ちゃんの話題は出さなくなって、どうか、新学期には茜ちゃんへのいじめがなくなりますようにって、ずっと祈ってた」
「でも、私、バカだった。あれだけの苦しみを受けて、学校なんか来たくなくなるよね…………茜ちゃんが新学期に学校来なくなって、初めてそんなことに気づいたんだ…………私、勝手に茜ちゃんは強い人だって思い込んでたんだ。茜ちゃんは、私をいつも励ましてくれた、優しい友達で、私の…………憧れでもあったから」
わたしが、撫子ちゃんの憧れ? 逆、だった。わたしは、入学式のあの日から、撫子ちゃんの笑顔は、わたしに安心感をくれて…………。
「私は、そんな、大切な人を…………自分の身かわいさに苦しめて! 今日、茜ちゃんの姿を見て安心した、って…………私、一体どの口が言ってるんだって! …………今日、ここでこうして話せてるのは茜ちゃんが連絡くれたからで…………本当は、私から謝らなきゃいけないはずなのに…………私、茜ちゃんの優しさに甘えてて!」
撫子ちゃんはブランコから立ち上がり、わたしに向かって頭を下げる。
「本当に、ごめん! 全部、私のせいで…………!」
「撫子ちゃん…………言ったよね。わたしはとっくに撫子ちゃんを許してるよ。それに…………むしろわたしは嬉しい。撫子ちゃんが、わたしのこと、ちゃんと考えてくれてたことが」
「茜ちゃん…………」
「撫子ちゃん、これ覚えてる?」
わたしはポケットから取り出したものを撫子ちゃんに見せる。
「これって…………」
「そう。1年生の時に二人で撮ったプリクラ。わたし、ずっと大事に持ってたんだよ。そんなわたしが撫子ちゃんを嫌いになるはずないよ」
「茜ちゃん…………!」
撫子ちゃんは財布を取り出し、財布から何かを取り出した。
「私も! 私もずっと持ってたよ、二人で撮ったプリクラ! あの時あの時間は、私にとって大切なものだったから!」
「撫子ちゃん…………!」
わたしはブランコから立ち上がって、撫子ちゃんを抱きしめる。
「撫子ちゃん、これで……仲直り!」
撫子ちゃんが肩を震わせる振動が、体を通して伝わってくる。
「茜ちゃん、うっ……ありがとうっ…………! 私、ずっと、茜ちゃんの友達でいるから! もう、離れないから!」
こうしてわたしは、大事な、大事な友達を取り戻した。
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