第9話 玄い想い

 わたしたちが着くと、公園にはすでに人影があった。


「やあ、キミが今回の依頼者だね。ボクたちが魂清請負人ソウルパージャーの……」

「こっちのちっちゃくて怪しい見た目をしてる方がアオイで、わたしが茜です」


 アオイがむっとした顔をする。さっきの仕返し成功だ。


「! そうか、君たちが……。いや、すまない。僕はてっきり年老いた老人が来るとばかり思っていたから、君たちのような若い子とは思いもしなかったんだ…………今日は平日だけど、学校は大丈夫なのかい?」

「ああ……それはおかまいなく……」


 目を逸らしてから、再度今回の依頼者を見る。

 男性。30歳くらいで、ずいぶんと痩せている。ただなんとなくだけど、いい人だろうと感じた。…………そして、傘は差してないけど、まったく濡れていない。そこにいるのにそこにいない。それが幽霊なんだ。なんだか不思議に感じる。


「ああ、僕の自己紹介がまだだったね。僕は落合はじめ。よろしく」

「では、さっそくだが話してもらうよ、ハジメ。キミの未練……この世に対する後悔について」


 玄さんは、アオイの馴れ馴れしい口調と女子高生らしからぬ落ち着きに若干面を食らいながらも、自分のことを話し始めた。


「僕の未練は、妻だ。一人で、この世に残してしまった。妻が気がかりで僕は1年間、ここに留まり続けている、というわけだ」


 先ほどの雰囲気とは打って変わり、重苦しい雰囲気がその場に漂う。


「キミはどうして死んだんだい?」


 雰囲気など関係ない、という感じでアオイが訊く。


「電車に轢かれた。…………っていっても事故じゃない。……飛び降り自殺をしたんだ」

「!」


 飛び降り、自殺。わたしとアオイがあった日のことが一気に思い出される。絶望、覚悟、勇気。ぐちゃぐちゃな思考。それを、この人も経験したのだろうか。そして、実際に行動に移した。


「……茜ちゃん、だったっけ? 気分を悪くさせたならすまない。あまり、想像したくはないことだろう」

「……いえ、わたしは、大丈夫です。続けてください」


 気づかないうちにすごい表情をしてたらしい。アオイは表情を崩さない。玄さんはうなずいて話を続ける。


「あの時の僕は、冷静な思考をする、ということが、できていなかった。働いては寝る。それだけの毎日。課せられるノルマ、上司の叱責。そして自分への無力感に押しつぶされていた」

「…………」


 悲しみしか感じられない表情に、わたしも痛みを感じてしまう。当時の玄さんの状況は、容易に想像することができた。


「菫(すみれ)……妻は、そんな僕に優しく接してくれた。無理しなくていい、会社なんかやめちゃおう、って。でも、なぜか僕はそんな妻に厳しく当たってしまったんだ。お前に何が分かる、誰のために一生懸命働いてると思ってる、って。」


 玄さんの目には涙がたまっていた。この人も、ずっと反芻してきたんだろう、自分の後悔を、藍さんのように。


「そして、僕はある日、吸い込まれるように飛び降りて、生きることを終えた。自分の手で死ぬこともできず、妻に何も伝えることもなく。…………そして、死んでから気づくんだ。自分の本当に大切にするべきだったものに…………」

「…………」


 わたしはただ、黙っていることしかできない。


「そうか。キミのいきさつは理解した。それで、キミを未だこの世に縛り付けるものはなんだい? ボクたちに何を依頼する?」


 アオイはまっすぐな目で問いかけた。


「妻は、僕が死んで以来、会社と争い、そして、不当な労働を強いる社会とも戦っている。僕は、それを止めさせたいんだ」


 玄さんの目に光が戻る。


「僕は菫に、ひどいことをした。そんな僕のために、彼女の貴重な人生を費やしてほしくはない。自分の幸せを、それだけを考えて生きてほしいんだ」


 死んだ夫のために必死に生きる妻と、生きる妻の幸せを祈る死んだ夫、か…………。

 奥さんのしていることはとても立派だ。でも、わたしたちの依頼人は玄さん。であれば…………。


「了解した。キミの未練はボクたちが断ち切る。ボクたちに……」

「わたしたちに、任せてください……!」


 未練を断ち切る、そのためにわたしたちは動く。


 こうして、わたしたちの2つ目の仕事がスタートした。


 ***


「とはいっても、どうするべきか…………」


 玄さんとひとまず別れたわたしたちは、カフェで雨宿りをしつつ作戦を考えていた。


「今回は奥さんが相手だし、女子高生がいきなり、わたしたち実は玄さんの遺言を預かってるんです! とか言ってもめちゃくちゃ怪しいよね……」

「いや、でも、二人はお互いを想い合ってるんだから、玄さんの言葉を直接伝えればわかってくれるかも?」

「それとも、まずは菫さんを観察して人となりを調べてみる、とか?」

「…………って、聴いてる、アオイ?」


 さっきから一人でしゃべっていることに気づき、アオイの方を見る。アオイはコーヒーを飲みながら「沁みる~」と言わんばかりの恍惚とした表情を浮かべていた。レアな表情だ! かわいい! …………じゃなくて!


「今はコーヒーを飲む会じゃなくて作戦会議なんだからちゃんと聴いてて!」


 アオイはハッ! として顔を赤らめ、すぐさまいつものポーカーフェイスに戻った。


「どう動くかはキミに任せるよ、アカネ。前回だってキミのアイデアが結果に結びついたんだ。キミの共感能力は尊敬に値するからね」


 急に褒められて何も言い返せない。…………なんだか、人に褒められるのはずいぶん久しぶりな気がした。素直に、とてもうれしい。


「……それに、アカネが考えて行動することに意味がある」

「……? それってどういう……?」


 訊こうとした瞬間、アオイはコーヒーのおかわりをしにすでに席を立っていた。


「…………まあ、とりあえずは目の前のことに集中しなきゃ……!」


 ミルクティーを一気に飲み干し気合いを入れる。

 さっきのやりとりで気づいたけど、やっぱり気持ちをストレートにぶつけるのが一番いいと思う。それなら…………。

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