生死のサカイ

柴王

第1話 黒い夜空の出会い

 この世は檻だ。檻の中で生きる人は、みんな心が窮屈で、この世の自由はその実真の意味の自由じゃない。


 人は檻の中で、ある者は肥え、またある者は痩せていく。でも、檻の外から見ればそんな差は無いに等しい。


 だからわたしは、自由を求めて檻の外に出る。そこに、希望が待っていると信じて。


 どうやって檻の中から出るのかって? ちょっとの勇気があればきっと……きっと大丈夫。


 それが、わたしが選んだ選択だった。


 ***


 タン……タン……タン……。


 階段を上がる、自分の足音だけが聴こえる。それ以外、何も聴こえない。聴こえなくていい。

 時刻はたぶん、午後10時を過ぎたくらい。夜の学校は暗闇と静寂につつまれ、この世界にあたかも自分しかいないように感じさせる。それが心地よくもあり、少しだけ寂しくもあった。

 階段を上がる。夜の学校は怖いというのは漫画なんかじゃ定番だけど、今はそこに恐怖なんてものは感じない。より、強い恐怖によってかき消されているからかもしれない……。

 そう、わたしは肝試しをしにわざわざ人のいなくなった夜の学校に来ているわけじゃないんだ。……いや、ある意味これがほんとの肝試しなのかもしれない。


 タン……タン……タン!


 最後の一段を登りきる。そして、カチャ、とドアを開ける。

 広がるのは満天の星空。そう、ここは屋上だ。


 そして、わたしは肝試しをしにきたわけじゃないし、ましてや星空を見に夜の学校に忍び込んだわけでもない。

 …………人は、高いところから落ちたら死ぬ。そして、学校の屋上は高い。


 つまり、わたし・伏見茜は死ぬためにここにきた。


 ***


 きっかけは、なんだったんだろう。今となっては覚えてない。というより、わたしにはそんなもの、わからないんだ。最初は、新学期を迎え高校2年生になって、新たな気持ちで登校したある日のことだった。


「おはよう!」


 そうクラスで挨拶したときに、誰からも返事が返ってこない、その違和感。

 ホームルームを終えて友達に話しかけても何も返ってこない。そこで、気がついた。これが「いじめ」というやつなんじゃないか、って。わたしはいじめを受けている、って。

 ……それから、無視、悪口、陰口、物を隠される、等々…………。わたしに対する攻撃はエスカレートしていった。


 そしてわたしの心は日に日に擦り減っていった。悲しさ。悔しさ。怒り。諦め。いろんな負の感情が心というパレットの上でぐちゃぐちゃにかき混ぜられていくような、そんな日々。

 それでも学校に通い続けたのは、一度逃げてしまったらわたしの人生が台無しになってしまう、そんな漠然とした不安があったから。


 大人に相談すればいいじゃないか、って? 学校の先生はまともに取り合ってはくれなかった。きっとわたしの思い過ごしだろう、って。直接暴力をふるわれることはなかったから、はっきりした証拠を見せることもできない。


 じゃあ、親はどうか? 両親はわたしが6歳の時に交通事故で亡くなり、わたしは叔父の家に寄越された。でも叔父はわたしのことを良く思わず、叔父から感じるのは愛情ではなく嫌悪感ばかりだった。高校に入ったわたしは自分から家を出ることを申し入れ、一人暮らしをしている。生活費をもらっている手前責められる立場じゃない。でも、いじめを相談する相手じゃ決してない。


 そうしてわたしは、わたしがこの世で生きるための支えみたいなものが、とても脆いものだったんだと、初めてわかった。わたしは今にも壊れそうで、この世界は暗くてじめじめした場所に見えた。世界は張りぼて。そこで生きる人は人形。そんなふうに考えるようになった。


 そうしてわたしは気がついた。この世界は檻なんだって。


 壊されながら生き続け、わたしは夏休みに入ったが、夏休みの課題に意味を見出せず、日々を過ごすことにも意味を見出せず、そして、生きることにさえ意味を見出せなくなっていた。

 夏休みが終わって、新学期が始まり1週間、高校入学以来皆勤賞だったわたしは不登校になり、そして、ついに決心をしたのだ。

「わたしは死んで、檻の外に出るんだ」


***


 満天の星空の下、少し冷えた空気に包まれながら、わたしは過去を反芻する。死んで救われる証拠を探してるのか、死なない理由を探してるのか、自分でもわからない。


 一通り考えを巡らせてから、意識を今に戻す。答えは、決まった。残酷な日常には、もう戻りたくない。わたしは、死んで檻の外に出る。


 屋上を囲う柵を登って、柵の向こう側に降りる。

 遠い地面を見た後に、こんどは未来に意識が向かう。地面に打ちつけられ二度と動かなくなったわたしを見て、クラスメイトは何を思うだろうか。先生はどう思うんだろうか。叔父は? 世間の人々は? 


 …………この世への未練は断ち切った。わたしを拒絶した世界に、できるだけ大きな影響を、爪痕を、きっと死んだ後のわたしは残してくれる。そして、わたしは檻から解放されるんだ。


「さよなら、大嫌いな世界」


 地面を見据えて、呼吸を整える。いくぞ、いち、にの……。


「キミは一体何をしているんだい? そんなところから落ちたら死んでしまうよ?」




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