第13話 玄い輝き、菫色の輝き
「昨日この子たちに伝えてもらったとおり、僕は君に君自身の人生を送ってもらいたいんだ、菫。もう、僕のために頑張る必要はない」
わたしは玄さんの言葉を一言一句復唱して菫さんに伝える。
「私も昨日この子たちに伝えたとおり、今の私を止めることはできないわ」
菫さんは玄さんのいる方をまっすぐ見据えながら言葉を発する。
「…………これは、あなたのためじゃない。私のためにやってること。だから、私は私の人生を歩んでいるわ」
「それは、いったいどういう意味だ?」
「私は、私が好きな人のために私の人生を歩んでるの。だったら、それは私のためにならない?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら菫さんは言う。
「そんなの屁理屈じゃないか……! だったら僕は成仏なんてしないでずっと君につきまとって妨害し続けるぞ! それでもいいのか?」
玄さんの感情の高ぶりに合わせてわたしも語気を強める。自分の演技力をせいいっぱい、絞り出す。
「どうぞ、私はそんなことじゃ止まらないもの」
見た目は冷静だけど、菫さんからも圧を感じる。もしかして、ケンカが始まっちゃってる?
「だいたい君はいつもそうだ! わがままで、絶対に自分を曲げない。頭が固くて人の意見を聴こうとしない! メンタルも強いわけじゃないのに、うわべを取り繕って隠してる!」
玄さんの言葉を復唱しながらわたしははらはらする。ぶつかり合ってって言ったのはわたしだけど、ケンカ別れしたら話し合いどころじゃなくなっちゃう……!
「それを言うならあなたはいっつも自分のことより他人のことばっか考えて、自分をすり減らして、バカみたい! 結果死ぬまで頑張ってるんだから、本物のバカね!」
やばい、どうしよう、いったんクールダウンして…………。
「「でも、そんなところが」」
二人の声が重なる。
「「好き」」
え?
「ふふ、ははは、はっはっはっ!」
「くすっ、あははははははは!」
「…………あの、えっと?」
わたしは訳も分からず二人を交互に見る。
「今、玄も笑ってるでしょ? これ、私たちの鉄板ネタなのよ」
「は、はあ……?」
「いや、悪かったね。僕たちは、ケンカをしてもすぐ仲直りする。そう、常に二人で話あっていたんだ」
わたしはホッとして二人につられて笑う。まただ、とっても、あったかい。
「…………あれ? でも、玄さんの依頼は…………」
うやむやになったけど、菫さんが活動を止めることが玄さんの未練を断ち切ることになるんじゃなかったっけ?
「いや、どうやらこれで依頼達成のようだ」
アオイが玄さんの方を見ながら言う。
そちらを向くと、玄さんの体からは、光が満ち始めていた。
***
「僕は、心の中では分かっていたんだ。菫は絶対に自分を曲げない、って」
光が満ちる自分の体を見ながら玄さんは言う。
「ただ、心配だったんだ。菫が苦しみに蝕まれながら生きることになるんじゃないかってね」
そこまで言って玄さんは微笑む。
「でも、そんな心配はいらなかった。僕の愛する妻は、きっとどんな苦しみにも立ち向かっていける。僕は今、そう信じることができる。」
玄さんは菫さんの傍まで歩き、菫さんを抱きしめる。
「あ……」
こぼれたのはわたしの声。菫さんは玄さんのことは視えないし、触れることもできないのに、玄さんのことを抱きしめていたから。
「玄は、もう逝くのね?」
顔だけわたしの方に向けて菫さんが尋ねる。わたしはゆっくり首を縦に振る。
そして、最後まで二人は笑顔で見つめ合い、玄さんは旅立っていった。
「…………」
わたしの頬には、いつの間にか涙が伝っていた。
「……これで今回の依頼は達成だ」
アオイが言う。
「茜ちゃん、アオイちゃん、私ね、本当は少しだけ迷ってたの。自分の行く道は正しいのか。死んだ玄は、今の私を見たらどう思うんだろう、って」
菫さんはわたしたちを交互に見ながら言う。
「でも、今日、玄に会って話せたことで、迷いはなくなった。私は、もう前に進めるわ。たとえ困難がいくつあっても、今日のことを思い出せば突き進める気がするの。だから…………」
菫さんは、わたしたちの手を取って、満面の笑顔を見せる。
「二人とも、本当にありがとう!」
その後、わたしたちは昨日みたいに夕食をともにした。菫さんの笑顔は昨日よりもきらきらしていて、昨日よりも温かかった。
こうして、わたしたちは2つ目の依頼を見事達成したのである。
***
菫さんの家を後にしたわたしたちは、帰りの途についていた。
「菫さんも玄さんも、救われて本当に良かった……!」
わたしは隣を歩くアオイの方を向くでもなく、独り言のように言い放った。
「なにも勝手に救われたんじゃない。キミが二人を救ったんだ、アカネ」
アオイは少しだけこちらに顔を向けて言う。
「む……、それを言うなら、わたしとアオイが、でしょ?」
わたしたちは、タッグなんだから。
「ふ、ああ。そうだったね」
アオイは小さく笑う。
「でも、今回のキミの活躍はすごかった。キミは、ボクに無いものを持ってる。それが少し、うらやましいんだよ」
アオイは、少しだけ寂しそうな顔をする。
「…………アオイ」
「なんだい? むうっ!?」
わたしはアオイのほっぺたを両手でつねってぐりぐりする。
「……急に何をするんだ!」
頭を振って脱出したアオイはガー!と怒り出す。
「しおらしいのはアオイらしくないよ」
わたしはアオイに微笑みかける。
「アオイはいつもみたいに偉そうに飄々と構えてればいいんだよ、ちっちゃい体を大きく見せるように、ね」
そして、アオイが「ちっちゃい」に反応する前に、それに、と続ける。
「アオイに無いものをわたしが持ってるなら、わたしに無いものはアオイが持ってる。わたしたちは二人でひとつ。それでいいでしょ?」
わたしは今日の菫さんを意識した笑顔を見せる。
「アカネ……」
「それに、わたしが今日頑張れたのはね、アオイがずっと隣にいるって感じられたからなんだよ。わたしひとりだったら、きっと自信がなくなって上手くできなかった」
「だからね!」
わたしは自分の体をアオイに近づけて、コツン、とぶつかる。
「これからもわたしたちはいっしょ! これでいいでしょ?」
「…………ああ、そうだね」
アオイも菫さんばり、とはいかないけど、笑顔になる。
「さて、もちろん明日からも依頼はある。ボクたちでパパっと解決してしまおうじゃないか!」
自分の胸をドン、と叩いてアオイが言う。
「うん! それでこそアオイだよ!」
わたしたちは、今日も依頼を達成し、また絆を深めた。わたしはとても満ち足りていて、ずっと前に進んでいける気がした。
でも、胸に残る違和感はなんだろう。わたしはその正体がわからないまま、今日という日が終わった。
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