第19話 茜色の淡い期待
薄暗い空の下を歩き、わたしは撫子ちゃんにメールで送ったとおりに昔二人でよく通っていた公園にたどり着く。時刻は夕方6時55分頃。緊張で速まる鼓動を感じながら、人影を探す。
「まだ、来てないか…………」
まだ、と言っても、撫子ちゃんが来てくれる保証なんてない。でも、きっと来てくれるって、そう、思いたかった。
「よっ、と」
2つ並んだブランコのうちのひとつに腰を掛ける。この公園に来たのは最後に撫子ちゃんと会って以来、まだ約半年ぶりのはずなのに、まるでとっても長い間来ていなかったような感じがする。
人はめったに来ない、ちっちゃい公園。それがむしろ、ひらけているのに2人だけの空間みたいで居心地が良かったのを覚えている。
隣の、誰も座っていないブランコを見る。いつも、撫子ちゃんが座っていたブランコ。わたしが右で、撫子ちゃんは左。定位置は決まっていた。
「そろそろ7時だ…………」
公園の時計を確認した後、携帯で時間を見る。午後6時59分。公園の背の高い時計は、携帯で確認した時間と一致して、正確に時を刻んでいる。
「7時…………なった」
公園の時計は7時ちょうどを指していた。
そのとき、ザッ、ザッ…………と足音が聞こえた。
「!」
思わずバッ、っと足音の方に顔を向ける。
「…………はあ……」
見ると、会社帰りのサラリーマンらしき人が通り過ぎて行くのが見えた。撫子ちゃんではないと確認して、それでも、跳ね上がった鼓動はおさまらない。もし撫子ちゃんが来たら、最初に何を言えばいいのか、どんな顔で接すればいいのか、そんなことがずっと頭を支配し続けて止まらない。
会って向き合いたい気持ちと、今すぐこの場から逃げ出したい気持ちがわたしの中で戦い合っている。
「7時5分…………気長に待ちますか」
自分を言い聞かせて落ち着かせるように呟きつつ、ブランコを揺らしながら撫子ちゃんを待つ。緊張は増していくばっかりだ。
「7時……15分」
もしかしたら、撫子ちゃんは来ないのかもしれない。そんな考えが頭に浮かび始める。わたしはなんだか落ち着かなくなって、ブランコから立って待ち始める。
「7時20分…………」
なんだか、だんだん寂しくなってきた。もう、撫子ちゃんは来ないのかもしれない。私の目に、じわっと涙が溜まり始める。
「っ…………そろそろ、帰ろうかな」
そう思った、ときだった。
タッタッタッタ……と、走るような音が聞こえてきた。音は、公園の入り口の方で聞こえなくなる。
音の消えた方をゆっくりと見る。
「はあ、はあ…………」
そこにいたのは、わたしの良く知る、きれいな黒髪をした少女だった。
「撫子ちゃん…………」
***
肩で息をしながら公園に入ってきた撫子ちゃんは、今にも泣き出しそうで、それでいてまっすぐな目をしてわたしの方を見ている。
「撫子ちゃ……?……!」
その瞬間、撫子ちゃんはすごい勢いでわたしの方に迫ってきて、ぴたっと立ち止まる。
「えっと…………」
「ごめん!」
「…………え?」
撫子ちゃんは、今までわたしが聞いたことないような大きな声を出してわたしに頭を下げる。
「私、茜ちゃんにひどいことした! ひどいこと、して、それなのに、ずっと謝れなくて! 今日だって、私は苦しんでる茜ちゃんを見て、ただ見てることしかできなくて! それで…………」
頭を下げ続けている撫子ちゃんの顔から、雫が光って零れ落ちるのが見えた。
「待って撫子ちゃん、落ち着いて! …………ゆっくりで、いいから。そのために、わたしはここで、撫子ちゃんと話したいと思ったんだよ」
「ぐすっ…………うん。ごめん、ごめんね。茜ちゃん!」
「うん、うん。ほら、座ろ。わたしたちの特等席でしょ、このブランコは」
わたしは撫子ちゃんの背中に触れて、落ち着かせる。わたしは、さっきまでの緊張がうそだったかのように、ほっとしていた。撫子ちゃんは、まだわたしの知ってる撫子ちゃんのままだったから。とりあえず、それだけでわたしは嬉しかった。
「撫子ちゃん、深呼吸しよ。はい、吸ってー。吐いてー。」
撫子ちゃんをブランコに座らせたわたしは、撫子ちゃんの腕を掴んで上げ下げしながら深呼吸させる。
「落ち着いた?」
わたしは、まだ泣きそうな顔をしている撫子ちゃんに語りかける。
「茜ちゃん…………茜ちゃんは、優しすぎるよ」
撫子ちゃんは目を伏せて、そのあと思い出したかのように、公園の時計を見る。
「もう、20分も過ぎちゃってる…………。ごめんね茜ちゃん。私、あの後もずっと二人といっしょにいたんだけど、途中で抜け出すための勇気がなかなかでなくて…………待ち合わせ、こんなに遅刻しちゃって…………」
「ううん、いいんだよ。わたしは撫子ちゃんと、こうしてまた話せて嬉しい」
「茜ちゃん…………。私、私はまだ、茜ちゃんと友達でいる資格、あるのかなあっ…………!」
撫子ちゃんの目からは、涙がとめどなく溢れている。わたしの知ってる、撫子ちゃんの優しい目だ。
「わたしは撫子ちゃんと過ごした日々を思い出すと幸せな気持ちになるし、今も撫子ちゃんと話せて嬉しいよ。だから、撫子ちゃんがわたしのことを友達だと思ってくれるなら、わたしたちは友達だよ!」
「茜ちゃんっ! うう…………ありがとうっ!」
ブランコから身を乗り出してわたしに抱きつく撫子ちゃんを、わたしは抱きしめる。半年前までは当たり前だった二人でいる感覚。わたしはそれを、久しぶりに思い出した。
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