第14話 碧い光と少女の気持ち

 時刻は午前6時頃。まだ外が薄暗い時間帯にわたしは目覚めた。

 アオイは……まだ寝ているらしい。

 おそるおそる寝顔を覗き込んでみると、アオイは気持ち良さそうな顔をしてスヤスヤ眠っている。

 こんなふうに黙ってれば完璧美少女だ、と思いながら、まるで人形のような顔つきをした少女を見つめる。


 わたしは、この少女に命を救われた。

 暗い洞窟の中に、一条の光が差すように。広大な砂漠の中に、オアシスを見つけた時のように。

 わたしは、アオイに声をかけられたあの時に、わたしにとってはとっても大きな希望を得たんだ。

 アオイは、わたしの命の恩人で、仕事仲間で、今のわたしの、たった一人の友達。


 アオイと過ごしたここ数日間を思い出す。それはとても濃い日々で、とても、楽しい日々だった。わたしは、間違いなく「生」を謳歌していた。

 でも、楽しいだけじゃ終われない、何かがアオイにはある気がする。彼女が何を抱えているのか、そして、彼女がそれをどうして隠しているのかは、わたしにはわからない。


 それでも、わたしがアオイの友達であることは絶対に変わらないだろうし、わたしはアオイにとっての最高の友達でありたいとも思う。


 だから、今のわたしにできることは、いつかアオイがわたしにそれを打ち明けた時に、それを受け止めることができるようになること。…………いや、それだけじゃない。きっとわたし自身が、アオイの力になれるようにならなきゃいけない。

 今は、それがわたしの生きる理由だ。


 アオイの寝顔から目を離したわたしは、アオイが起きないように細心の注意を払いながら、わたしとアオイの分の朝食を用意する。

 手を動かしながら思う。他人のことをこんなに考えて生きるのはいつぶりだろうか?心の底から喜んでほしいと思う相手がいたことは、今まであっただろうか?

 そして、朝食の準備を終える頃には、外は本格的に今日という日の訪れを告げるみたいにすっかり明るくなっていた。


「ん……」


 アオイが目覚める。そうしてわたしは、アオイを満面の笑みでもって今日という日に迎える。


「おはよう、アオイ!」


 ***


 朝食を終えたわたしたちはいつもの公園に向かっていつものように二人で歩いていた。


「今日もずいぶん上機嫌だね、アカネ」


 今朝から笑顔を崩していないわたしを見ながらアオイは言う。


「またわたしの力である人の人生を救うことができるって思うと、嬉しくて。それに…………」

「それに?」

「わたし、アオイといっしょにいれるのが何より楽しいんだ」


 そう言いつつアオイの顔を覗き込むと、アオイはあわててそっぽを向く。


「あ! さては照れてるなこのこの~」

「照れてない!」


 顔を背けながらアオイは焦ったような声を出す。そう言って少し赤くなりながら前を向き直したアオイは言う。


「…………ボクも、アカネといっしょにいるのは楽しいよ」


 不意打ちにこっちが照れてしまう。


「……アカネは、ボクに助けられたと思っているんだろうが、それはアカネだけじゃない」

「ボクも、アカネといっしょに行動することで、とても幸せな気分に、なってる、気がする…………」


 照れながら話すアオイの顔はかなりの破壊力で、わたしはまともに反応できなかった。


「お、おう……」

「…………この話はもう終わりだ!」


 アオイはそう言うと早足で公園に向かって歩き出す。


「う、うん。ところで今回の依頼者はどんな人なの?」


 わたしも耐えられなくなって照れ隠しに話題を変える。

 アオイは咳ばらいをして、いつもの調子に戻ってわたしの質問に答える。


「今日会う依頼者はボクたちと同じ高校生だ。と、いっても、それは死んだ当時の話だ。彼は死後すでに3年ほど経過しているはずだから、もし生きて進学をしていれば大学生、というような歳だろう」


 3年、か…………。


「やっぱり、亡くなってから長く時間が経ってるほど、未練は強くなる、ってことだよね」

「まあ、一概には言えないが、それだけ苦しむ時間が長いということは、そういう傾向があってもおかしくないだろうね」


 わたしは少し顔を上げて空を仰ぐ。きっと、今わたしが生きている時間は、とても貴重なものなんだ。死を選んでしまった人の後悔。生きたくても生きられなかった人の後悔。そういうものを、きっとわたしたちは背負ってるんだ。


 わたしは、逃げていた。生きていながら、向き合う時間、努力する時間がありながら、ただ逃げることしかしていなかった。死んでいたら、きっと今頃後悔していたに違いない。それを救ってくれた人がいる。だったら、わたしは前を向いて生きなきゃいけない。


「…………アカネ」


 「なに?」と訊くより早く、アオイはわたしを公園の外のフェンスに追い込み、向かい合って手をわたしの体の横についた。

 こ、これってもしかして、壁ドン!(死語?)みるみるうちに体が熱くなってくる。


「あの、えっとアオイ、これからわたしたちは依頼者に会うんだし、こういうのはもうちょっと暗くなってから…………」

「ん? 何を言っているんだい? ……よし、もう能力(チカラ)の貸与は完了した。これで今日もキミは幽霊が見えるようになったわけだが」


 そう言ってからアオイはニヤッと笑う。


「一体どんなこと勘違いしていたんだい? アカネ?」

「……もう許さないからね、アオイ!」


 こうしていつも通りのやりとりを終え、わたしたちは公園に入るのだった。

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