第8話 今再びの赤面
初仕事を終えたわたしたちは、床に就こうとしていた。
「まだ起きているかい? アカネ」
「……うん。起きてるよ。なに?」
アオイの方から話しかけてくるのは珍しい。アオイの話に耳を傾ける。
「キミは、今日の出来事を通じて、生きることに希望を持てたかい?」
電気を消しているので顔は見えないが、声から真剣さが伝わってくる。
「……どうして、そんなこと訊くの?」
「………ちょっとした興味さ。魂清請負人(ソウルパージャー)として、死のうとした人間がどう生にしがみついていくのか、知りたいからね」
今日の出来事は、間違いなくわたしに何か温かいものをくれた。でも…………。
「正直、わからない」
「…………」
アオイが、どんな表情をしているのか、どんなことを考えているのかは暗くて読み取れない。でも、アオイはきっと、わたしに生きててほしいんだ、ってことはわかる。
それでも、今日のことがあってもまだ、わたしの心のパレットの上はきれいな色をしていない。今まで混ざりに混ざり合った色たちは、きれいな色を少し混ぜたくらいではどうにもならないくらいによどんでるんだ。
「今日、あったこと……あの二人の顔を見れば、藍さんは死ぬべきじゃなかった、生きて幸せになるべき人だったんだ、ってことはわかる。そして、一回死んじゃったらもう元には戻れないってことも」
「でも、わたしは藍さんじゃない。藍さんじゃないから、わからないんだよ。わたしが生きるべきか死ぬべきか、わたし、自分でも、よくわからない……」
涙が視界を覆っていく。なぜかはわからない。きれいな色をわたしにくれた藍さんたちに対して? わたしに生きる希望をくれようとしたアオイに対して? それとも自分に対して?
わからない。わからないけど、この涙は意味があって、流れるべくして流れたものだ、ということはなんとなく理解できた。
「……そうか」
アオイは、いつも通りのテンションで、少し悲しげな声を漏らした。
……まだ、アオイの問いにはちゃんと答えられないけど、それでも、これだけは言える。
「でもね、わたしは今、とっても嬉しいんだ。だって、友達ができたから。不思議な雰囲気で、喋り方も独特だけど、かわいい友達ができたから」
「…………」
「だから、アオイがそばにいてくれるなら、わたしはもうちょっと生きてたい。そう思ってるよ」
…………勢いで言ったけど、ちょっと恥ずかしくなる。アオイは、どう受け取るんだろう?
「……そうか。ボクも、アカネに出会えてよかったと思っているよ。もう、大事な友達と言っていい。うん、きっとそうだ」
「お、おう」
変化球で返ってくるかと構えていたら直球だったので面食らってしまった。これが、アオイの魅力なんだろう。
「さて、明日も仕事がある。今日のところはそろそろ寝ようか。おやすみ、アカネ」
「……うん。おやすみ、アオイ」
アオイがわたしを大事な友達と言ってくれたのはとても嬉しかった。
でも、言葉とは裏腹に、話すトーンが少し暗かったことが、気にかかった。
「…………まあ、とりあえず寝るか」
初めての仕事の夜は、いろんな色が混ざったまま、暗闇の中で更けていった。
***
サー………………。
「ん……」
次の日の朝は、喧しい雨の音とともに目を覚ました。
「やっと起きたのか。時計を見てごらん。もう9時だ。学校だったら完全に遅刻しているよ、アカネ」
声の方に振り向くと、アオイはコーヒーを片手に持ちながらトーストを頬張っていた。
「……えっと、くつろぎすぎてない? いちおうここの家主はわたしだから、食べ物を漁るにも許可をとってほしいというか、親しき中にも礼儀ありというか」
「もちろん許可はとったさ。食パンとコーヒーを頂いていいかい? と訊いたらキミがいいよー、と返事をしてくれたじゃないか。寝ながら」
寝ながら……。寝言か! 急に恥ずかしさが込み上げてくる。他に変な寝言、言ってないよね?
「そ、そうだったそうだった! 寝ながら会話するのは特技だからね、わたしの!」
自分で自分によくわからないフォローを入れてしまった。
「…………」
「…………」
「とりあえずキミも顔を洗って朝食を食べたらどうだい? アカネの分はボクが用意しておくから」
「……うん、ありがとう」
アオイと会って4日目の朝は、こうして始まった。
***
朝食を終えたわたしたちは、次の依頼人の話を聞くためにいつもの公園に向かっていた。
「前回もあの公園だったけど、どうしてあの公園なの? もしかして心霊スポットとか?」
差した傘から滴る水滴を見つめながらわたしは訊ねる。
「いや、単に人通りが少なくて都合が良いというだけだよ。今日は雨だからますます人通りが少なくて都合が良い」
水たまりをピョンッ、と飛びこえながらアオイが答える。
「……ちなみになんだけど、なんでカッパなの? わたし傘まだ持ってるし、なんならわたしの傘に入ってもいいのに」
ローブを着た上にカッパを身にまとった姿が公園と雨の効果を相殺する勢いで目立っている、という客観的な感想は黙っておいた。
「ああ、それは……なんというか、体で雨を受け止めている感覚が気持ちいいんだ。なんだか、生きてるっていう感じがするだろう?」
「ふーん、まあ、そう言われてみればそう……なのかな」
生きてる、か。雨が体に当たる感覚も、死んだら味わえなくなるのだろうか。それは、悲しいこと、なのだろうか。
「そろそろ公園に着く。少しかがんでくれるかい?アカネ」
アオイが立ち止まる。
「? うん……」
その場でわたしがかがむと、アオイはおもむろに顔を近づけてくる。
「え? ちょ、なになに?」
赤くなるわたしのことを気にも留めずにアオイは顔を近づける。
「ちょっと、ストップストップ!」
「よし、これでOKだ。もういいよ、アカネ」
「…………はい?」
アオイは振り返ると再び歩き始める。
「キミに昨日貸した能力(チカラ)は一定時間が経つとボクに戻ってくる。貸しっぱなしだとボクが疲れるし、キミも人間と幽霊の区別がつかなくなるからややこしいだろう?」
「はあ……」
アオイに追いついて相槌を打つ。
「そして今、キミに再び能力(チカラ)を貸し出した、というわけさ」
アオイはこちらを振り返りながら言う。
「なるほどねー!」
って、だから。
「先に説明してからやれー!」
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