第18話 背を押す碧
「……ただいまー……」
ガチャリ、と恐る恐るドアを開けて家に入る。アオイは、どうしているだろう?
「やあ、アカネ。ずいぶん長い散歩だったじゃないか」
アオイは漫画雑誌を読みながらソファに座っていた。
「あの……さっきのことなんだけど……」
わたしは小さくなりそうな声を意識して大きくして話す。
「何か、あったんだろう?キミが話したくないことなら話さなくていい。でもボクは、できればキミの話が聞きたい」
アオイは漫画雑誌を閉じてわたしの方を見つめる。
「!……うん!……わたし、アオイに聞いてほしい。わたしの過去のこと。でも……その前に謝りたいんだ……さっきのこと」
わたしはアオイの隣に座る。
「わたし、怖かったんだ。わたしの泣いてるところ、弱い部分、黒い部分をアオイに見られるのが……」
「でも、やっぱりそういう部分をさらけ出してこそ、ちゃんと友達だって言えるって、わたし思った……だから、聞いてほしい」
「そうか。アカネ、キミはどうやらボクより人間として、上なのかもしれないね」
少し寂しげな表情でアオイが言う。
「……?どういうこと?」
「キミはすごいやつで、ボクはキミと友達になれて良かったって話さ」
アオイは今度は微笑んでわたしの方を見た。
「き、急にそんなこと言われたら、照れるとうかなんというか……」
わたしはとっさにアオイから目を逸らす。
「話したいことがあるんだろう?早く話してくれ」
「う、うん……」
わたしはいつも通りのアオイに少し面食らったけど、それがむしろ心地よくもあった。
……それからわたしは、今日アオイと分かれてからアオイが帰ってくるまでの間にあった出来事を話した。そして、撫子ちゃんのことも……。
「わたし、アオイと出会ってから、強くなったと思ってたんだ。でも、それは違ったんだって、今日撫子ちゃんたちに会って思った」
「でも、さっき秋津くんと話してわかったの。わたしはわたしが思うほど強くはなってなかった。でも、まったく成長してないわけじゃない、って。アオイやアオイに出会ってから触れた人たちのおかげで、わたしはきっと、自分の弱さに向き合えるくらいには強くなったんだ」
わたしが話している間、アオイはずっと黙って話を聴いていた。否定も、肯定もしないで、ただただわたしの話に耳を傾けていた。
「と、ここまでがわたしがアオイに話したかったこと。ちょっと、いや、けっこう恥ずかしかったんだけど、その……感想とかは?」
静かな中で自分一人が延々と話し続けるのはけっこう心にくるものがある。
そのとき、アオイの目から頬に一筋の光が流れるのが見えた。
「え……アオイ!? もしかして、泣いて……」
「な、泣いてない!」
アオイはくるっとわたしに背中を向けて顔が見えないようにした。
「いやいや…………わたしには見えたよ! アオイの涙が」
「うるさい! 覗くなバカ!」
華麗なステップでアオイの顔を覗こうとするわたしからアオイは必死に顔を隠して抵抗する。
「素直になりなよー!」
真面目な話をしてたのに、なんだかわたしはやりとりが楽しくなっていた。
そうしてお互い疲れ果てた後、アオイはわたしに背を向けたまま呟く。
「はあはあ…………。それで、キミはこれからどうするんだい? 何かを決意したんだろう?」
「はあっ…………。うん。わたし、撫子ちゃんに会ってみるよ。撫子ちゃんがわたしをどう思ってるのであれ、そうしないと、前に進めない気がするから」
そこまでわたしが言うと、アオイはわたしの方に振り向いた。
「そうか。だったら、行ってくるといい。今日は依頼のことはいったんボクに任せて、キミはしっかり過去に、自分に向き合ってくるといい。ボクが……その…………」
またアオイはくるっとわたしから目を背ける。
「友達……として、キミを応援してるから」
「アオイ…………」
わたしはその瞬間、心がとっても軽くなったような気がした。
「アオイー!」
「うわ、やめろバカ!」
つい抱きつきたくなるくらいに。
どうあれ、わたしはもう逃げるわけにはいかない。いかない理由ができた。もう、前に進むだけだ。
***
善は急げ、とわたしはすぐに携帯を手に取り、撫子ちゃんにメールを送ることにした。メッセージアプリはクラスのグループでいじめを受けたときにアンインストールして以来まったく使ってないから、わたしが撫子ちゃんに連絡できる手段はメールしかなかった。
「……メール、なんて送ればいいんだろ?」
ずっと連絡をとってないせいで、どういうテンションで接すればいいのかわからなくなってるし、それ以上に、送ったその先のことを考えると怖くなってしまう。
話したいって送って無視されたら? それどころか、クラスのみんなにそれをばらされたら?
…………いや、ちがう。わたしが今、なんで撫子ちゃんと会って話そうとしているのか。それは、わたしが撫子ちゃんのことをまだ友達だと思ってるからだ。もしかしたら、わたしがアオイに出会わなかったら、わたしは撫子ちゃんのことを未練に感じていたかもしれない、そんな相手。
だから、わたしは背中を押してくれた二人のため、そしてなにより自分のために、撫子ちゃんに気持ちをぶつけなくちゃいけないんだ。
「……よしっ」
自分を奮い立たせて携帯の画面に向き合う。
「えっと…………撫子ちゃん、久しぶり、元気?…………いや、今日のことがあってあいさつ軽すぎるかな…………うーん」
「夜7時、昔いっしょに話した公園で待つ…………って決闘じゃないんだから…………」
自分で突っ込みながらも、わたしはメールの文面を考えながらずっと緊張していた。撫子ちゃんは自分のことをどう思ってるのか、会って話さなくちゃわからないことだけど、ずっと頭の一部をそれが支配しているからだ。
きっと、メールで多くを語る必要はない。わたしと話したいと撫子ちゃんが思っていてくれてるならきっと来てくれる。
「撫子ちゃんと話したいことがあるの、……7時に昔いっしょによく話してた公園に来て…………っと」
自分がとても緊張してるのがわかる。一回深呼吸をして、無駄な考えを頭から消えさせていく。
「送…………信!」
不安を隠し、恐怖を隠し、わたしは送信ボタンを押した。これで、もう向き合うしかない。
「がんばれわたし、がんばれ…………」
そわそわして自分を落ち着かせようとするわたしの肩に、ぽんっ、と軽い感触が伝わる。
「がんばれ、アカネ」
見ると、照れて少し目を逸らしながらわたしの肩に手を乗せるアオイの姿があった。
「アオイ…………」
わたしは引きつった顔に笑顔を取り戻す。
「うん、がんばる! ありがとう、アオイ!」
そうして、わたしは自分の顔をパンッと叩き家を後にするのだった。
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