第2話 銀色の少女

「……え?」


 飛び降りようとしていた身体をぎりぎりで止め、とっさに柵につかまる

 振り返ると柵の向こうに、一人の少女が立っていた。


「うちの制服…………」


 見たことがない子だ、同学年じゃないんだろう。雰囲気からして1年生だろうか? その少女は、小柄で、銀色の髪を背中まで伸ばし、その瞳は碧く染まっていた。


「綺麗…………」


 うっかり声に出てしまった。でも、本当に綺麗だ。日本人女性の平均をとったみたいな見た目のわたしとは住む世界が違うような…………。というか、こんな子がいるなら他学年でも気がつきそうだけど、それだけわたしの視野が最近のことで狭まっていたということなんだろうか? 


 少女は少し考えるような顔をした後に、口の端を細めて余裕のある笑みを浮かべ、流れるように言葉を紡いだ。


「捨てる前にその命、ボクに預けてみる気はないかい?」


 すでにわたしの意識は死ぬことから離れて、目の前の少女に惹き込まれていた。


***


「…………」

「…………」

「…………とりあえず、こっちに来たらどうだい?」

「あ、えっと、うん……!」


 柵を登って少女のいる側、つまりわたしが元いた側に降りる。コンビニやスーパーの店員以外と話すのは一体いつぶりだっけ? 話すってどうやるんだっけ……?


「あの……えっと、あなたは…………?」


 制服を見ればここの生徒なのは間違いないと思うけど、そうだとしても、どうしてこんな時間に屋上にいるのか? というかいつからいたんだろう?


「ボクはアオイ。アオイと気軽に呼んでくれればいい」


 さっきから思ってたけど、ボクという一人称とか独特の口調、そして見た目からなんだか普通の人とちがう雰囲気を感じる。芸能人とかだったり?


「それで、キミの名前は?」

「あ、わたしは、伏見茜っていい……ます……」


なぜか敬語を使ってしまった。

「そうか。それでアカネはこんなところで何をしていたんだい? ボクには、飛び降りようとしているように見えたけど」

「うん、まあ……そんなところ」


 そうだ、見られちゃったんだよね。死のうとしてるの。自殺未遂なんていろんなとこに知れ渡ったらそれこそ生きていけなくなる……いや、もともと死ぬつもりだったんだけど…………。


「そんな心配そうな顔をしなくても、別に言いふらしたりはしないさ」


 アオイはわたしに近づいてくる。


「ただ、で死ぬのはもったいない。そんな気がするんだ」


 そうやって簡単に言うけど…………。わたしはいちおう死を決意してここに来た。

 きっとアオイが話しかけなかったら今ごろわたしはアスファルトに身体を打ちつけて死んでいただろう。結果としてまだ死んでないけど……わたしの煩悶とその結果得た勇気を否定されるのは少し……って、まって? 今なんて言った?


「なんで、自殺の原因がいじめだって分かったの……?」

「なんとなくだよ……。強いて言えば、同じような顔をしていた人間を知っているだけだ。」


 アオイは碧く染まった瞳を少し曇らせ、少しだけ悲しそうな表情(かお)をした。どうしてだろう、わたしはこの少女から目が離せない。


「ねえ、さっき言ってた、命を預けるとかなんとかって、どういうこと?」


 訊かずにはいられなかった。もっとこの子のことを知りたい。わたしの心はそう叫んでいた。


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