第12話 相対・玄と菫

 昨日とほぼ同じ時間に、わたしたち3人は菫さんの家の近くまで来ていた。家の外から確認するに菫さんはすでに帰宅している様子だった。


「玄さん、心の準備はいいですか?」


 緊張した面持ちで後ろに立っている玄さんの方を向いて、私は問う。


「ああ、僕は大丈夫だ。しっかり菫と向き合うと決めたから」


 コクン、とわたしは頷く。


「ハジメ。もう一度伝えておくが、ボクの能力チカラをスミレに貸して、キミの姿を見たりキミに触れたりできるようにすることはできない。それはキミの未練を強くしてしまう結果にもなるからね」


 アオイも玄さんの方に振り向いて確認する。


「ああ、わかってるよ。これは僕の未練を断ち切るためにやることだ。そのために、僕は菫と話し合うんだ」


 コクン、と今度はアオイが頷く。


「玄さんの言葉は、わたしたちが菫さんに伝えます。そして、玄さんの気持ちもきっと、わたしたちが菫さんに届けてみせます」


 それが、わたしたちの今回の役目だから。


「ああ、頼んだよ。茜ちゃん、アオイちゃん」


 今度は3人で同時に頷く。


「で、わたしたちが菫さんに会ってまずしなきゃならないことは、わたしたちが生前の玄さんの知り合いじゃないって説明することと」

「ボクたちが死後のハジメの依頼を受けて行動していること、そして、実際にハジメの幽霊を連れてきていること信じてもらうことだね」

「…………正直、どうやったら信じてもらえるかはわからないけど…………」

「まあ、そこはアドリブでなんとかするしかないさ」

「そうだよね、ていうか玄さんがいるならきっと大丈夫だよ。二人は死んでも想い合ってる仲なんだから」

「はは……ちゃんと言われると恥ずかしいからやめてくれるかな」


 照れくさそうに玄さんが言う。

 そうして会話をしながら、わたしたちはいよいよ菫さんの家の前にたどり着いた。


「よし、いよいよだね、みんな、心の準備は……」


 ピンポーン。アオイはすでにインターホンを鳴らしていた。


「ああ!」


 時すでに遅し。菫さんが玄関に歩いてくる音が聞こえ、ドアが開かれる。


「はーい、って、あなたたち……!」


 菫さんは驚きながらも笑顔でわたしたちの方を見る。


「あ、あの、昨日の今日ですいません。わたしたち…………」

「夜ごはんなら、あなたたちの分ももちろん用意できるわよ」


 笑顔で菫さんは言う。


「それはぜひともいただこ……むぐっ」


 わたしはアオイの口を両手でふさぎながら菫さんの方をまっすぐ見る。


「今日は、お話があって来たんです!」

「そう……、どうぞ、中に入って」


 菫さんは何かを感じ取ったのか、真面目な表情になり、わたしたちを招き入れた。わたしたちといっしょに中に入った玄さんは、複雑な表情をしていた。


 ***


「それで、話って何かしら?」


 菫さんとわたしたちは、机をはさんで反対側に座る。


「はい。まずはわたしたち、謝らなくてはならないんです。実はわたしたちは、生前の玄さんの知り合いじゃないんです」

「? ……どういうこと?」


 菫さんは不思議そうな顔になる。


「これから伝える話は、信じてもらうのは難しいかもしれません。でも、間違いなく本当の話なんです。聞いて、くれますか?」


 静かに頷く菫さんに、わたしは説明を始める。わたしとアオイが、後悔を残してこの世にとどまる幽霊の未練を断ち切り成仏させる魂清請負人ソウルパージャーの仕事をしていること。その過程で玄さんの依頼を受けたこと。玄さんが1年間ずっと、菫さんのことを想いながら後悔に苛まれていること。そして…………。


「昨日のあなたたちの言葉は、玄の、私に対する言葉、だったのね」


 菫さんは、わたしの説明が終わる前に、言う。


「信じて、くれるんですか? わたしの話を」


 私が尋ねると、菫さんは笑顔で答える。


「昨日たくさん話して、あなたたちが噓をつくような子じゃないって分かってるわ。言ったでしょ、私、人を見る目はあるの」


 菫さんはわたしたちを見て、それに、と言い、さらに言葉を続ける。


「あの人がもし今の私のことを見たら、自分のためにお前が頑張る必要はない、って、お前は自分の幸せのために生きればいい、って、そう言うと、思うから」

「菫…………」


 わたしたちの後ろにいる玄さんが声を出す。もちろん、菫さんには聞こえることはないけど。

 少しの沈黙があった後、わたしは切り出す。


「わたし、昨日菫さんと会って、お話しして、思ったんです。きっと、わたしたちじゃだめだ、って」

「玄さんの未練を断ち切るには、二人が直接ぶつからないといけない、って」


 ここまで話して、わたしは玄さんの方を向く。


「だから今日は、ここに玄さんを連れてきています」

「!」


 菫さんはそれを聞いて、とても驚いた顔をする。


「本当、なの……?」


 菫さんは私が向いた方向に目を向ける。


「「ああ、僕はここにいるよ、菫」」


 わたしは玄さんが言ったことをそのまま伝える。

 菫さんは、目に涙を浮かべたまま玄さんのいる方を見つめ続ける。


「玄さんの言葉はわたしが伝えます。言いたいこと、話したいこと、伝えたいこと、ぜんぶ、ここでぶつけ合ってください」


 わたしは二人が視界に入る位置まで移動して、二人に向かって言い放つ。

 ここまできたら、わたしはわたしにできることをするだけ。後は、二人を見守るだけ。


 部屋の中は、時計の針が動く音だけが響いていた。

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